ベルジエの歴史教科書に非難の声
スイスは第2次世界大戦中、ナチス・ドイツに協力的で、実は中立を保ってはいなかった。政府の依頼で調査された連邦工科大学のベルジエ教授のレポートは、現在のスイスの公式な立場を代表する。
このほど出版された高校生向けの歴史教科書『見つめて考えよう ( Hinschauen und Nachfragen ) 』は、ベルジエ・レポート以上にスイスを否定的に捉えた内容だと非難の声が上がった。これが、スイスの歴史教科書問題である。
チューリヒ州教育委員会のレジネ・エッピ氏は「このほど出版された高校生用の歴史教科書はベルジエ・レポートの要約でもなければ、公式な歴史解釈でもない。歴史解釈は多種多様で、時代の流れにともないその解釈は変化する」と語る。一方、国民党など保守右派は、教科書として認めないよう州議会への提案も辞さない模様だ。レポートは政府が連邦工科大学の歴史教授ジャン・フランソワ・ベルジエに依頼して製作されたもので、教授の名前をとってベルジエ・レポートと呼ばれる。
チューリヒ州には合っている進歩的内容
問題になっている教科書の執筆者の1人、ペーター・ガウチ氏はその内容について「過去を織り成す根本的な内容と生徒が歴史を学ぶために必要な基本知識を記述している」と説明する。
「この教科書がチューリヒ州の各学校に紹介されてすぐ、1200冊も売れたのには驚いている」と語るのは出版社のペーター・フェラー氏。フェラー氏は、「チューリヒ州では進歩的な教育がなされているため、反響も大きかったのだろう。いまは議論が白熱しているが、時間と共に関係者が冷静になれば、他の州の学校もこの教科書を手に取ってみようと思うはずだ」と見る。
保守右派の厳しい非難
教科書の出版に伴い、保守右派からはベルジエ・レポートを拡大解釈していると厳しい非難が湧き上がった。国民党のルツィ・シュタム下院議員は「ベルジエ・レポートより悪い。根底に自虐的な感情が流れ、記述されている歴史像は誤っている」と手厳しい。国民党はこの教科書は左翼の歴史観をまとめたものであり、たとえ補助教材としてでも授業では使わないよう、チューリヒ州議会で提案するという。
出版社のフェラー氏は「出版社を爆破するという脅迫まで受けた。37年間教科書の出版に携わってきたが、今回のような厳しい批判を受けるのは初めてだ。執筆にはバランスを考えた表現をすることに苦心した」という。
厳しい批判は予想されていた
歴史専門家のハンス・ウリッヒ・ヨスト氏によれば、このテーマでの厳しい批判は予想されていたことだという。「第2次世界大戦とスイスの歴史については、感情を激しく揺さぶる問題だ。特に極右や右派グループは、爆弾を仕掛けるといった極端な反応をする」と捉えている。
スイスでの教科書問題はこれが初めてではない。1983年に出版された『スイスの歴史とスイス人 ( Geschichte der Schweiz und Schweizer ) 』も激しい議論を巻き起こした。「『戦い』が再燃したようなもの。今回は力をつけた国民党が世論をかきたてている」と言う。
フランス語圏、イタリア語圏の事情
フランス語圏の学校で使われていた教科書は「( 保守である ) 急進民主党の影響を大きく受けた内容で、第2次世界大戦の歴史については教師にも生徒にもあまり評判は良くなかった」と語る。今はヨスト氏が著した教科書が一般的に使われているが、フランス語圏でも、ベルジエ・リポートの内容を取り入れる検討が進められているという。
イタリア語圏では、スイスの歴史を欧州の歴史として学ぶことから、決まったスイスの歴史教科書というものがない。ただ、第2次世界大戦を学ぶために、3月21日にはホロコーストの犠牲者をしのぶ授業をするようにと州の教育委員会が指令を出している。
swissinfo、ジャン・ミシェル・ベルトゥ、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 意訳
2001年、連邦議会でベルジエ・レポートを教科書に取り入れることが提案された。
一方、教育は連邦の管轄ではないため、州でその主旨に従うことが連邦政府から奨励された。
2003年、チューリヒ州教育委員会は、新しい教科書の製作に取り掛かり、このほど新しい歴史教科書『見つめて考えよう』が発表された。同書は副教材で、授業での扱いは自由。
『見つめて考えよう』の第二次世界大戦に関する記述
大戦中のスイスに住んだ人々。大戦中のスイス。1933〜45年までのスイスとドイツの関係。過去の清算
そのほか、南アフリカ問題、ユーゴスラビア問題についても言及
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