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ウイリアム・テル上演200年記念

石弓を背中に背負い、スイスの英雄ウイリアム・テルがはじめてリュトリの丘に登場した。(ミラン・シヤシスキ撮影) Milan Schijatschky

ゲーテ監督、シラー脚本の「ウイリアム・テル」がドイツ中部にあるワイマール市の宮廷劇場で1804年3月14日、初公演された。本年は、初公演200年を記念し、ウイリアム・テルにちなんだ催し物が目白押し。国家的英雄を再度、見直す機会となっている。

リュトリの丘で7月23日から約1ヶ月の間、ワイマール国立劇団により「ウイリアム・テル」がオープンエアーで毎日上演される。隣接するシュヴィーツ州の国立博物館では、ウイリアム・テルを探求する展示会が10月末まで開催されている。スイスインフォでも特集を組みました。あわせてご覧下さい。

戯曲「ウイリアム・テル」はシラーが書いた最後の作品である。内容は、スイスがハプスブルク家の支配から独立するきっかけを作ったテルの英雄的行為を中心に、同盟を誓い合った3州の独立騒動を描いた。題材はチューディの「スイス年代記」(1734年‐1736年)とスイス国内に伝わるテルの伝説から得たといわれる。

テルを上演するに格好の場所

 7月23日、スイスの独立を象徴するリュトリの丘にて、ワイマール国立劇団による記念公演があった。

 オリジナルではリュトリの丘を舞台にしたシーンは非常に少ない。しかし、「ウイリアム・テル」の上演にこれほどお似合いの環境はないだろう。野外で緑の芝生に覆われた舞台の背景に青々としたセーリスベルク山とエメラルド色のフィアヴァルトシュテッテ湖が見える。これまで、毎年「ウイリアム・テル」は上演されてきたが、リュトリの丘での上演は初めてである。

 巨大な丸太を組み合わせたオブジェが並ぶ舞台装置の中を色鮮やかなコスチュームを纏った役者達が走り回る。21世紀風にアレンジされたテル初公演の200周年記念公演を多くの文化人、政治家、経済界の代表が満喫した。閉幕後には、ジョセフ・ダイス大統領が祝辞を述べた。

脇役だからこそスイスの英雄

 戯曲の前半にはテルはほとんど登場しない。当時中央スイスを治めていた神聖ローマ帝国から派遣されたゲスラー代官の独裁政治で失った自由を求め、同地方の3州がリュトリの丘で同盟を誓い合う。

 後半になって物語は、主人公テルにスポットが当てられる。テルはウーリ州の村、アルトドルフに住む父親を尋ね、息子と山を降りてゆく。ゲスラー代官はアルトドルフの広場に神聖ローマ帝国皇帝の象徴として帽子を広場に掲げ、ここを通る者達には、必ず帽子にお辞儀などして敬意を示すよう強制した。柱の上に掲げられていた帽子を、テルは素通りしてしまう。

 ゲスラー代官はこれを咎め、テルの息子の頭上に乗せたりんごをテルが撃ち抜けば命は保証すると約束した。首尾よくりんごを撃ち抜くテルだが、ジャケットの中に隠していた1本の矢が見つかってしまう。万が一、失敗したらテルはゲスラーを殺すつもりだったのだ。

 テルは逮捕されるものの脱出に成功し、最後にゲスラーの殺害を果たした。農民達は一斉蜂起し、独裁者から再び自由を手に入れたのだった。

実存しなかった国家的英雄

 戯曲のなかで前半にウイリアム・テルが登場しないのは、彼はあくまでも、スイスがハプスブルク家の支配から独立するきっかけを作った人物という位置付けにあるからだ。「主役は農民など普通の人たち。完璧な英雄ではなく脇役的なのがスイスの英雄だ」とウイリアム・テルとスイスに与えた影響を探り続けるジャーナリストのエティエン・シュトレーベル氏は語る。

 しかも、ウイリアム・テルは実存しなかったというのが歴史専門家達一般の見解である。神話が作り上げた英雄、もしくは複数の人物を合わせた人物像と見られる。リンカーン、ガンジー、ナポレオンなど、他の国の英雄は実存した人物であることを考えると、スイスにはウイリアム・テルほどの英雄はなく、しかも実存しないのがスイスらしい。ダイス大統領は祝辞の中で「実存の人物か、神話の英雄化など問題ではない。テルはわたし達のお手本、スイスを象徴する人物である」と語り、民衆と連帯したテルを賞賛した。

 「謙虚な英雄」であるテルは、今でもスイス人の気質に合って常に人気がある。テルのグッズも沢山あり、政治や商品の宣伝にも利用されるが、スイス人一人一人が、「自分のテル」を持っているようだ。

 スイスインフォでは、「ウイリアム・テル・スペシャル」を掲載。テルについてもっと知りたい方は、画面中央にあるバナーをクリックし、テルの世界に旅立ってください。一部、日本語もあります。

スイス国際放送 リュトリにて 佐藤夕美 (さとうゆうみ)

上演スケジュール:
7月23日から8月29日まで
火曜日から土曜日までは19時45分開幕、22時終幕
日曜日は16時開幕、18時15分終幕
チケット:38フランから118フラン
交通:セーリスベルク山の山道かブルンネンからの水路のみ。

「ウイリアム・テル」
ワイマール国立劇団
監督 シュテファン・メルキ
脚色 フェリックス・エッスリン
衣装デザイン セシル・ファイルヒェンフェルト
音楽 クリスティアン・ブランダウアー、ゲルト・マティアス・ヴェングナー
主演 ウイリアム・テル = ロランド・コッホ / アッティングハウゼン = ヴァロ・リューノント / ゲスラー代官 = トーマス・ティーメ

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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