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スイスの民主主義の現場-第1回-


最高の民主主義? アッペンツェルのランツゲマインデ



Stephanie Hess, Appenzell




雪の降るランツゲマインデでは、有権者は投票の際に傘を閉じなければならない。そうでないと、挙手した人数が分からないからだ (Stephanie Hess)

雪の降るランツゲマインデでは、有権者は投票の際に傘を閉じなければならない。そうでないと、挙手した人数が分からないからだ

(Stephanie Hess)

スイス北東部のアッペンツェル・インナーローデン準州では、年に1回、4月の最終日曜日に有権者が野外広場に集まり、法律改正の是非や州議員の選出を挙手で投票する伝統的な「ランツゲマインデ(青空議会)」が開かれている。直接民主制の最も古いスタイルで、スイスでは同州とグラールス州の2カ所だけでしか見られない。どれほど民主的な制度なのか、今年のアッペンツェル・インナーローデン準州でのランツゲマインデを取材した。

 ランツゲマインデは「1年で一番大事な日」。この日のために、出席者がかぶる金色のヘルメットはきれいに磨かれ、紋章入りの大旗と黒いローブがお目見えする。当日は季節外れの雪が降り、花をつけたリンゴの木や民家の屋根を白く染めた。

 雪がちらつく中、辺りはこんがり焼けたソーセージや、この日のために特別に作られるヘーゼルナッツ入りのクッキー「ランツゲマインデ・クレンプフリ」のおいしそうなにおいが立ち込める。人口約6千人の州都アッペンツェルの狭い路地は地元住民でいっぱいだ。

 中心部にあるランツゲマインデ広場。アッペンツェルの有権者は100年前からこの場所で、州の政治課題の是非や州議員、州判事の選出を挙手で決めてきた。

 はたして、このアッペンツェルの民主主義こそ「最高の民主主義」なのだろうか。それとも時代遅れの伝統が単に守られているだけなのか。

起源は中世に

 ランツゲマインデの起源は諸説ある。投票箱を用いる投票制度とランツゲマインデを比較研究した、ベルン大学政治学研究所のハンスペーター・シャウブ氏は「これまではゲルマン人の民会を起源とする説が有力だった。だが今日では、市民の協力共同体だった中世のランツゲマインデから発展したものとされている」と話す。協力共同体とは、例えば農作業や家畜の世話などを隣近所で助け合う互助会のようなものだ。

 現在、ランツゲマインデが開かれているのはアッペンツェル・インナーローデン準州とスイス東部のグラールス州だけだが、かつては両州を含む計8州で行われていた。しかし、シュヴィーツ州、ツーク州は現在のスイスが建国される前の1847年、ランツゲマインデを廃止。続いて1928年にウーリ州、1990年代にニトヴァルデン準州、アッペンツェル・アウサーローデン準州、オプヴァルデン準州が投票箱を用いる制度に移行した。

 ランツゲマインデ広場で、音楽の演奏が始まった。厳かな表情をした7人の州政府閣僚(男性6人、女性1人)がゆっくりと広場に行進してくる。降り始めた雪が彼らの黒いローブを白く染める。彼らは「Stuhl(椅子)」と呼ばれる演台に上がる。演台は閣僚だけでなく、議案に意見がある有権者なら誰でも上がることが許されている。

市民に等しく情報を

 「全員が等しく発言権を持つ。これはランツゲマインデの最大の長所だ」とシャウブ氏は強調する。誰もが発言できれば、議案に関する議論が尽くされ、どの有権者も同程度の知識を共有できるからだ。一方、投票箱を用いる制度は「専らメディアの中だけで議論が行われている」(シャウブ氏)。

 ランツゲマインデのもう一つの長所は、採決の選択肢が投票箱に比べて多元的であることだ。有権者はイエスかノーを言うだけではなく、提案を拒否したり修正を求めたりすることも可能だからだ。

 今年のランツゲマインデはそんな期待を裏切り、例年より早く終わった。屋根に積もるほど降った雪が影響したのか。州政府閣僚と州判事の再選、4件の法律改正の承認、住民1人が起こした学校制度についての住民発議を否決して年1度の行事が早々に幕を閉じた。有権者は投票のたびに、雪の積もった傘をたたんで挙手。採決結果は目測で判断される。数をカウントするのはわずかな差の場合だけだ。

投票の秘密の欠如

 ランツゲマインデは投票箱を使う制度と違い、自分の賛否が他人に丸見えになってしまう。誰もが顔見知りならなおさら問題だ。シャウブ氏は「民主主義の大原則であるはずの投票の秘密が守られていないこと」こそが、ランツゲマインデの最大の短所だと指摘する。

 このことは欧州人権条約にも抵触するため、スイスは同条約を批准する際、ランツゲマインデのシステムを条約の適用外とする特別条項を挿入したほどだ。

 誰がどう投票したかが分かってしまうと、有権者が意思決定する際に影響が出ないのか。シャウブ氏は「ランツゲマインデは政策が右寄りになるイメージを持たれがち」と認める。象徴的なのが1990年、アッペンツェルのランツゲマインデで、女性参政権の付与が再び否決されたときだ。

 しかし、最近はそんなイメージを払しょくする革新的な投票結果が見られるようになり、「挙手投票が政策決定に偏りを生み出しているとは言えない」(シャウブ氏)という。課題は投票の秘密がないことによる参加者の少なさだ。同氏は「投票箱の制度と比べ、平均で10〜15%少ない」と指摘する。

短所を改善

 ランツゲマインデが終わると、雪の冷たさで凍え切った大勢の人々が近くのレストランになだれ込んだ。伝統行事を見物しようとスイス中から来た観光客もたくさんいる。ランツゲマインデは過去に例を見ないほど人気だ。

 シャウブ氏は「ランツゲマインデは歴史の中で姿を消しつつあるが、住民には支持されている」と話す。古い伝統へのノスタルジーからではない。制度に存在価値があるからだ。同氏は「ランツゲマインデが投票箱の制度に比べて民主的ではない、とは言えない。それは明らかだ」と自信を込める。一方で、ランツゲマインデを存続させるために、短所をいかに改善するかが重要だ。投票の秘密への配慮や、参加者を増やすアイデアを練るなどの対策が求められる。

ランツゲマインデのように、地域住民が地元の政治に直接関わる制度をあなたはどう思いますか?日本でもこうした制度を実現した方がよいと思いますか?ご意見をお寄せください。


(独語からの翻訳・宇田薫 編集・スイスインフォ)

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