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大学入学資格論文に「ルーズベルト、オバマ両大統領比較」

「ルーズベルト大統領の生の演説をインターネットで何度も聞いた」とマティア君。現在はアフガニスタンからの米兵撤退について、友人と立ち上げたインターネットの自主ニュースメディアに執筆する  swissinfo.ch

先週6月25日、スイスの多くの高校で卒業式があった。ジュネーブのカルヴァン高校では校長が「善い人になってほしい。あなたたちは必要とされている」と祝辞を贈った。

この日、生徒たちには大学入学資格の「マトゥーラ/マチュリテ(Matura/Maturité)」が授与された。この資格取得には3週間に及ぶ試験と40~60ページの論文提出が義務付けられる。

 テーマ選びから完成まで一貫して自主性が要求される、このユニークな大学入学資格論文に焦点を当て、ベルンのキルヘンフェルト(Kirchenfeld)高校でフランクリン・ルーズベルト元米大統領とバラク・オバマ米大統領比較を研究したマティア・バルジガー君(20歳)と、ジュネーブのカルヴァン(Calivan)高校でダンスをテーマにしたナターシャ・サムソンさん(19歳)に聞いた。

インターネットでルーズベルト大統領の生の声

 「13歳のときにジョン・F・ケネディのドキュメンタリー映画を見て、アメリカの政治、経済、歴史に深い興味を持つようになった」とマティア君。その流れで論文はオバマ米大統領についてだと決めていた。

 しかし2008年に始まった経済危機に対するオバマ大統領の政策を調べるうち、1930年代の世界恐慌にも興味を持ち、当時ニューデリー政策を行ったルーズベルト大統領と比較するテーマを考えついた。こうして40ページの「フランクリン・デラノ・ルーズベルトとバラク・オバマ-両大統領の歴史的比較、インパクト、そしてその時代」が2009年12月に完成した。

 思いついてから完成までの6カ月間には普通の授業もある。そのため体力と時間の配分を考慮しながらコツコツと夜や週末に自分のペースで進めなくてはならない。しかし、「高校4年間の勉強の中で一番充実し、全力投球できるものだった。勉強というより、楽しみだった」とマティア君は言う。

 しかも、両親ともスイス人で母語はドイツ語。英語の授業は普通に週2、3時間だけだったというのに、彼の論文は英語で書かれた。「ルーズベルト大統領の生の演説をインターネットで何度も聞いたり、さまざまな英語の論文を読むうち、英語でやろうと思った。たいして難しいことではなかった」とけろっとしている。

テーマと進路の繋がり

 マティア君の友人には、論文に公園のパビリオン設計を選んだり、カトリック教会のためのミサ音楽を作曲し、それを実際教会でコーラス、ピアノ、バイオリンで演奏した生徒もいる。「昔の卒業生でBMWの車を設計して、卒業後見習いで働きにくるようBMWに誘われた生徒もいると聞いた」とマティア君。

 就職にまで繋がるというのは例外だろうが、テーマがそのまま進路に繋がる場合は多い。 実際、前出のパビリオンの設計をした友人はチューリヒ大学建築学科に、もう1人も大学で音楽学を専攻する。「僕も、もちろん経済、政治が強いザンクトガレン州立大学を選んだ。兵役として1年間ラジオ放送局で働き、やっと今年秋から大学進学できる。まず経済と国際政治の両方を1年間やってからどちらか選ぶつもりだ」と、アメリカ政治・経済に興味を持つマティア君も進路に迷いはない。

趣味をテーマに

 一方で、進路とは関係なく、趣味をテーマに選んだ生徒もいる。コンテンポラリーダンスを6歳から習っているジュネーブのナターシャ・サムソンさんは、仲間や自分がダンスするところをビデオで撮影し、論文「他者に向かって」を書いた。

 ナターシャさんが通うダンス教室では、1年前からジュネーブ市内の公共の場、国連前広場や美術館前などで、ダンス仲間と踊る準備をしながら市民に声をかけ、「これから即興で踊るが、あなたは今何を考えているか」といった会話をし、その会話の内容からインスピレーションを得て踊るパフォーマンスを行ってきた。それをビデオに撮影し、そのプロセスを論文にできないかと考えた。

 そしてあるとき、東ベルリン出身の人からベルリンの壁崩壊の話を聞いた。「ぜひベルリンにドイツ語の勉強も兼ねて行きたい。そして壁の前で踊りたい」と思った。昨年の夏休みにベルリン行きを実行。3カ月間の滞在中に訪ねてきた友人が、ベルリンの壁の前で踊る自分の姿を撮影してくれた。

  「この論文プロジェクトのお蔭で、ダンスは劇場だけでなくどこでもできるのだ」と分かった。また、相手の体験談などから得られる豊かなイメージが自分の動きに新しい表現を加えてくれることも。それに、恥ずかしがり屋の自分が、全く知らない人に声をかけ、相手から話を引き出せるようになり驚いている。

 ナターシャさんは、高校の教科では物理と数学が得意。人を助ける仕事に就きたいと思っていたが、医学部には行きたくない。それで連邦工科大学ローザンヌ校(ETHL/EPFL)の医療器械制作科に9月から進学する。ダンスはずっと趣味として続ける予定だ。「ダンスのない人生は考えられない」からだ。

好きなテーマはやる気を刺激

 ナターシャさんもマティア君と同様、「論文はやりたいことをやらせてくれ、義務ではなく楽しかった。それに自分が向上したと思う」とポジティブに評価する。

 実際、10年前からスイス全国で普通高校に導入されたこの大学入学資格取得論文を、マティア君が通ったキルヘンフェルト高校の校長トマス・バルジガー氏は「生徒には1人指導教官が付くが、基本的にテーマ選びから論文を仕上げるまで、全て自分でやる。それがポイントだ」と言う。結局、大学での学習の仕方を準備するのが目的だからだ。

 「我が校では論文を書く過程での自主性や論理性を重視しながら、最後に生徒や家族を含む一般の前で発表することも義務付けている。人前で論理的に研究発表する能力も育てたいからだ」とバルジガー氏は続ける。

 同校では、2年前から論文の点数を大学入学資格試験の点数に加えることにした。結果は極めて良く、「ほとんどの生徒が高得点を収めている。結局、好きなことをやらせることで生徒のやる気を刺激する。この効果は大きい」と結論する。

教育制度においてスイスは州の独立性が極端に強く、全26州がそれぞれ独自の教育指針を持つ。高校も例外ではなく、就学年数さえ州によって3年間と4年間のところがある。

語学を例にとっても、各州が独自の制度を持つ。ドイツ語圏のチューリヒ州では夏に数週間フランス語圏で働きながらフランス語を取得する制度がある。一方、ジュネーブ州ではこうした制度はなく、成績の良い生徒が高校2学年、3学年目に4カ月間の夏休みを取り、外国で語学を勉強できる。また英語とドイツ語のバイリンガル授業を行う高校もある。

教育の独立性は、各市町村や各学校でも非常に強い。同じ市内の学校でも異なるカリキュラムを実施しているところは多い。しかし、せめて州内の緩い統一性を目指すため、大学のあるベルン、チューリヒ、バーゼル州などでは大学の職員もメンバーに含む「州大学入学資格委員会(Matura Kommisionen/Comisssion de Maturité)」があり、高校の教育レベルを監督している。

中学校から普通高校への進学率はおよそ20%。この割合は都市部の方が多い。高校進学の時点ですでに大学への進学者が選別される。

大学入学資格「マトゥーラ/マチュリテ(Matura/Maturité)」を取得すると、スイスのすべての大学の、基本的にすべての学科に入学できる。

また、以上のような各州の独自性に対し、唯一全国共通なのが大学入学資格試験と論文。試験はほぼ全州で6月に3週間かけ行われる。

論文は10年前にスイス政府から全州に導入された。目的は大学での勉強の仕方の準備にある。自分で好きなテーマを選び、4~6カ月かけ40~60ページの論文を仕上げる。ビデオ、写真、映画製作やコンサートなどを企画し、論文を添えることもできる。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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