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原爆、関税……スイスのメディアが報じた日本のニュース

反核運動
ジュネーブの国連欧州本部前など、広島原爆投下80周年の8月6日にはスイス各地でも追悼・反核運動が行われた KEYSTONE/Salvatore Di Nolfi

スイスの主要報道機関が先週(8月4日~12日)伝えた日本関連のニュースから、①日本は核保有国になりうるか?②原爆の影響とは スイスの科学的研究③原爆直後に広島入りしたスイス人医師④米国関税発動、続く混乱、の4件を要約して紹介します。

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広島・長崎への原爆投下から80年。スイスでも各メディアがさまざまな切り口で原爆の歴史と今を伝えました。今も語り続ける被爆者の証言外部リンク、原爆の恐ろしさを伝える生々しい写真記事外部リンク、非核を訴える若い世代外部リンク、ミラノで芸術家として生きた被爆者・吾妻兼治郎さん外部リンク、スイスの都市に原爆が落とされた場合の破壊範囲外部リンク米国外部リンクフランス外部リンクでの原爆正当化論、反核を訴える米国の歴史学者外部リンク、当時の国際報道外部リンク……全てはご紹介できませんが、特に切り口の光った3本を要約します。

日本は核保有国になりうるか?

ドイツ語圏の大手紙NZZは、日本を含む世界中で盛り上がる核武装論と、今後の展開として想定される3つのシナリオを提示しました。

「アジアの情勢は特に緊迫している」。記事は核武装論が浮上する背景として、中国、ロシア、北朝鮮の核保有3カ国と、アメリカの同盟国である日本・韓国との間の対立関係が強まっていることを挙げました。

明治学院大学国際学部のポール・ミッドフォード教授はNZZに、「日本には核保有国になるためのあらゆる技術的能力がある」と解説します。大規模な民生用原子力研究開発計画、再処理工場、核燃料の濃縮技術、巡航ミサイルを備え、プルトニウムの保有量は「数百個の核弾頭に十分な量」だとしています。

日本が実際に核保有国になりたがっているかといえば、広島・長崎の悲惨な経験から、世論の8割は核武装に反対しています。ただ「公式の立場はもっと曖昧だ」。非核三原則を維持しつつも米国による核抑止力に依存し、憲法9条は自衛のための核保有を禁じていないとの立場を示しています。

日本が核武装しないのは世論のためだけではない、と記事は続けます。製造・維持費用など財政的コストのほか、「北朝鮮のように核不拡散条約から脱退すれば制裁の対象になる可能性」という外交的コストがあると言います。

こうした考え方を揺らがせているのが、米国のドナルド・トランプ大統領です。「米大統領は世界を敵と味方に分け、ディール(取引)のために同盟国を犠牲にする用意がある」。そして同氏がアジアに関してどうふるまうかによって、日本の議論は次の3つのシナリオがあると予想しています。

  • 調和:トランプ氏が中国を封じ込めるため、日本との同盟関係を強化。日本は米国の核の傘に収まり続ける
  • 維持:トランプ氏の政策はあいまいなまま。日本では不確実性が高まり、台湾有事など外部からの衝撃が無い限り、日本人は核武装に反対し続ける。ただそうしたショックが起これば、「日本人は自分たちがいかに無防備であるかを思い知る」
  • 破局:米国が世界的な後退をはじめ、アジアを中国に委ねる。韓国は自衛のため核武装し、日本もそれに続く

(出典:NZZ外部リンク/ドイツ語)

原爆の影響とは スイスの科学的研究

ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)は原爆が「世代を超えて」残す傷跡に着目しました。

記事は原爆の心理的な苦痛に焦点を当てています。集団的トラウマに詳しいチューリヒ大学のアンドレアス・マーカー教授は、フラッシュバックや不安が今も被爆者の日常生活に不安を与えたり、社会的な偏見に苦しんだりすることを指摘。人々はまるで危険人物であるかのように疎外され、「こうした差別は精神疾患をもたらすもう1つの大きな要因となり、傷を癒すのを妨げる」とマーカー氏は話します。

マーカー氏は原爆が他の災害と異なる点として、広島の被爆は街や社会全体に影響を与えた集団的な経験であり、個人的なトラウマとは異なる痕跡を残すことを挙げました。「同時に、当時は心理的なサポートが全くなかった」。それでも一部の人は学校や国際会議で体験を語り、それが「自分の苦しみに声と意味を与える」こととなり、出来事を理解するうえでの助けになったと解説します。

今日このことから何を学べるか?この質問に、マーカー氏は「社会は、トラウマについて恥や偏見なく話し合える場を作らなければならない。そして、経験を共有することが教育、予防、人類全体にもたらす可能性を認識しなければならない」と答えました。

スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の神経科学者イザベル・マンスイ氏は、トラウマ体験が遺伝子構造にどのような影響を与えるかを研究しています。マウスを使った研究では、トラウマ的ストレスが異常行動や健康問題をもたらすだけでなく、それらがストレスを研究していない子マウスにも引き継がれることが分かりました。

一方、トラウマから回復する力も「エピジェネティック(後世遺伝学)に遺伝する可能性がある」、とマンスイ氏は考えます。記事は「トラウマそのものだけでなく、対処の仕方も痕跡を残す可能性があり、場合によっては治癒につながる痕跡さえも残す可能性がある」とまとめました。

記事は最後に、こうした科学研究の重要性を指摘しました。「結果を理解することで、予防策の改善や多様な支援、治癒が可能になる。広島と長崎は歴史だが、危機の長期的な影響を真剣に受け止めるという警告でもある」(出典:SRF外部リンク/ドイツ語)

原爆直後に広島入りしたスイス人医師マルセル・ジュノー

スイスではほとんど知られていないが、日本では英雄として讃えられているスイス人男性――ドイツ語圏の社会派雑誌ベオバハターは、原爆投下直後に広島入りし、数千人の命を救ったスイス人医師マルセル・ジュノーをこう紹介しました。同記事は無料紙ブリック外部リンクにも転載されています。

記事によると、赤十字国際委員会(ICRC、本部・ジュネーブ)の日本代表として1945年8月9日に来日したジュノーは、9月2日に同僚のフリッツ・ビルフィンガー医師から電報を受け取りました。電報には、投下直後は回復していたのに再び病状が重くなり死に至る人が「大量に」出ており、10万人をこえる負傷者に対し包帯や医薬品が不足していると綴られていました。

そこでジュノーは「新兵器が広島でどのような効果をもたらしたかを自らの目で確かめたいと考えた」。連合軍司令部(GHQ)に救援を要請し、12トンの救援物資を積み込んだ米軍機で9月8日に広島に向かいました。エチオピア戦争やスペイン内戦で数々の悲惨な状況を見てきたジュノーにとっても、広島の光景は「全く新しい、これまで想像もできなかった次元を帯びていた」と言います。

ジュノーは日記に、粗末な治療現場について記録しています。「包帯は荒布で作られ、負傷者の傷口にはハエが止まっている。すべてが信じられないほど汚れている」。多くの患者は被ばくの影響で出血していましたが、「献血者も、輸血を行う医師もいない」状況でした。

ジュノーは奇跡的に無傷だった広島赤十字病院で、外国人医師として治療や人道支援の調整、救援物資の配布、日本人医療従事者のサポートに当たりました。数千人の命を救っただけではなく、「中立的な立場の医師の目で見た証言やICRCに送られた写真は、国際社会を揺るがした」。ジュノーが1982年に執筆した論文「The Hiroshima disaster(広島の惨事)外部リンク」には、「この新兵器の劇的な衝撃を目の当たりにした者は誰でも、今日の世界が自らの破滅に直面していることに疑いの余地はないだろう」と記されています。

NGO核廃棄廃絶国際キャンペーン(ICAN、本部・ジュネーブ)のフロリアン・エブレンカンプ氏は、ジュノーが自分の目で原爆の影響を目撃したことは、今の時代にとっても大きな意味を持っていると指摘します。ジュノーの著作は今もICRC職員全員の必読書とされているそうです。

日本でも広島平和公園にジュノーの記念碑が建てられ、命日には毎年追悼式典を開催。ジュノーの生涯を描いたアニメ映画も制作されています。6月には広島市から特別名誉市民の称号を贈られました。(出典:ベオバハター外部リンク/ドイツ語)

米国関税発動、続く混乱

米国に39%と世界最高水準の関税を課されたスイスですが、日本など他国の混乱ぶりについても報じられています。NZZはトランプ政権が7月23日の日米合意を守らず、日本が猛抗議の末修正を勝ち取った経緯について詳しく伝えています。

「米国との関税紛争における2日間の厳しい交渉が、ついに日本にとって報われた」。関税が発動する直前に合意との違いが発覚し、日本政府は即座に赤澤亮正経済再生担当相をワシントンに派遣。米国側が総合関税に関する大統領令の修正に応じました。

これを受けて「日本中に広がった安堵感は、東京証券取引所にもすぐ反映された」。TOPIXが史上初めて3000台を超え、自動車株も軒並み上昇しました。記事はまた「米国の屈服により、関税による経済的ダメージは当初想定されていた水準に抑えられるかもしれない」と伝えています。

ただ「石破茂首相が赤澤氏をワシントンに緊急派遣して抗議を申し立てたことは、トランプ大統領との交渉が当面終わらないことを覚悟していることを示すものだ」とも指摘。政権内外で石破首相への辞任圧力が高まっていることも指摘し、政治的には全く安心できない状況であると報じています。

一方、フランス語圏ル・タンは「日本と韓国はいかにして薬を甘くしたか」との見出しで、日韓が4月発表時の関税率から15%への引き下げに成功した背景に注目しました。

「日韓の代表団はワシントンを包囲した」。米シンクタンク、ピーターソン国際経済研究所のアラン・ウォルフ研究員はこう語り、このような二国間の和解を成立するには膨大な時間と労力が必要だと指摘しました。同氏によれば「これこそが、強大な国が自国の利益だけを優先する新時代において、悪影響を減らすためにまず必要な要素」だということです。

記事はまた、トランプ氏が12日に米CNBCとのインタビューで日本・韓国が米国に「譲歩した」と語ったことも伝えました。トランプ氏は「日本は米国産のコメも受け入れる。かつて誰もが不可能だと考えていたことだ」「一段と重要なのは、とても美しいフォードの(ピックアップトラック)『F-150』といった米国車を日本が受け入れることだ」と発言。記事は「このピックアップは日本の道路にはとても大きい」と注記しています。

日本がコメで「譲歩」したのに対し、スイスは農業分野では融通が利かず「対米投資の方が自由度が高い」と記事は続けます。しかしながら「米国のパートナーたちがワシントンに殺到するにつれ、利害関係はますます大きくなった」ことで、スイスが不利に立たされたと示唆。日韓がそれぞれ5500億ドルと3500億ドルと多額の投資を約束したことを書き添えています。(出典:NZZ外部リンク/ドイツ語、ル・タン外部リンク/フランス語)

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話題になったスイスのニュース

原爆に関し、スイスインフォでは当時の駐日スイス大使だったカミーユ・ゴルジェの回顧録を紹介しました。スイスは戦時中、米国をはじめ多くの国の利益保護国を務めており、ゴルジェは捕虜の返還や民間人の保護といった任務に奔走していました。しかし生来の「外国人嫌い」が加速していた日本で、ゴルジェは数多くのいやがらせを受けたと記録しています。

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校閲:大野瑠衣子

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