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天空観測の跡が息づくメンヒル遺跡

メンヒルとその側に建つ教会は、キリスト教とそれが異教とみなした「太陽信仰」の出会いを象徴している

(swissinfo.ch)

巨石群メンヒルが様々な線を描いて並ぶ場所がスイスにある。スイス青銅器時代遺跡の中で、最も重要な場所の一つだという。

秋の連邦議会が開催されたフリムス市のすぐ側、グラウビュンデン州ファレラ ( Falera ) 村のムオタ公園がこの遺跡の地。有史以前から天空を見上げ、研究した跡が今も息づいている。

 ファレラ村のすぐ下に、木々に囲まれた牧草地のムオタの丘がある。そこにメンヒルが点在している。既に無くなった石もあり、すぐには巨石が意味のある線を描いて並んでいるのが分からない。けれど歩いているうちに、いろいろな線が浮かび上がってくる。3500年前の青銅器時代、ヨーロッパの他の地域と同様、ここでも太陽崇拝の儀式が行われていたのである。

太陽の神殿

 ある石のグループは地平線にまで伸びる線をなし、夏至と冬至時の、日の出と日の入りの位置を示している。地軸の動きのせいで、この線は今の夏至、冬至の線と一致してはいないが。

 この線は、宗教儀礼用の他に、グラウビュンデン州の「原始農民」に実用面でも、大いに役立っていた。この線と太陽の位置を見ながら季節を確認し、種まきの時期、収穫の時期、家畜に飼料を与える時期などを決めていたのである。

 他にもいろいろな石のグループが、いろいろな線を表わしている。はっきりと東西南北をさす四角形のもの、正三角形を形作るもの、耳まで裂ける様な「にっ」とした笑い顔を表現するもの。この笑う人物は、太古の村の有力者ででもあったのか?恐らく、そうにちがいない。なぜなら、この巨石の「太陽の神殿」は、村からそう遠くなかったからである

木々に埋もれた村

 今は木々の下に埋もれてよく見えないが14世紀の間に渡って存続した、住民150~200人の村の跡が丘の頂にある。また、誰が、なぜそうしたのか分からないが、3度に渡って破壊された形跡がある。

 村の簡素な家々を高さ2mの石の壁がぐるりと取り囲んだ跡も残る。野生の動物や、冷たい北東の風から村を守っていたのであろうか。

 ここで、考古学者たちは、焼き物、宝石などを見つけ出した。中には、刃渡りが82cm、柄が16cmの刀状の物もある。儀礼用に使われたのか、村の有力者の持ち物だったのか。

31世紀後も続く天空観測

 だが、何といっても考古学者たちを一番驚かせたのは、石に刻まれた、月が太陽を覆い隠すような図であろう。これは、紀元前1089年12月25日に起こった、殆ど完全な日食 ( 97% ) をムオタの人々が予見していた証拠だと考古学者たちはみる。

 こうしたムオタの伝統を受け継ぎ、31世紀経った今も、遮るもののないこの美しい天空を見上げる人たちがいる。ファレラ村は数週間後、アマチュアのスイス天文学会会議の人々を迎え入れる。また来年には天文台もできるという。太古からの「伝統」は今も途切れることなく、綿々と続く。

swissinfo、マルク・アンドレ・ミゼレ 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 意訳

補足情報

- フリムスとラアクスに近いファレラ村は、「アルペナレラ」というスキーで有名な観光地域に属し、グラウビュンデン州の州都クールからおよそ30キロメートル。

- ファレラ村は、標高1220メートル、住民550人。ほとんどがロマンシュ語を話す。

- しかし、住民の半数近くの苗字は、このラテン語が基になっているロマンシュ語ではない。ムオタの遺跡発掘とその研究で知られるイグナズ・カトメン氏によれば、これらの人々の祖先は、ケルト人ないしはエトルリア人で、2500年前、グラウビュンデン州に住みついた。その5世紀後、ローマ人の支配下に入った。

- ファレラ村のムオタの巨石群と村の遺跡はこの部族の移住より、もっと古い。炭素検査によるとおよそ3500年前だという。

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