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デメロ氏 さようなら

告別式後、デメロ氏のボディーガードが棺を運び出した。

(Keystone)

バグダッドの国連事務所爆破テロで死亡したセルジオ・ビエラ・デメロ国連事務総長特別代表(イラク担当/国連人権高等弁務官兼任)の告別式がキャリアの大半を過ごしたスイス、ジュネーブで28日、行われた。

家族や友人との教会の告別式がサン・ポール教会で午後2時から行われた後、ジュネーブの「パンテオン」と言われる著名人用の「王様墓地」に埋葬された。

告別式

 ブラジル出身のデメロ氏の遺体は国葬が行われたブラジルのリオデジャネイロ市から同氏の家族の住むジュネーブへ移送された。親族や友人に囲まれた教会での告別式のほか、28日夜には国連人権高等弁務官(OHCHR)と国連難民高等弁務官(UNHCR)合同で追悼式が行われ、世界各国からの出席者を迎える予定だ。ブラジルでは親しかったアナン事務総長が哀悼の辞を述べた。

 また、デメロ氏を含め、テロで命を失った国連職員の死を悼んで26日、国連職員ら約2500人が欧州国連本部でサイレント・マーチを行った。29日には、被害者を哀悼する式典がジュネーブ欧州国連本部で行われる。 

バグダッド国連テロ
 
 自爆テロは19日、バグダッド中心部、国連の駐イラク事務所になっていた「カナルホテル」が狙的になり、デメロ氏も含め24名が死亡、100人以上の負傷者を出した。各紙報道ではデメロ氏は爆発時に3階執務室にいて崩れた瓦礫の下敷きになったという。当初、意識はあったが足を鉄材に挟まれて動けず、外部の職員らが携帯電話で励ましながら救出を試みたが、「水、水を」という言葉を最後に息絶えた。

デメロ氏の経歴

 「セルジオ」と人々から親しまれて呼ばれていたデメロ氏は48年リオデジャネイロ生まれのブラジル人。パリ、ソルボンヌ大学で哲学を専攻した後、ジュネーブに本部を置く、国連難民高等弁務官に入所。その後、国連コソボ暫定行政支援団(UNMIK)の臨時特別代表や国連東チモール暫定行政機構(UNTAET)の事務総長特別代表を勤め、2002年9月に国連人権高等弁務官に就任した。外交術に長けていると賛美されていたデメロ氏は次期国連事務総長に選ばれるとみられていた。弁務官は今年、4月にジュネーブを訪れた拉致被害者家族と会見し、その際同氏は「もし、私の息子がそのような目にあったらどうするのだろう」と絶句して、家族会の人達を感動させた。
 今年5月からアナン事務総長の依頼でイラク問題担当事務総長特別代表を兼任したが任務は後1週間で終る予定だった。

 「王様墓地」は12世紀にペスト患者を埋葬するために作られたが、地元の名士か外国の著名人しか入れない。外国人では宗教改革で有名な仏神学者カルバンや英国作家ジェームス・ジョイス、ドイツの詩人リルケやアルゼンチン作家ボルヘスなどのお墓がある。


スイス国際放送、屋山明乃(ややまあけの)


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