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「最も弱い立場の人や社会を守る受け皿がなかった」

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ローマの介護施設で、ビニールカーテン越しに母親の顔に「触れる」女性 Keystone / Massimo Percossi

スイスで最初の新型コロナウイルス感染者が報告されてから25日で1年が経った。今思えば、あれが現在までに国内で1万人近い死者を出したパンデミック(世界的流行)の幕開けだった。

今回のコロナ危機から、我々は何を学んだのか?どんなミスを犯し、何が正しかったのか?チューリヒ在住のイタリア人生物学者で科学ジャーナリストのバルバラ・ガラヴォッティ氏に話を聞いた。

昨年2月25日、スイスは当時「新型」とされるコロナウイルスの感染者が出た国のリストに加えられた。第1号感染者はスイス南部ティチーノ州在住の男性(70)で、ミラノ近郊での会議から帰国後、検査を受けて発覚した。

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新型コロナウイルス スイスで初の感染確認

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生物学者。伊テレビネットワークRai Itallia、イタリア語圏のスイス公共放送(RSI)のジャーナリスト。

ミラノにあるレオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館の科学諮問委員会メンバー。科学コミュニケーションの講師も務める。

2019年に「Le grandi epidemie, come difendersi(仮訳:伝染病の大流行から身を守るには)」を出版。受賞歴多数。

swissinfo.ch:スイスで最初の感染例が確認されてから1年が経ちました。他の欧米諸国と比較して、これまでのスイス政府の対応をどう評価しますか?

バルバラ・ガラヴォッティ:この1年は、3つの段階に区分できます。感染の第一波ではイタリアのロンバルディア州で感染が拡大し、スイスのティチーノ州もその影響を受けましたが、スイス政府は非常によく対応していました。

その後、連邦政府が統括する立場を離れ、各州に対応が委ねられた段階がありました。この時期が、最も問題のある時期だったかもしれません。この種の危機はグローバルな対応が求められるからです。残念ながらそれは実現しませんでした。ですが、少なくとも国一律の戦略があることは重要です。その後スイス政府が再び舵(かじ)を取ると、事態は好転し始めました。

swissinfo.ch:スイスは隣国と比べ、特に第二波では感染予防措置があまり厳しくありませんでした。この対処は正しかったと言えますか?

ガラヴォッティ:スイスでも、勇気ある決断が幾つかありました。個人的には先見の明があったと思っています。例えば私が住んでいるチューリヒ州では、小学校にほとんど制限が課せられませんでした。これは決して容易な決断ではなく、全ての国が同様の対処だったわけでもありません。運営上、大変な努力を強いられただろうと察しますが、ウイルスによる子供たちのトラウマを軽減するには不可欠だったと思います。

しかし公共の場でのマスク着用義務化をめぐり、ある種のためらいがあったのは理解に苦しみました。マスクは感染流行との戦いには欠かせない手段です。この点では、他国の方がはるかに確固たる態度に出たと言えるでしょう。

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科学ジャーナリストであり、本の執筆も手掛けるバルバラ・ガラヴォッティ氏 Barbara Gallavotti

swissinfo.ch:スキー場をオープンしたことで、スイスは国内外から厳しく批判されました。これは賢明でしたか?

ガラヴォッティ:個人的には安全にスキーを楽しむことは不可能ではないと思います。スキー場にもよりますが、小規模なスキー場でリフトが少なく、スタッフのほとんどが地元住民なら、状況を把握し易いでしょう。その一方で、他国がゲレンデを閉鎖したために、欧州中のスキーヤーの駆け込み寺のようになってしまったリゾート地は非常に危険な状態でした。まだ渡航制限が実施される前、サン・モリッツやヴェンゲンで英国の変異株によるクラスターが発生したことがそれを示しています。

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swissinfo.ch:パンデミックをほぼ完全にコントロールしていると思われる中国を除けば、大半の国ではまだウイルスの思うがままです。何が悪かったのでしょうか?

ガラヴォッティ:コロナに本当に歯止めを掛けられたのは、欧米では実施できないような抜本的措置を取ったアジアの国々がほとんどです。

あるいはニュージーランドやオーストラリアのように、人口密度が低く、地理的な特異性からウイルスの流入を制限しやすい国です。欧州の地理的・文化的条件下では、同様の結果を生むのは本当に難しいと思います。

しかし、判断を誤ったと断言できる国があります。それはブラジルや米国のようにウイルスの危険性と抜本的な対策の必要性を否定してきた国々です。私に言わせれば、スウェーデンもそうです。

swissinfo.ch:不意を突かれたり、対応が遅すぎたりした国々が多い中、どの国の対応が最も効果的だったと思いますか?またその理由は?

ガラヴォッティ:欧州大陸諸国の政府は、欧州民族の習慣や文化的条件を考慮しつつ、できる限りの手を尽くしたと思います。特定の措置が受け入れられるか否かは、これらの条件に左右されるためです。

フィンランドでは接触追跡アプリがすんなりと受け入れられ、国民の半数以上がアプリをダウンロードしました。それに対し、スイスを含む他の欧州諸国ではより慎重な反応が目立ちました。

日本や韓国のように個人より社会の福祉が優先される国とは対照的に、我々ヨーロッパ人はある種の弱さを露呈しました。弱者を守る文化的な受け皿がなかった欧州は、社会全体の福祉に尽くすことに非常に消極的でした。

ワクチン接種が自分自身だけでなく、他の人も感染から守ると最終的に確認された暁には、「予防接種を受けない」という個人の権利が、拒否したことで感染リスクにさらされる他人の命よりも価値があると言えるでしょうか?今こそ、個人の自由を他者の権利と十分に照らし合わせて考えて欲しいものです。

swissinfo.ch:西欧諸国の中で、最初にパンデミックが直撃したのがイタリアでした。イタリアのウイルス対策に見習った国は何カ国くらいありますか?

ガラヴォッティ:ロンバルディアやその他の地域で起こった悲劇は、私たちがどんなリスクに直面しているかを世に知らしめました。ウイルスが中国・武漢だけのものだった時は、犠牲を払おうとする意欲は限定的でした。ですが欧州の中心部で起こった現実を目の当たりにしたことで、通常であれば絶対に実現不可能な対策が受け入れられるきっかけになったと思います。第一波の後、感染の封じ込めが上手くいったのはイタリアの功績です。厳格な都市封鎖がウイルスに打ち勝てることを示したのです。昨年の春、厳しい制約のある生活に耐えたイタリア人の姿も大きかったと思います。欧米諸国の人々にとって決して当たり前とは言えない規律を示してくれました。

swissinfo.ch:コロナの苦い経験は、イタリア社会にどんな影響を与えると思いますか?

ガラヴォッティ:多くの影響が出るでしょう。例えば一部では既に1年も続いている学校閉鎖は、生徒にとっても家族にとっても壊滅的です。

経済面では、様々な業界で典型的に女性が担っていた仕事が失われました。とりわけイベントコンパニオンや販売員、清掃員といった低収入の職業でその傾向が顕著でした。

肝心の問題は、あとどれだけ待てば普通の生活に戻れるかということです。今回のコロナ危機では、観光業やイベント業など、日常生活に不可欠ではない部門が最初に犠牲になることを再認識させられました。その一方で、生物医学やデジタル技術、そしてテクノロジー全般にまつわる業種は、引き続き経済の基本的な推進力となっています。

swissinfo.ch:既に多くの国でワクチン接種が始まっています。世界的な「集団免疫」の獲得までどれくらい時間がかかりますか?いつになったら世界中を自由に旅行できるようになるのでしょうか?

ガラヴォッティ:ワクチンと集団免疫の関係を理解するためには、ワクチンがウイルスの拡散をどの程度防ぐかを確実に把握する必要があります。つまり、ワクチンを接種した人が(自分だけでなく)他人の感染をどれだけ防げるかを知る必要があります。

他にも考慮すべき要素があります。例えばウイルスの突然変異に関して言えば、変異株の感染力がどれだけ強くなっているかまだ分かっていません。

あるいは、未成年者(ファイザーは16歳未満、モデルナでは18歳未満)にワクチンを投与してはいけない点です。予防接種を拒否する人もいます。そのため集団免疫の実現は危ぶまれています。

さらに、アフリカではまだ3カ国でしかワクチン接種が始まっていません。世界の他の地域も同様です。アフリカ、東南アジア、中央アジア、南米の大部分では、ワクチン接種が広く普及するのが2023年以降になると推定されています。

従って全員が予防接種を受けなければ、ウイルスとの戦いは全く無意味なのです。

少なくとも世界レベルでは、必然的に証明書や免疫パスポートを発行する方向に向かっています。個人的には全く納得がいきませんが、恐らくそれを受け入れるしかないのでしょう。

swissinfo.ch20195月に著書「Le grandi epidemie, come difendersi(仮訳:伝染病の大流行から身を守るには)」を出版していますが、本当にパンデミックが発生すると予知していたのですか?

ガラヴォッティ:確かにインフルエンザの大流行は予測していましたが、この種のコロナウイルスはさすがに想定外でした。しかしパンデミックの発生は、科学者による単純な予測でした。人類は過去にも生命を脅かす危機を数え切れないほど経験してきました。効果の高い抗生物質を発見したお陰で、細菌感染症の脅威からは解放されたかもしれませんが、広範に使える抗ウイルス剤は未だ存在しません。そのため厄介なウイルスが出現するのは時間の問題でした。

自然界を起源とする危険な感染因子が数多く出現していることも分かっていました。例えばエイズウイルス(ヒト免疫不全ウイルス、HIV)、エボラウイルス、ジカウイルス、SARSコロナウイルス等がありますが、エイズ以外は幸いパンデミックに繋がりませんでした。そのため、世界中の森林を調査し、野生動物から血液サンプルを採取し、人間に脅威を与える可能性のあるウイルスを特定する「Predict」といった国際的なプロジェクトも計画されていました。

これらの事例を通し、人間と自然界の関係を軽んじるのは有害であると分かってもらえればと思います。

swissinfo.ch:コロナは、今後もこのようなパンデミックが増えると覚悟すべきだと示唆しています。今回の危機から学ぶべき教訓とは?

ガラヴォッティ:過去にもパンデミックはあり、今回が最後ということもないでしょう。空気感染がなく別の予防措置が必要なエイズは別として、我々はこの種のパンデミックにどう対処すべきかを忘れていました。最後の本当のパンデミックは1918年のスペイン風邪です。殆ど国はパンデミックに対応する実践的な計画がないまま、経過観察も怠りました。

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しかし今回の苦い経験から、ひとたびパンデミックが起きればどんなリスクが待ち受けているか理解する準備ができたと言えるでしょう。

昨年1月、もし国民全員にマスク着用を義務化していたら(仮にマスクの備蓄があったとしても)誰も従わなかったでしょう。しかし今では、多少なりとも地球上の全ての人々がマスク着用や他者との距離を保つことの重要性を理解しています。

swissinfo.ch:科学ジャーナリストであり、コミュニケーションの専門家であるガラヴォッティさんの視点から見て、ウイルスの情報は一般市民に正しく伝わっていましたか?

ガラヴォッティ:スイスでは、バランスが取れて協調性のある、実用的なコミュニケーションが行われていたと思います。イタリアでは時折見られましたが、専門家の間で矛盾した発言が出るようなこともありませんでした。これは研究者が総じてコミュニケーションのメカニズムに精通していないため、メディアの質問に対し、共有の知識と個人的な意見を厳密に区別できないことが原因です。

個人的には、スイスは夏までに国民の大半にワクチンを接種することができないと速やかに伝えたことを高く評価しています。

しかし当初、イタリアをはじめ欧州の幾つかの国では、現実的に想定されるプロセスより、もっと早く予防接種キャンペーンを進められたのではないかという印象がありました。

スイスでのコミュニケーションは総じて上手くいったと思います。問題が生じても国民に包み隠さず伝えられていました。これで実用主義の基礎が築かれました。こういったベースが緊急時には切り札となるのです。

今回の危機で気づいたのは、スイスでもイタリアでも、緊急時には今何が起きているのかをきちんと理解したいと思う人が多いことです。生物学や疫学、医学などの分野を掘り下げて見識を深めてさえいます。この関心は、参加したいという意欲と、自分の健康について十分な情報に基づいた決断をしたいという欲求から来るものです。私はとても良い傾向だと思っています。

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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