スイスから故郷の畑に帰る

アール・久美子さんの夢は政治学者になって農業をすること。「おいしい野菜を作りたい」 swissinfo.ch

スイス生活が20年になるアール・久美子さん。50歳をわずかに超えた今も「あれも、これもやりたい。こんなにしたいことがあるのに、どうしたら全部できるのだろう」と考えるという。

このコンテンツは 2010/06/04 15:25

一生懸命やったことは、全部自分に返ってくるという信条を持つアールさんは、これまで数多くのことに力を傾けてきた。その半生を彼女は淡々と語った。

龍馬のように

アールさんは現在、スイスの大手銀行で企業年金の月々の報告書を作成する「誰にでもできる仕事」をしている。一部の行員の巨額なボーナスが問題になっているのを他人事のように聞き流しながら、家ではチューリヒ大学大学院の政治学の博士号を取る準備を着々と進めている。

チューリヒ大学の政治学部は働きながら6年間で卒業した。論文をドイツ語で書けたのは、職場が完全なフレックスタイムとう恵まれた環境にあったことと、伴侶のローラントさんの協力があったから。
「僕が卒業証書をもらってもいいくらいだ、と言われました」
と笑う。43歳になってチューリヒ大学に入学したのは、日本の大学を卒業した後、青年海外協力隊に入隊し、途上国援助をしたことが下地となっている。当時を振り返りアールさんは言う。

「海外ならどこでもよかったのです。坂本龍馬のことを書いた本を読んで、海外に出たいと思いました。龍馬のように海の向こうには何があるのかと。ともかく日本の外を見てみたかったのです。援助のためにとは当時、あまり考えていませんでした」
龍馬の時代は外に出るのも命がけだったが、自分の時代はお金の問題が解決すれば、どこにでも行けると思ったという。こうして、派遣先のスリランカの首都コロンボで、生徒や教師に日本の大学で学んだ体育を教えることになった。

ここで日本の途上国の援助が、お金や生活には直接結び付かない体育や音楽といった情操教育にもわたっているのに対し、スイスは橋や道路を作ったり農業のノウハウを教えたりすることに重点を置ことを知ったという。
「子どもたちに夢を与えるという意味で、スポーツや音楽を通して援助することは良いことだと思います」

開発援助を通して得る喜びを知ったアールさんは、もう一度スリランカで大きな喜びを味わうことになる。2005年末に発生したスマトラ沖大地震で大被害を被ったことをニュースで知ると、すでに住んでいたスイスからいったん日本へ行き、再び援助団体に入り込んで現地に飛んだ。約20年前に援助した学校で見たのは、アールさんが当時、青年海外援助隊の本部にかけ合い日本から導入した運動器具だった。「さすがに嬉しかったです」

800本のフキ

青年海外協力隊員として2年間の活動を終え、今度は先進国を見たいと思ったアールさんは、親戚を頼ってアメリカに渡った。4カ月間通った語学学校で出会ったスイス人のローラントさんと1989年に結婚してスイスに生活拠点を移した。

住み始めたスイスでは、日系の証券会社を経て、独立を決心。翻訳講座を受講し、マッサージの技術も取得して、昼間はマッサージ師、夜は翻訳者と二股をかけて働いた。しかし、忙しすぎる毎日にすっかりバーンアウト。10年間でどちらもきっぱり辞め、再び会社勤めとなった。

仕事と並行して現在執筆中の博士論文のテーマは「日本の防衛」。スイスに住んでみて、改めて日本の価値を認識したという。
「日本という帰れる国があることは素晴らしい。しかも、外国から、信頼され評価されている国というのは嬉しい。結局自分の国は、日本だと思うのです」
だからこそ、日本人には自分の国を守る意識を高く持ってほしいとアールさんは言う。論文は来年には書き終える予定だ。

仕事や論文を書く忙しい毎日だが、もう一つアールさんが楽しみとしていることがある。日本の両親と一緒に畑仕事を始めたことだ。実家の岩手県遠野市に600平方メートルの農地を無料で借り、丸く大きな葉をつけるフキを栽培している。田舎の高齢化に伴い荒れてしまっていた農地に昨年5月、およそ40本の畝 ( うね ) を作り、800本のフキを植えた。今年6月には収穫だ。

80歳になる両親と一緒に何かをすることが楽しいということもあるが
「国土を荒らしてはいけないと思います。まだまだ、手入れすれば使える土地が日本にはあるのですから。今は、日本もお金があるから外国から食糧を買えますが、買えなくなった時にどうするのかと考えなくては。( 農作物を ) 作る場所があり、作れるのだということを体現したいのです」
アールさんの「日本の防衛」は、荒れ地を耕すことから始まっているようだ。

佐藤夕美 ( さとうゆうみ ) 、swissinfo.ch

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