米国が国連に残した「穴」 埋める中国

Daniel Warner、政治学者、ジュネーブ国際開発高等研究所の元副学長

米国が多国間体制における主導権をゆるやかに放棄する中、その政治的な「空洞」を中国が埋めつつある。ジュネーブ国際開発高等研究所の元副学長で、米国・スイス国籍を持つダニエル・ワーナー氏が、この「重大な変化」を語る。

自然界では「空洞」は長く存在しない。生物学でも体のバランスを一定に保とうとする恒常性(ホメオスタシス)が働く。空間では均衡がとれるまで密度の低い方に要素が流れ込む。政治の世界でも同じことが言えるのかもしれない。

米国は国連創設の陰の原動力だった。国連は第2次世界大戦中に発足し、拒否権を持つ常任理事国5カ国から成る安全保障理事会ができる中、多国間体制の主導権を持っていたのは米国だった。

トランプ大統領の掲げる「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」は、国連と多国間体制に対する正面からの攻撃だった。国連への資金拠出の停止(これは日常業務の劇的カットにつながった)を始め、国連人権理事会からの離脱、ニューヨーク、ジュネーブ両本部の代表に協調性リーダーシップに反する人物を任命するなど、米国は「ビナイン・ネグレクト(慇懃なる無視)」の域を通り越している。トランプ大統領とその支持者たちは、米国のパワーを不当に制限する国際法(またはあらゆる法律)と同様、国連を自国の主権を侮辱する存在とみなしている。

「我々の何の得になる?」

2017年にトランプ氏が大統領に就任して以来、国連体制は不安定な状態に置かれている。米国はリーダーとしての役割を果たさなくなっただけではなく、ニューヨークでは、ニッキー・ヘイリー前国連大使とその後任のケリー・クラフト氏が、「それが米国にとって何の得になるのか?」と言いながら、何度も協調に基づくリーダーシップ発揮を拒んできた。

米国のカーネギー、フォード、ロックフェラー3財団の寄与で誕生した「国際都市ジュネーブ」にある欧州本部には、2年半もの間、米国国連大使が不在だった。国連広場にある誰も座らない「壊れた椅子(Broken Chair)」は、トランプ大統領が明らかに、国際都市ジュネーブや人権・人道法における国連の重要な役割を軽視していることを象徴するかのようだ。軍縮会議は膠着状態にあり、世界貿易機関(WTO)は機能停止した上級委員会を救済する特別協定の二国間交渉では脇役に甘んじている。

さらには昨年10月、ようやく任命されたジュネーブの米国国連大使がアンドリュー・ブレンバーグ氏だったことも、米国によるリーダーシップの未来にとって吉兆ではない。41歳の同氏は国内政治のキャリアがあり、ミッチ・マコネル共和党上院議員とともにホワイトハウスで内政問題に携わった。ケネディ政権下で国連大使を務めたアドレー・スティーブンソンとは全く異なる。元イリノイ州知事を務め、2度の大統領候補指名も受けたスティーブンソン氏は、1940年代には国連創立を支援している。米国の国連大使として冷戦期には国際的緊張の緩和に尽力した。

中国の決意

国連ほど大規模なシステムは指導者なくして機能するのか?多国間主義は主要国によるトップダウン型リーダーシップなしに存在できるのか?恒常性の話に戻ってみよう。米国が国連システムから身を引いてできた「穴」はそのまま空洞であり続けるのか?それとも他の大国がその穴を埋め始めるのか?

その穴を埋めようとする中国最高権威の決意は、2017年の習近平国家主席のスイス訪問に表れた。北京や上海の専門機関では数千人の中国の役人がWTOを詳細に理解するため準備を進めていることも、中国の固い決意を良く表している。

そこには、国際舞台でさらに重要な指導的立場に立ちたいという中国のビジョンが見える。17年に習氏が多国間リーダーシップへの関心を表明して以来、その結果は次々に現れている。中国は、新型コロナウイルス感染拡大で緊急事態宣言をためらうWHOの決定に大きな影響を与え、国際航空運送協会(IATA)のトップにリウ・ファン氏を送り、国連専門機関・国際電気通信連合(ITU)にはジャオ・ホウリン事務局長、国連食糧農業機関(FAO)にはゴンギュ・クー氏を就任させている。

私の同僚で、ジュネーブの日刊紙ル・タンのジャーナリストでもあるステファン・ブサール氏が、中国と米国間の競争で国連が麻痺するリスクはあるかと尋ねてきた。この問いは「中国は多国間体制を掌握しようと望んでいるのか?」と言い換えられるのではないか。国連体制の中で増大する中国の多国間主義への影響力は、巨大経済圏構想「一帯一路」で整備される実際のインフラを戦略的に補完するものなのか?

中国が突然多国間協調主義に関心を持つようになった真の目的は、中国を除き誰にも分からない。そして、国内で新型コロナウイルスの感染が拡大し大きな打撃を受けている中国をバッシングするのも不適切ではないだろう。欧米メディアはすでに十分そうしてきた。だが、米国が多国間協調主義に残した「穴」を中国が埋めつつあることだけは疑いの余地がない。そこに中国の台頭を見出すにしろ、米国の衰退を見るにしろ、私たちが今、重大な変化を目の当たりにしていることは確かだ。

その変化がトランプ大統領の米国第一主義か、皇帝支配の再構築を意図する中国によって引き起こされたものかは大した問題ではない。「穴」は埋められつつある。自然界で空洞は長く続かないものだ。それは政治システムにおいても同じことだ。

この記事の内容は筆者個人の意見であり、必ずしもswissinfo.chの意見と一致するものではありません。

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