スイス製薬大手のノバルティスも、今後はほかの多国籍企業同様、支社をおくすべての国に租税情報を開示することになる
novartis / Iwan Baan
経済協力開発機構(OECD)と主要20カ国・地域(G20)は今月、多国籍企業の税逃れを防ぐ新たなルールを採択した。租税情報を国家間で共有化し、タックスヘイブン(租税回避地)への利益移転を防ぐ。今後、多国籍企業の法人税は親会社の国で課税できるようになる。スイスには新ルールに基づく租税法の整備が求められる。
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今回の新ルール導入の発端は、アップル、アマゾン、グーグルの過度な節税策だ。これらの米インターネット企業は、オフショア企業との入り組んだネットワークを利用し、何十億ドルにおよぶ節税策をとってきた。米税務局はこれまで指をくわえて見ているしかなかった。
米国、欧州連合(EU)、主要新興工業国に駆り立てられる形で、OECDの租税委員会は2013年7月パリで、15項目から成る「税源浸食と利益移転(BEPS)」行動計画外部リンクを承認。その最終決議が11月、トルコのアンタルヤで開催されるG20の首脳会議で行われる予定だ。これによってOECDとG20は多国籍企業の税逃れを防ごうとしている。
企業の情報公開が求められる
争点となっているのが、多国籍企業の租税情報、企業への税制優遇措置、「パテントボックス税制」(知的財産の利益に通常より低い税率を適用すること)に関する情報をいかに各国間で共有するかという点だ。
「これまで課税競争は繰り返し悪用されてきた。税負担を軽くすることで、一部の国は企業を惹きつけてきた。そのため、OECDとG20は各国間の税制を統一することで、こうした課税競争を部分的にでも食い止めようと介入措置に出た」とベルン大学のペーター・クンツ教授(経済法・比較法学)は言う。
国家間で租税情報を交換するには膨大な時間と資金を要する。バーゼルを拠点とする大手製薬企業ノバルティス一社だけでも、連邦税務局を通じて100カ国以上にデータを提出しなければならない計算だ。数千におよぶ他のコンツェルンにも同様のことがいえる。この膨大なデータは税務局員一人ひとりが処理しなければならないうえ、情報交換に関するルールには法的拘束力がなく、政治的拘束力に留まる。
抜け穴はなくならない
BEPS行動計画は非常に複雑で広範囲で、官僚主義の塊と批判する人もいるほどだ。
「スイスでもこの先、議論が予想される。連邦議会では特に右派勢力が(同規定の適用に)激しく反対することだろう。それでも、スイスが(OECDとG20の決定に)歩調を合わせる可能性は高い。というのも国際的な圧力は現在、銀行の秘密主義ではなく、コンツェルンへの課税やホールディングス優遇措置などに集中しているからだ。しかし(BEPS行動計画が)実際に意味があるかどうかと聞かれれば、非常に懐疑的だ」(クンツ教授)。
付加価値が生まれた国での課税。一見聞こえは良いが、それをすり抜ける方法はこの先も存在し続けるとクンツ教授は指摘する。
企業負担は増加
「当初懸念されていたほどBEPS行動計画は厳しいものではないので、一安心している」と、経済連合エコノミースイスのフランク・マルティ財務部・税務長は話し、こう続ける。
「グローバル化が進んでいるスイスに、新ルールは大きく影響を与えてくる。BEPS行動計画はどの国にも平等に適用されるので、その点においては良いものだ。しかし、具体的に定義されていない部分が多く、将来的に重大な問題に発展しかねないような不備が目立つ。また、新ルールが導入されることで国際企業の事務負担はずいぶんと増す」
今後スイスにとって重要となるのは、新ルールに対応するための立法手続きを行うことだとマルティ氏は指摘する。
EUとの租税問題が解決か?
OECDの新基準を実施するには、スイスは租税法を改正しなくてはならない。企業の租税情報を開示し、各国間でその情報を交換するには、法的基盤の整備が必要だ。企業への税制優遇措置に関する情報開示は、国民議会(下院)ですでに承認されている。これに関しては11月、全州議会(上院)で審議が行われる予定だ。
また、同月連邦議会で審議が予定されている「法人税改革III」が可決されれば、長年EUの攻撃対象となってきたホールディングス優遇措置が撤廃されるだけではなく、パテントボックスの法的基盤も整備される見通しだ。
「法人税改革IIIは、今回のBEPS行動計画からではなく、EUとの租税問題から生じた改革案だ。この改革案が通れば、一挙両得。つまりEUとの租税問題に終止符を打つことができるうえに、BEPS行動計画で要求されているパテントボックスに関する問題も解決する」とクンツ教授は言う。
「税源浸食と利益移転(BEPS)」行動計画
経済協力開発機構(OECD)は5日にパリで15項目から成るBEPS計画書を提出。利益移転により各国の損失は、毎年1千~2千400億ドル(約12~29兆円)と見積もられている。
OECDのアンヘル・グリア事務総長は同計画書を「一世紀来の大きな国際租税法改革」、ヴォルフガング・ショイブレ独財務相は「マイルストーン」と位置づける。
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