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「ニューノーマル」を先取りしたロカルノ短編映画週間

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バラン・サルマド監督(イラン)の短編映画「Spotted Yellow(仮訳:黄色いシミ)」は、少女がキリンとして世界を認識するようになるストーリーだ Locarno Film Festival

ロカルノ国際映画祭の「短編週間」は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)前に始まった実験的なオンラインイベントだった。インターネット上で短編映画を世界に配信し、視聴者の投票で観客賞を決める。今年で4回目となる短編週間はもはや成功モデルとなった。

ロカルノ短編週間外部リンクは今月1日から毎日、短編映画1本を無料で世界中にストリーミング配信している。各作品の配信期間は1週間。視聴者は見終わった作品を評価し、投票する。今年で4回目を迎えた短編週間の革新的な形式は、パンデミック以降の時代にマッチし、定着しつつある。

配信される作品は新作ではない。2020年の同映画祭短編コンペティション部門「Pardi di domani(明日の豹たち)」(同映画祭の受賞者には豹のトロフィーが授けられる)と東南アジアの作品を集めた「Open Doors」部門のラインアップから選ばれたものだ。今年のロカルノ短編週間を企画したイタリアの評論家エディー・ベルトツィ氏はその理由を「作品の商業サイクルを乱すことなく、無料で使用する権利を世界中で保証すると同時に、作品の寿命を延ばすため」と説明する。

エディー・ベルトツィ氏
今年のロカルノ短編週間を企画した評論家のエディー・ベルトツィ氏 Locarno Film Festival

ロカルノ短編週間は短期間で目に見える成果を上げている。19年の第1回は、92カ国から約4千回視聴された。一昨年は181カ国から6557回(パンデミック宣言はまだ出されていなかった)。昨年は約2万5千回(ウェブページの訪問数は6万6811回)に達し、20年比で276%増だった。

グローバルな展開

今年の短編週間は広範な地域をカバーしている。オーストラリア大陸周辺地域を除くほぼ全ての大陸から18カ国の作品を選んだ。

対象が広範囲かつ国際的なため、異なる文化や相反する条件の下で試されている形式や主題を比較できる。短編という形式を使うのは、意欲的でも予算が少ない、あるいはほとんど無い映画制作者だけではない。ジム・ジャームッシュ監督(米国)の「コーヒー&シガレッツ」や「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のように、短編からスタートしたカルト映画もある。ジャンリュック・ゴダール監督やクレア・デニス監督をはじめとする巨匠たちも、業界のスタンダードにとらわれずに制作する自由を満喫している。主題についても、短編では監督がより過激なストーリーや実験的なアイデア、自分の気まぐれを展開できることが多い。

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マレーシアの「Liar Land(仮訳:嘘つきの国)」は、「もし、(「俺たちに明日はない」の)ボニーとクライドに子供がいたら?」という仮説に基づく短編だ Locarno Film Festival

こうした発想から昨年、コンペティション「Corti d’Autore(制作者の短編)」が新設された。ロカルノ国際映画祭のジオナ・ナザロ芸術監督が就任1年目に行った変更の1つだ。新進の映画制作者の作品が対象のコンペと並び、イタリアのマルコ・ベロッキオ監督やルーマニアのラドゥ・ジュード監督ら権威ある映画監督の短編作品を上映する。

ベルトツィ氏は「Corti d’Autore」が来年のロカルノ短編週間に統合されると発表した。これで同氏には2年間の枠を確保し、短編週間を将来の映画祭の定番にする見通しが立った。

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カザフスタンの「History of Civilization(仮訳:文明史)」では、英ロンドンに移住することを決めた女性が、故郷に残すものについて思いを巡らせる Locarno Film Festival

対面とオンラインのハイブリッド・モデル

しかし当初は、対面式の映画祭を開催後、オフシーズンにオンライン上映を行うというロカルノ国際映画祭のハイブリッド・モデルが成功するかどうかは分からなかった。swissinfo.chは20年1月、第2回ロカルノ短編週間の開催を、オンライン上映という形で世界の視聴者に働き掛ける面白い試みだと報じている。だがその数週間後にパンデミックが発生。ロックダウン(都市封鎖)が相次ぎ、対面イベントはオンライン開催への仕切り直しを余儀なくされた。

「面白い試み」だったはずのハイブリッド型映画祭が突然、国際映画祭の新しいスタンダードになった。だが、2年経った今、この新たな形式は悲喜こもごもの結果となって表れている。

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ロカルノ短編週間のオープニングを飾ったのは、スイスの「Menschen am Samstag(仮訳:土曜日の人々)」だ。スイス人のさりげなくて控えめなユーモアを巧みに描く Locarno Film Festival

実際のところ、映画祭の魅力の多くは、物理的な体験と、映画ファンや業界人、メディア関係者の社会的な交流を通じて得られるものだ。映画祭での受賞、インターネット上での拡散、批評家の評価は、映画の商業的成功には欠かせない。特に、大手スタジオや強力なストリーミング・プラットフォームの制作ではない作品には重要だ。短編についても同じことが言える。

多くの映画祭がパンデミック1年目に、対面式からオンライン開催に変更したが、結果は散々だった。映画祭が頼る長期的計画は、ロックダウンや突然の感染防止措置によって一夜にして崩壊する可能性がある。オンラインイベントを代替案として行うためには、選出作品毎に配給契約を再交渉しなければならず、異なるビジネスモデルと全く新しいマーケティング戦略が必要だ。オンラインイベントには、映画館への物理的な観客動員数を減少させるおそれもある。

それでも、オンラインイベントなら配給の少ない地域や全く無い地域でも映画が観られる。たとえパンデミックが収束し、多くの観客が劇場、映画館、美術館、コンサートに戻ったとしても、オンラインイベントは間違いなく残るだろう。欧州の7つの小規模映画祭のジョイントベンチャーであるDAFilms.com外部リンクなど、ここ数年で生まれたオンライン視聴プラットフォームは、感染防止措置が撤廃されてもきっと存続するだろう。

これら全てを考慮すると、ロカルノ短編週間はかなりユニークでスマートなモデルだ。メインイベントを害するのではなく、オフシーズンにメインイベントの知名度を上げる。さらに、熱烈な映画ファンのアンテナにさえひっかからないようなニッチな作品を世界に紹介する。映画祭の物理的な経験に取って代わるのではなく、映画祭の可能性を広げる。他の映画祭が参考にすべき点だろう。

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ベトナム・ラオス共同制作の「The Unseen River(仮訳:見えない川)」は、メコン川の河畔を舞台にしたドラマ。22~28日の期間中、ロカルノ短編週間のウェブサイトで視聴できる Locarno Film Festival

(英語からの翻訳・江藤真理)

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