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スイスに移住したヤマメたち

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ヤマメを養殖するスイス人が現れた。宮崎県から魚卵を輸入し4年目になる今年は、2度目の収穫がある。スイス各地から新鮮なヤマメを求め、チューリヒ州の小さな村にスイス人が集まって来るという。

ヤマメの養殖をしているのは、スイスはもとよりヨーロッパでもここ以外には無いと胸を張るイヴ・クリスティアン・サッハーさん ( 40歳 ) 。自称「魚マニア」の育てるヤマメは、養殖場の近くにある山の名前とドイツ語でサケを意味する合成造語「バハテルラックス ( Bachtellachs ) 」と名づけられ、商標登録済みだ。

魚好きの緻密な計画

 5歳のときクリスマスのプレゼントに釣り道具をもらったというサッハーさんは、それ以来、魚の魅力のとりこになった。
「子どものころから、人間は魚に対して無能で、支配するのは難しいことが魅力に思えました。10代後半で川釣りをするようになってからは、魚の生活環境が素晴らしく清潔であることに気づきました。魚の住処は純粋で、真実を感じます。自然のルーツでもありますし、魚釣りは感動的な趣味です」

 スイスには素晴らしい水の資源があるにもかかわらず、人の口に入る魚の9割以上は輸入物。現状がまったく矛盾しているという意見を持ったサッハーさんは、スイスでも養殖が可能であることを証明したかったと言う。それには、ビジネスとして成り立ち、将来も有望であることが条件だと考え、緻密な計画を立てた。その中で彼のお眼鏡にかなったのが、九州産のヤマメだったという。

 「ヤマメはサケ科の中で最も緯度が低い地域にも生息しています。温暖化に向かう今後、暑さに耐えられる魚であることが条件でした。また、わたしのように小規模で養殖するには限りがありますから、高級魚として販売できることや、設備投資が高くついても採算が合うにはどうしたらいいのかと考えました」
 もともとスイスに生息しないヤマメが自然界に泳ぎだすことは許されない。そのため、日本で行われているような渓流の流れを活かした養殖はできない。ヤマメ養殖のために購入した養殖場の池の水は循環し、フィルターで浄水するようにした。清掃のため池の底はコンクリートにならざるを得ない。スイスの有機漁業の基準には沿うことができないものの、有機の餌を与えることや、1立方メートルにおける魚の量を10キログラムに抑えるなどの工夫もある。

環境の良いスイスに引っ越し

 2004年12月、九州。宮崎県から買ったヤマメの卵がチューリヒ国際空港に到着した。しかし、検疫書類が日本語だったために税関で半日間もとどめ置かれ、1万個の卵のうち75%が死んでしまった。サッハーさんにとっては計算外の事故だった。
 
 こうした難関を潜り抜けた現在、サッハーさんのバハテルラックスは幸せそうに水面をぴちぴちと跳ね上がる。養殖場のあるギブスヴィル-リート ( Gibswil-Ried ) 村付近は以前氷河があり、地層の砂利層のフィルターを通った水は澄んでいる。カルシウムをたっぷり含んだ水は、ヤマメの故郷の水質に近い。ヤマメは2年魚のはずだが、1代目のオス12匹とメス4匹が、今や主のような顔をして堂々と泳いでいる。
「まったくの幸運としか言いようがありません。スイスでは日照時間が長いのでヤマメの生態になんらかの影響を与えたかもしれません」

 養殖場に隣接するショップには、新鮮なヤマメを求めて地元のスイス人が集まる。フィレを燻製にしたものや、11月にはヤマメの卵の加工品も作られる。塩コショウしたフィレの皮側だけをさっと焼くのがサッハーさんのお勧め。最近は日本人向けの食品市にも出されるようになった。
「日本から買った卵でヤマメを養殖するようになり、再び日本の皆さんに還元できるまでになったことに感謝しています」
 とサッハーさんは微笑む。

 約10万フラン ( 約1000万円 ) の投資後4年目の今年で利益を上げる見通しがついたというサッハーさんだが、将来は農家向けにフランチャイズをしたいと考えている。
「ほとんどの農家には水源があります。ノウハウと卵はわたしから買い、副業としての養殖ができるのではないでしょうか。グローバル化対策として、わたしと農家のウィン・ウィンの関係です」
 503立方メートルの小さな養殖場からスイス全土にバハテルラックスを広める夢が膨らむ。

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) ギブスヴィル・リート ( チューリヒ州 ) にて

バハテルラックスの養殖場および店舗の営業時間は金曜日9~18時、土曜日9~16時まで。
ヤマメを中心にマスも養殖している。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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