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ナノテクってナンナノ?(1) 連邦研究機関CEOにインタビュー

ミスターEMPAがナノテク最新トピックを語る swissinfo.ch

ナノテクとは一体何だろう。21世紀の科学のみならず、今後私たちの日常生活に大きく関わってくる技術らしい。スイスインフォはこれからシリーズでナノテクの現状についてお伝えする。

シリーズ第一回目では、ナノテクの最先端、連邦素材研究機関(EMPA)のCEO(最高責任者)に話を聞いた。人類が手にしたこの新しい技術は、果実にも毒にもなるという。

 ディエティコン(Dietikon)にあるEMPAは、スイスが世界に誇る科学研究機関だ。今年、125周年を迎える。科学者を中心とした800人の職員を率いるルイス・シュラバッハ氏は、世界的研究機関のCEOとあってさすがに忙しい。空いている時間は帰宅途中の駅で30分。現れたのは、気さくなジェントルマンで笑顔を絶やさずに丁寧に質問に答えてくれた。インタビューが終わった時、時間は一時間を過ぎていた。

swissinfo : ナノテクは医学から洋服まで幅広い分野に及んでいます。個人的には、ナノテクの中で何が一番大切だと思われますか。

シュラバッハ : エネルギーを生み出せる、ということでしょうか。蒸気や化学物質で電力を作り出します。すでにナノテクを使って、リチウム電池も以前よりずっと容量が多くなっているのです。これ以外にも、例えば、車はガソリンで走りますが、このガソリンが生み出すエネルギー100%のうち、実際に使われているのは現在、たった20%だけなのです。80%は無駄になっているのです。この無駄になっている部分のうち、さらに20%をエネルギーに変える技術を進めています。

swissinfo : ナノテクはクリーン・エネルギーにつながるのですね。現在、中国の経済成長が顕著になっていますが、10億人が車に乗り出したら地球は大変なことになりそうです。その意味でも環境に優しい自動車の開発は急務かもしれません。このプロジェクトはすぐ実現しそうですか。

シュラバッハ : いえいえ、これはあと10年以上はかかりそうです。けれどもナノテクは、ハイブリッド車の開発の過程で、すでに低燃費やコスト削減、システムの小型化などに貢献しています。また、今まで乾電池はプラチナなど高価な金属を使っていたのですが、これに代わる化学物質を作り出し、より安くて丈夫な材質で乾電池を作ることにも成功しています。

swissinfo : それにしても、ナノテクは原子を操作して、全く違う化学物質を作ってしまうわけですが、地球上にないものを人工的に作り上げてしまう、というのはちょっと怖い気もします。害はないのですか。

シュラバッハ : 自然は同じことをやっているのですよ。お母さんのお腹の中で、胎児がやっていることと同じです。また、植物が種から芽を出して伸びていく、これも原子が集まって無から違うものを生み出しているわけです。ナノテクには二種類あります。一つは「トップダウン・アプローチ」と呼ばれる方法で、光ビームで物質を小さく小さく切っていきます。分子レベル、原子レベルにまで刻んでいく過程で、これはちょっと害になるかもしれません。もう一つの方法は「生物学アプローチ」と呼ばれる方法でこれは個々の原子が自然に結びつくのです。お湯を沸かす時に蒸気が出る、これと同じことです。

swissinfo : 「生物学アプローチ」で作られるナノテク物質は、人体に入っても大丈夫なんですね。これから手術をせずに注射でナノ・レベルの機械を体に注入し、患部を直しにいくという構想もありますから。

シュラバッハ : それはもう20年も前から使われている方法ですよ。リウマチに苦しむお年寄りにナノテクで作られた金を注射して痛いところを治療するのです。

swissinfo : ナノテクという言葉もなかった20年も前から実際に医療現場で活躍していたとは驚きです。ナノテクという名前が使われていないだけで実際はあったのですね。以前からあったものを、技術が発達して「これがナノ粒子だ」と自覚しながら作って行く、というのが最近始まった、ということなのでしょうか。

シュラバッハ : そうですね。私は日本のトヨタのコンサルタントもしていて、最近、日本に行ってきたばかりなのですが、トヨタは車の仕上げの塗装にナノテクを使って、傷がつきにくく、洗車も簡単な素材を塗っています。普通の塗装より4倍くらい高くなりますが。

swissinfo :  しかし、「トップダウン・アプローチ」では人体に害になる可能性もあるということですね。車にナノテクの塗装を吹き付ける際に、人体に影響はないのでしょうか。アメリカは2004年、ナノテク予算の1割にあたる84億ドル(約1000億円)を、安全性に使いました。スイスのナノテクに対する安全対策はどのようになっていますか。

シュラバッハ : 現在、ナノテクの安全性について様々な実験が行われています。ナノ粒子や、管状の形をしているナノチューブに実際にさらされて働く人々は必ずマスクをするなどの規制が設けられています。

swissinfo : 例えば、ナノチューブを吸い込んだらどうなりますか。

シュラバッハ : 非常に害になります。アスベスト(石綿)は良い例です。種類や配列によってナノテクは危険な物質になることもあります。どの物質とどの物質を一緒にして良いか、またはいけないのか、まだ明確になっていません。特に60 と呼ばれているサッカーボール状のナノ粒子や、ナノチューブについては、知られていないことが数多くあり、更なる研究が必要です。

swissinfo : 例えば、現在市場に出回っている物質については完全に安全だといえるのですか。

シュラバッハ : ・・・・いえ、完全に安全だとは言い切れません。けれども石油にしても、自動車にしても、技術革新によって新しいものが出てきた時に、リスクは付き物です。自動車で事故が起こるからといって世界中から自動車をなくてしまうということはありえない事と同じです。この新しく、便利なものと人類はどう付き合って行くか、それが重要です。

 

 ナノテクはすでに「未来のテクノロジー」ではなく、実際に私たちの生活に入り込んでいる。クリーン・エネルギーにつながったり、汚れにくく強度のある素材ができたり、医療現場で活躍したりと、社会に役に立つ効用は数知れない。
 
 しかし、車の運転に交通ルールが必要なように、ナノテクについても政府の規制や社会のしっかりした監視の目が必要ではないだろうか。防音や耐熱性に優れ、夢の建材と当初は言われていたアスベストも最近になって人体や環境に対する被害が大問題になっている。アスベストは髪の毛の5000分の1という細かい天然の鉱物だが、身体の中に入ると臓器に刺さって中皮腫という癌を引き起こす。発症は30年から40年経った後だ。

 ナノテク物質の中には、アスベストの10分の1の極小のものもある。このような物質の安全な取り扱いについて、社会はまだ追いついていない。

swissinfo、聞き手 遊佐弘美(ゆさひろみ)

ナノは10億分の1メートル。
スイスは1986年にナノ単位の物質を見ることができる走査トンネル顕微鏡を開発してノーベル物理学賞を受賞している。

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