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スイスに進出する意味 会長自らスイスに永住 前川製作所

「家族」と一緒にスイスで生活。ツークに永住するつもりだという swissinfo.ch

前川製作所の会長、前川正雄 ( まえかわ まさお ) 氏 ( 73歳 ) は今から2年前、「 マイコム・インターテック ( Mycom Intertec AG ) 」をツーク市に創設した。スイスの地方都市から世界へ、冷凍機に関連するシステムを売り込んでいる。

東京にある前川製作所は、創業年大正13年の老舗。産業冷凍機では世界のトップメーカーである。前川氏は『ものづくりの極意、人づくりの哲学』( ダイヤモンド社 )といった著作もあり、人材育成にも力を入れている。

 日本からスイスに進出する企業のほとんどが、国外事務所の責任者として駐在員を派遣している。家族を伴い、自らスイスに移住してビジネスを展開するという思い切った判断をした前川氏は、他の日本の製造会社も自分に倣うべきだと熱っぽく語る。

swissinfo : なぜスイスを本拠地として選んだのですか?

前川 : これまで海外では、冷凍機などを販売してきましたが、現在は冷凍機を中心としたシステムの販売に力を入れています。代理店を通してでは顧客と直接ビジネスができません。また、( 遠い ) 日本から海外にシステムを売り込むことは到底できません。

いろいろな国を拠点地として検討しました。でも、やはりスイスですね。システムの販売は、巨額のお金が動くビジネスです。商談には英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語など現地の言葉を操れることが大事です。しかし、たとえばイタリア語を話す日本人がいるとしますが、その人の話すイタリア語は、日本人の頭で考えたイタリア語であって、イタリア人の頭から出た言葉ではありません。スイスはマルチリンガルの人が多くいて、現地の人の考え方も熟知しています。

また、スイスには世界的レベルのホールディング会社が多く集まっています。そのため、各国のマーケット情報も集まりやすく、すばらしい人脈もあります。

swissinfo : スイスの魅力は分かりましたが、会長自らスイスに移住してしまうというのは異例だと思いますが。

前川 : これまでも代理店を通して商品を売ってきましたから、わが社の製品は知れわたっています。しかし、今度はシステムを売り込むのです。日本での成功例を実際に示して、納得してもらわなければなりません。それには、相手側のトップに、直接訴えなければなりません。こちらもトップが出なければ、相手も会ってはくれないでしょう。

しかも、われわれは新しいシステムつまり「世の中にない製品」を売り込もうとしているのです。相手に信頼されなければなりません。

swissinfo : ビジネスはお金だけではなく、感動や人間関係で動くものなのですね。

前川 : いまや、安い物で日本は競争できませんよ。高い製品を売る会社が、値段を安くしても意味はありません。また、同じ値段の商品なら今まで取引をしてきたところから買うでしょう。日本から海外に出るのなら、他社ができないレベルの製品を開発して売らなければだめです。

swissinfo : 現在、海外で力を入れて販売しているシステムにはどういったものがありますか。

前川 : スイスにある欧州合同電子核研究機構( CERN )の極低温冷凍システムのためにヘリウム圧縮機を納入しました。世界最大量( 2.4キロワット )の冷凍システムで、温度を摂氏マイナス273.15度まで下げます。核研究所には必要なシステムです。

もう1つはパンです。ヨーロッパの人はパンの香りを大切にしますね。一方、大量生産するスーパーでは、パンを一度冷凍して保存します。パンが販売されるときには解凍されているわけですが、表面がひび割れてしまい、消費者には新鮮ではないと思われてしまいます。パンにひび割れができない冷凍機をスイスの大手スーパーに納入しました。スーパーのパン工場で実際に違いを見せて、納得してもらいました。

また、食品加工ロボットもあります。豚の脱骨ロボットです。豚の大きさをそれぞれ測って作業ができるロボットです。そのほかわが社のヒートポンプもチューリヒ市の配電所で使われています。

いずれの製品も、日本で9割方完成したものをこちらに持ってきて、それぞれこちらの顧客のニーズに合わせて完成させます。

swissinfo : 前川さんは日本企業に向けて、スイスに進出するようにとアピールしていますが、スイスで成功する秘訣は何でしょうか。

前川 : スイスの利点を十分利用することです。スイスは永世中立国。スイス人は言葉ができて、イギリス、ドイツ、フランスなどの企業の事情を知っているし、人脈もある。嘘をつかない、勤勉という性格は日本人に似ていて、信頼されています。こういう人たちをコンサルタントとして使うことでしょう。ここでは知られていないもの、「ないもの」を売るのです。相手に驚きを与え、納得してもらうためには、どこからも信用されているスイス人を利用することが大切です。

swissinfo : 保守的といわれるヨーロッパ人やスイス人に、新しいものを売るのは苦労が多いのではありませんか。

前川 : ヨーロッパは今、新しいものを要求しています。ヨーロッパは経済的に飽和状態で、新しいものでなければだめなのです。日本の10年、20年前と同じ状況にあり、イノベーション ( 革新 ) が合言葉となっています。特にヨーロッパに進出するような日本企業は、高いレベルの製品を提供しないとだめです。

10人の従業員が働くオフィスでは、昼食をみんなで作って食べているという。カレーや冷やし中華といった日本の家庭料理だ。販売部長の塩津哲太郎さんによると、和食でないと力が出ないからなそうで、食事面だけがスイスの欠点らしい。しかし、克服できない問題ではないそうだ。

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 聞き手

�椛O川製作所
本社東京
創業 1924年 創始者 前川喜作氏 ( 正雄氏の父親 )
資本金 10億円
売上高 2006年 1088億円 ( グループ )
従業員 国内 2000人
海外 750人
冷凍機とコンプレッサーでは世界一。
マイコム・インターテックとの資本関係はない。

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