「アルプスへ」牛を連れて大移動
5月中旬から6月中旬にかけて、スイスの牛達は冬場を過ごした谷間の村落をあとにして、アルプスの山の上の放牧地へ移動する。移動中の群れにぶつかったドライバーは、行列の通過をひたすら待つ。群れを率いる酪農家は、夏場の約4ヵ月間アルプス山中でチーズ作りに追われる。
センネンヒュッテと呼ばれる酪農家(=sennen)のアルプスの夏の小屋には、今は電気、水道がひかれトイレ、シャワーもある。牛小屋にも搾乳器その他、最新のチーズ製造器が整っている。が、1日13時間/週7日の重労働は、先人達と変わらない。それでも、酪農家達はアルプスで過ごす夏を1年で最高の時と言う。
エメンタールの酪農家ベルンハルト・ファンクハウザーさんの家では、150年前の曾おじいさんの代から、毎年夏になると数十頭の牛を連れて30km離れたロミスグメンの頂上近くの牧草地まで歩いて移動する。「山の上での解放感がたまらない。昔は山ではテレビがなかったから、毎晩子供達や見習いの若い衆達と一緒にトランプをしたり、歌ったり踊ったりして楽しんだものだ。」と思いでを語る。ファンクハウザーさん一家はひと夏で、約90、000リットルの牛乳から1個16キロのチーズを500ほど生産する他、バター、クリーム、カード(ぎ乳、チーズの原料)を作る。曾おじいさんの時代には、チーズ作りのための牛乳の加熱は直火にかけた。ベルンハルトさんの若い頃は、火はかまどに密閉され、熱を遠ざけるため牛乳を入れた薬缶を上から吊るした。それが今日ではスチームによる加熱システムを利用と設備は変わったが、製造メソッドは変わらない。朝、まず牛乳600リットルを巨大な鍋で加熱し、バクテリアとレンネット(調整した子牛の第4胃の内膜。これで牛乳中のガゼインを凝固させる)を加えかき混ぜると、カードができる。様子を見ながら鍋からカードを取り出して薄い綿布につつみ、型にはめてプレスする。これを毎日、時には1日2回繰返す。
クリストフ・グロスジャンさんは友人二人と一緒にSennとしてヴァリス州の村の農協に雇われ、4ヵ月間アルプスで過ごした。「毎朝4時に起きて、3人のうち2人が放牧されている40頭の牛を集める。9月になると4時はまだ暗く、いつも2、3頭が見つからなくて大変だった。7時までに乳搾りを終え、それから正午までチーズを作る。午後にはまた牛を集めて乳搾りだが、夜8時になっても終らないこともあった。牛1頭、チーズ1日分失っても大変な経済的打撃になる。仕事もつらく、いつもへとへとに疲れていた。でも、あれ以上すばらしい時を過ごしたことはないと言える。」と語る。
コンピューターグラフィック・デザイナーのジョルジオ・ヘスリさんは、夏は13回グラウビュンデン州の山でSennとして過ごしたことがある。今、ヘスリさんは、夏の間酪農家の助けを必要とする農家と酪農家の連絡のためのウェブサイトを運営している。ヘスリさん夫妻は、アルプスでの夏の仕事を「自分自身が草、牛、乳、チーズと繰返されるサイクルの一部になることが、たまらない魅力」と言う。そして、何よりも筆舌に尽し難いアルプスの自然美と共にあることは、何ものにも変えられないと語った。
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