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国境をこえて、いいとこ取り!~バーゼルでの暮らし

その付近には「三国国境橋」という名の鉄橋が架かる swissinfo.ch

スイスといえば、アルプス山脈。けれどここはバーゼル、アルプスから離れた、低地に広がる町である。山も海も、湖もない。あるのは丘とライン川。とはいえバーゼルには、他の都市にない事情がある。ドイツ・フランスとの国境が交わる地点は、市の中心からわずか1.2キロの距離。日帰りどころか1時間以内で、3カ国をまわれるのだ!・・・・・・なんて聞いた人は目を輝かせ身を乗り出してくるが、国境を超えたところに、観光スポットはほとんど見当たらない(フライブルクはここから約50キロ、コルマールは約60キロ)。

 私たちが越境するのは、なんといっても買い物が目的である。スイスの物価の高いことと言ったら、友人曰く「この国は呼吸するのさえ高くつく」!節約したかったらドイツに行くのが、ここでは常識だ。ドイツのスーパーの広告が郵便受けに入ってくるところさえある。

 電車に乗れば瞬時にドイツだが、ショッピングエリアは通過してしまう。ここは身近な路面電車に乗る。バーゼルの中央駅から30分足らず。下車して歩けば、国境が見えてくる。

 バーゼル市民が愛用する越境ショッピングエリアは数ヵ所あるが、いずれも立派な税関が待ち構えている。精肉等の購入量が制限内かどうか、車を止めてチェックが入る。

 それが徒歩なら、たいていは素通りできる。シェンゲン協定により、EU加盟国とスイスの間をパスポートの提示なしで自由に往来できるため。ただしあやしまれた場合、時にパスポートの掲示を求められる。知人のモロッコ系フランス人は、呼び止められずに通過できたためしがないという。

ドイツへ入る国境の税関 swissinfo.ch

 ユーロが要るので財布は忘れないが、パスポートは今も時々忘れる。海外旅行に必要だったパスポートが、この手軽な越境とどうにも結びつかないのだ。スイス人やEU出身者なら財布からIDカードを出して見せるが、私たちはそうもいかない。無事に入国できると毎回ホッとする。越境ショッピングは合法だから堂々としていていいのだが、はるばるスイスからやって来て(すぐ近くだけど)入国できないとなると口惜しいので。

 さて税関を通過したら、ほどなく大型スーパーが見えてくる。店頭には、スイスのみなさんいらっしゃいとばかりに「Grüezi!(スイスドイツ語でこんにちは)」とある。時にはフランス語の「Bonjour」も。そう、フランス人だってドイツの物価に引き寄せられるのだ。

国境付近では、店頭に国旗をはためかせている店も swissinfo.ch

 実は、こうした国境付近にある店は、価格を他の地方よりかなり高めに設定していると判った。しょうがない、これでも私たちにとっては夢の値段なのだから。物によっては、スイスの実に3分の1以下の値段。品質がたとえ悪かろうが、財布のヒモは緩みっぱなしだ。

 さらに、ドイツで買い物をすると免税となり、次回の来店時にキャッシュバックされる(税率はものによって異なる)。週末ごとにドイツで1週間分の食料を買い込み、スイスでは何も買わないというバーゼル市民は少なくない。

土曜日。ドイツ出国前、免税手続きに並ぶバーゼル市民たちの長い列 swissinfo.ch

 ただし、これは車で行く場合。我が家はショッピングエリアから離れているため、交通手段をあれこれ乗り継いで、片道1時間かけることになる。いくら安いとはいえ、食料の買い出しで往復2時間は少々億劫だ。よって週末の買い出しは、いつしか買い物好きな夫の役目となってしまった。

 そんな私が、何があろうとドイツへ赴くのは、郵便局を利用する時である。小包やクリスマスカードを、わざわざ国境の向こうまで出しに行く。外国宛て小包など、料金はスイスの5分の1以下。送り状の差出人住所に「Deutschland(ドイツ)」と印刷してあるのを、横線で消して「Schweiz(スイス)」に書き換えても、おとがめなし。

 家具も、また然り。スイスで買うと高いので、せめて配送料を浮かそうと、必死になって自力で持ち帰る。ドイツなら配送・組立まで頼み、関税を払ってもまだお釣りが来る。

 ほかにも歯科医、レストラン、薬局、室内プレイランドなど、バーゼル市民が愛用するドイツのビジネスは多岐にわたる。ネットで購入したものさえ、ドイツで受け取れば安くなるということで、受け取り代行サービスまで現れた。

 利用できるのは商店だけではない。幼稚園入園の年齢がスイスより早いという理由で、子どもをドイツで入園させる親も(これはフランスも同様。友人は娘をフランスに越境入園させ、その子は家庭内でただ一人、フランス語を話すようになった!)。

フランスとの国境にある税関 swissinfo.ch

 その、もう一つの隣国フランスは、世界に名だたる美食の国。私はパンやケーキが目当てで行く。製菓食材も充実している。例えばアーモンドプードルだが、スイスで売っているものは非常に粒が荒い。フランス製ならきめ細かいので、ケーキに入れるとしっとりとなじむのだ。

 魚介類も豊富にある。鯖やエイなど、スイスでは売っていない(または高くて手が出ない)魚をせっせと買ってきては、冷凍保存している。

美しい~フランスのケーキ swissinfo.ch

 また朝市では、新鮮な野菜が手に入る。そこで売っているシイタケは、日本のものより柔らかくておいしいくらいだ。

フランス産の、おいしいシイタケ swissinfo.ch

 これとは逆に、国境を越えてバーゼルにやって来る人も。低い失業率を誇るスイスで就職し、ドイツかフランスで安い家を買って、毎朝越境してくる通勤者だ。独仏ともに国鉄はバーゼル市内まで乗り入れている(ちなみに空路となると、バーゼル・ミュルーズ・フライブルク共通の空港、通称「ユーロ・エアポート」がフランス国内にある)。

バーゼル主要駅の構内にある、フランス国鉄のBâle(バーゼル)駅 swissinfo.ch

 春のバーゼルフェアや、冬のカーニバルには、国境どころか海を越えて世界中から観光客がやって来るが、バーゼル動物園では1年を通して独仏からの来園者に多く出会う。

 極めつけは、近所に泥棒が入ると、必ず誰かが「ここは安全だったのに、今じゃ国境をこえて泥棒がやって来る」と言う(だから国境ではパスポートチェックが必要なのだ!)。 

 ドイツ人とスイス人の識別材料は、やはり言葉である。バーゼルでは、店を出る時“Adieu”とフランス語で別れの挨拶をするが、ドイツでは気を利かせて標準ドイツ語の“Auf Wiedersehen(さよなら)”と言おうとすると、いきなり“Tschüss(じゃあね~)!”と来る。これがどうも慣れない。

 かと思うとレジ係がやたらてきぱきと動くので、客は緊張を強いられる。「カートはこう置きなさい」と注意されたことも。ドイツでは手早く荷物を取って、さっとその場を離れなければならないのだ。

 それに対し、スイスのレジで急かされたことはただの一度もない。急がなくていいのよ、と何度言われたことか。レシートはご丁寧にたたんで渡してくれたりする。いくら高くても、のんびり買い物できるスイスの方が私はいい。夫にはドイツに行け!と怒られるけれど。

 以前は物珍しさもあって、足繁く買い出しに行っていた。イタリア食材専門店をドイツに見つけた夫は、自転車をこいでせっせと通っていた。彼は普段スイスの物価高にうんざりしているので、国境をこえると購買意欲が炸裂してしまい、とんでもない量を買い込んだりする。

 やがてスイスにもおいしいモッツァレッラがあるとわかり、今はそれほど頻繁には通っていない。何よりバーゼルは一年中、多彩なイベントが開催されている。週末は家族でイベント参加に忙しいのだ。

 スイスのスーパーだって、捨てたもんじゃない。品質は良いし、クーポンやポイントを利用すれば多少は安くなる。近所の人とのコミュニケーションの場ともなり得る(国境の向こうのスーパーでも毎回誰かしらに会うのだが。バーゼルの世間は狭いのである)。

 とにかく、バーゼルでの生活には選択肢が実に多く、国境をこえて「いいとこ取り」ができる。

 この特殊な地理的要因ゆえに、バーゼル市民は非常にオープンだ。私たち移民も、居心地よく過ごさせてもらっている。

 実をいうと、本当の私のお気に入りは、税関のない静かな国境なのだけれど。これについては、またいつか書きたい。

平川郁世

神奈川県出身。イタリアのペルージャ外国人大学にて、語学と文化を学ぶ。結婚後はスコットランド滞在を経て、2006年末スイスに移住。バーゼル郊外でウォーキングに励み、風光明媚な風景を愛でつつ、この地に住む幸運を噛みしめている。一人娘に翻弄されながらも、日本語で文章を書くことはやめられず、フリーライターとして記事を執筆。2012年、ブログの一部を文芸社より「春香だより―父イタリア人、母日本人、イギリスで生まれ、スイスに育つ娘の【親バカ】育児記録」として出版。

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