スイスから発信する米国人極右論者ヴォックス・デイ
「シグマ男性」という言葉を聞いたことがあるだろうか。集団に属さず、社会的秩序に縛られない孤高の男性を分類した言葉だ。15年前にこの言葉を使い始め、今や世界的な影響力を持つアメリカ人極右論者が、スイス西部クレシエの自宅でスイスインフォのインタビューに応じた。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルはかつて、ヴォックス・デイを「SF界で最も軽蔑されている男」と評した。学者たちは「白人至上主義者」と呼んでいる。デイはこれを否定し、キリスト教国家主義者を自称する。
「もし私を批判したいなら、私が啓蒙主義を否定していることについてだろう」。デイは200年前なら啓蒙主義はいいものだった、と話す。「自由貿易と民主主義によって世界がどこに向かうのか、人々は知らなかった。今日、「集合的な西洋」は危機に瀕しており、だからこそ世界の他の国々は啓蒙主義の価値観を否定する。「生き残り」「繁栄」したいからだ、とデイは語る。
「IQの低い野蛮人」
スイス・フリブール州クレシエ村の工業地域にある未完成の家で、ヴォックス・デイはインタビューに応じた。半分空っぽのアパートにジム室と革製装丁機械が設置されている。
スイスインフォがデイに注目したのは、同氏の影響力だ。Similarweb によれば、デイのブログはアメリカ、イギリス、オーストラリア、香港などで毎月50万回以上閲覧されている。
デイの言葉選びはきつく差別的だ。例えば最近のブログでは、右翼でユダヤ系のアメリカ人作家を名指しして「ベン・シャピロはガンだ」という見出しを掲げた。イスラエル寄りだからだという。
別の記事では、人種差別政策は「見た目が異なりIQが低い野蛮な集団」との共存を規制するための「合理的な封じ込め戦略」だったのではないか、という修辞的な疑問を提起した。
2005年からスイス在住
ヴォックス・デイ氏はスイスを拠点に活動する。スイスに移住した2005年、デイ氏はブログ外部リンクで「なぜ女性は考えられないのか」としたためた。
スイス国籍は持っていない、とデイは冷えたアパートで語った。だがそれを変えたいと思っている。「必要な語学試験もすべて合格した。国籍を取得するつもりだ」
直接民主主義を評価するデイだが、スイスはEUを喜ばせようとするのではなく、もっと自国に焦点を絞るべきだと主張する。
「クラウンワールド」
デイのブログには「クラウンワールド(道化の世界)」がたびたび登場する。一種の陰謀論で、ロシアと中国はこの悪魔の力に抵抗して戦っているという。
登録制言論プラットフォームGab.comで、デイは約3万5000人という最多のフォロワーを抱える。そこでのデイの意見はさらに率直だ。2024年春、「クラウンワールド」に関する記事で「特定の言葉」を避けているとあるフォロワーに非難されると、デイはこう返した。「私は言葉を避けているわけではないぞ、この出来損ない。お前が執着しているユダヤ人は、クラウンワールドの世界的悪魔崇拝者の道具に過ぎない。やつらは、真の非人間的な悪に仕える卑劣な下僕に過ぎない」
このように、デイは反ユダヤ主義的な陰謀論を展開している。筆者がこのコメントを読み上げる間、デイは静かに座っていた。そして「キリスト教徒なら、超自然現象を信じているはずだ」と口を開いた。「ジョージ・ソロスやヒラリー・クリントン」のような人物は、単なる道具に過ぎないという。
デイは、「クラウンワールド」の描写が反ユダヤ主義的な『シオン賢者の議定書』を参照しているという主張を否定した。「議定書とは全く関係ない。関係があるのは、サタンがイエスに世界のすべての王国を与えると申し出る聖書の一節だ」。イエスがサタンのこの力を否定しなかったため、サタンが世界を支配していることになる説いた。
女性とダーウィンの進化論
インタビューで、ヴォックス・デイは同じような命題論理と知的優越感で多くの質問に答えた。そして自分は「白人至上主義者」であるはずがないと断言する。なぜなら、彼自身もアメリカ先住民であるからだ。
デイはダーウィンの進化論を信じていない。インタビューで、「生物学者は数学が特に得意ではない」という事実に基づく主張を繰り返した。啓蒙思想家たちは「自分が何を言っているのかほとんど分かっていない」。
デイは多くの科学的知見を否定する一方で、自身の世界観に合致する場合には疑わしい研究や観察結果を絶対視する。例えば、「2人の男性から選ぶ」選挙においては、女性に投票権を与えるべきではないと主張する。「女性は確実に、より背が高く、より髪質の良い候補者に投票する。これを裏付けるアメリカの研究がある」。デイはしばしば反フェミニストとレッテルを貼られるが、自身は反フェミニストでも人種差別主義者でもないとみなす。
ヴォックス・デイ城で朗読会
デイは「ほとんどすべてのスイス国民」よりも「黒人文化」に心地よさを感じている。ともにサッカーをする「アフリカ人のチームメイト」は、デイが何を書いているか「全く気にしない」という。
数年前、デイはクレシエ中心部にある古城を購入した。大衆紙「ブリック」は当時、「アメリカ人がスイスの城をネオナチの拠点に」という見出しでこれを報じた。報道によると、デイは城を「自分の信奉者専用」にするつもりだったが、これはまだ実現していない。
クレシエ市当局は、城主が何を書いているかについても無関心なようだ。2025年11月中旬には市立図書館がデイの城で朗読会を開催した。
テクノからゲームへ
デイは未完成のアパートで、革装本専門出版社「カスタリア・ライブラリー」とコミック出版社「アークヘイヴン・コミックス」を経営する。インタビュー中、従業員の1人が地下室で外部印刷された本の版木を革で製本し、デザインをレーザー彫刻していた。
革は輸入している。ある部屋には「Made in Korea」と書かれた革が詰まった箱が並んでいる。デイによると、毎月1500冊を製本する。需要の高まりに応じて、来年は生産量を10倍に増やす必要があるという。
「カスタリア・ライブラリー」は、世界文学の古典と新作を手がける。売上数は検証できないが、ヴォックス・デイというペンネームの人物は明らかに裕福だ。カスタリアはイギリスのサッカークラブ「ドーキング・ワンダラーズFC」のスポンサーを務める。
裕福な家庭に生まれたデイは、 1990年代初頭にテクノミュージックで成功を収めた。その後ゲーム開発者に転身し、しばらくの間は主に作家として活動していた。
だがヴォックス・デイを研究するアメリカの学者たちは、デイの文化的産物のためではなく、デイの関与した論争について研究している。
「パピーゲート」
米ヴァンダービルト大学のコミュニケーション学者マックス・ドッサーは、デイを「白人至上主義者」と呼ぶ。2016年に発表した「 Core Philosophy of the Alternative Right (仮訳・オルタナ右翼の中核哲学)」の中で、デイが14番目の項目として「オルタナ右翼は白人の存在と白人の子供たちの未来を確保しなければならないと信じている」と主張したためだ。極右のスローガン「14 Words」を少し変形した内容だ。
ドッサーは博士論文「ノスタルジックな未来」の中で、憎悪と怒りがオンライン上の反動的なファンの力学をどのように煽るのかを検証。ヴォックス・デイが中心的な役割を果たしたオンライン・キャンペーン「パピーゲート」をケーススタディとして用いた。2010年代半ば、反動的なファンたちは、政治的に受け入れられやすい独自のリストでSFヒューゴー賞を乗っ取ろうとした。
ドッサーは「表面的には、『大衆』文学に賞を与えること、あるいはSFというジャンルがかつてどのようなものであったかというノスタルジックな概念を保存することが目的だった」と分析した。一見無害だが、根底にある世界観はそうとも限らない。オンライン上の論争は、議論を毒する、と指摘した。
振り返ってみると、「パピーゲート」のような運動はインターネット上で政治化された激しい怒りの芽生えだった。ドッサーは、こうした論争はもはや社会の周縁で起こるものではなく、いつもどこでも発生していると指摘する。「ドナルド・トランプやイーロン・マスク、そして数え切れないほどの国際的な影響力を持つ著名人がこうした意見やイデオロギーを広めているため、それらを隠す理由はますます減っている」
文学学者ジョーダン・S・キャロルは「思弁的白さ~SFとオルタナ右翼」の中でこのテーマについて論じ、ヴォックス・デイにも言及した。キャロルはスイスインフォに対し、デイの「パピーゲート」への関与は復讐行為だったと語った。「これは、一連の人種差別的発言によって彼を追放したSF界へのヴォックスの報復だった」。最終的に、主流のSF界は明らかにデイから距離を置くことになった。
「シグマ男性」の生みの親
キャロルの予想では、ヴォックス・デイが後世に名を残すとすれば、出版者やアーティストとしてではなく、ブロガーとして、あるいは「シグマ」の考案者としてだ。
ヴォックス・デイは2010年、男らしさを分類する「Sigma Male(シグマ男性)」という言葉を生み出した。TikTokなどのSNSを通じて「ヴォックス・デイについて聞いたことのない12歳未満のZ世代の間で」流行した、とキャロルは分析する。
現在ジョー・ローガンやアンドリュー・テイトのようなインフルエンサーが広める男性崇拝論は、15年前のクレシエで産声を上げていたのだ。
(敬称略)
編集:Giannis Mavris、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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