
世界の天気予報が当たらなくなる? トランプ政権の予算削減で科学者らが危惧

ドナルド・トランプ米大統領は2期目の就任以降、環境・気候分野の取り組みに対して前代未聞の攻撃を仕掛けてきた。このまま人と予算が減れば、予報精度の低下をはじめとする悪影響が世界の国々に広がりかねない。スイスのジュネーブに本部を置く世界気象機関(WMO)など、多くの専門機関が米国の動きに警鐘を鳴らしている。

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米国の第2次ドナルド・トランプ政権は、目がくらむほど大量の大統領令や指示、政府職員の解雇、政策変更で幕を開けた。なかでも、環境政策は明確な標的になっている。たとえば、トランプ氏は2期目就任のわずか数時間後、パリ協定から脱退するための手続きに着手した。1期目に脱退したのと同じ、気候変動対策に関する国際枠組みだ。
同氏は科学研究にも狙いを定めており、連邦政府職員の大量解雇では米海洋大気局(NOAA)も対象になった。だが、同局の研究成果やデータには、世界気象機関(WMO、本部・ジュネーブ)や各国の予報機関にとって計り知れない価値がある。
NOAAは気象予報や気候分析、海洋保護を任務とする世界最高峰の研究機関だが、今は混乱に見舞われている。科学者や専門家の解雇と自主退職はすでに1000人を超え、さらに1000人の人員削減が見込まれている。職員約1万3000人の20%近く外部リンクが同局を去るということだ。

削減対象は人員にとどまらない。ホワイトハウスは5月2日、2026会計年度(2025年10月1日〜26年9月1日)の政府予算の要望をまとめた予算教書外部リンクを示し、NOAAへの割り当てを前年度比で少なくとも15億ドル(約2200億円)切り下げるよう議会に求めた。パーセンテージにすると、25%の削減幅だ。さらにトランプ政権は、NOAA傘下の海洋大気研究所(OAR)を廃止し、観測やモデリングに必要な衛星などのリソースを縮小したがっている。
予算教書はNOAAへの割り当ての削減について、ジョー・バイデン政権期の環境・脱炭素政策、いわゆる「グリーン・ニューディール」への支出を全廃する方針に沿った措置だと言明。とりわけ同局の奨学金事業は市場を敵視するよう学生らを「過激化」させ、「環境危機への警戒を広める」ための資金源になっていると槍玉に上げている。
影響は世界に広がる
一方、NOAA傘下の米国立気象局(NWS)の歴代局長5人が連名で公開書簡外部リンクを出し、削減措置を批判した。書簡によると、人手不足のせいでリアルタイムの観測体制が維持できず、広い範囲で予報能力が影響を受けることや、災害警報などに関連して米国民に深刻な損害が生じることが懸念される。
元局長らは「NWS局員らは今後、現在の職務の水準を維持するという無理を強いられる(中略)われわれが最も恐れる悪夢は、予報部門の欠員によって無用に命が失われることだ」と訴えた。
一連の削減が実行されれば、こうした影響が世界で感じられるようになるだろう。
創設75年を迎えた WMOは、米国が気象学、気候科学、水文学、海洋学、大気科学で果たしてきた指導的役割を高く評価している。とりわけNOAAはWMOの中心的存在で、同機関が運営するデータ交換体制や193カ国が共有する観測網に大きく貢献している。また、米国は例年、同機関の通常予算の22%、約1800万ドル(約26億円)を拠出している。
WMOによれば、米政府の削減措置で個々の事業に具体的な支障が出るかどうかは、現時点で見通せない。ただし、潜在的な影響は大きい。
クレア・ヌリス報道官はswissinfo.chに対し、「米国は気象、気候、水に関するデータや専門知識を提供している。互いにつながり合った国際社会において、こうした貢献は各国や世界全体の福祉の実現に必要不可欠だ」と語る。
たとえば、世界中で予報業務などに使われる気象衛星からの情報は、米国が提供するものが4分の1を占める。また、予報には地上で観測した基礎的情報も必要で、このうち世界で共有される地表気象観測データの3%、ラジオゾンデによる高層気象観測データの12%を米国が占めている。
NOAAはWMOの認定を受けた予報・研究拠点を通じて危険な気象状況を追跡記録しており、その衛星データや調査・分析結果は欧州全域も対象としている。また、一連の情報はカリブ海地域での災害対応の連携にも活用され、熱帯低気圧から人々を守っている。WMOによれば、たとえば米東部フロリダ州マイアミの国立ハリケーンセンター(NHC)が提供する予報データは数え切れないほどの命を救ってきた。また、そうしたNOAAの拠点はアマゾンの熱帯雨林で生じる森林破壊や気候危機の影響を監視するとともに、米国と世界の両方で航空や農業といった重要産業を支えている。

気候研究への「一斉砲撃」
米国の削減措置で生じる悪影響をめぐっては、世界中の科学者からより率直で、より直接的な訴えが寄せられている。34カ国の専門家約3300人は共和、民主両党の議会幹部とハワード・ラトニック商務長官を名指しした公開書簡外部リンクに署名し、NOAAへの「攻撃」をやめさせるよう訴えた。
書簡はNOAAなど米国の主要学術機関を徹底的に打ちのめそうとする動きを非難し、「数十年に及ぶ極めて貴重な科学研究の営為が根底から覆るだけでなく、米国が気候科学における指導的立場を放棄したことや、科学の中枢たる米国の地位が崩れゆくことの象徴になる」と主張している。
署名に加わった米コーネル大学の気候科学者、ナタリー・マホワルド氏は、トランプ政権の行動は気候研究に対する「一斉砲撃」だと表現する。
マホワルド氏はswissinfo.chに対し、「政権は測候所でのデータ収集や気象予報を減らすと脅しているが、そんなことをすれば予報の精度が下がり、気候研究に必要な長期のデータセットも失われる。また、NOAAでは同局が直接実施している事業も、同局の財政支援を受けて各大学が実施している事業も含め、あらゆる気候研究が脅威にさらされている。その影響はWMOのあらゆる取り組みに及ぶ」と語る。
スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の環境科学者、ヤコポ・リボルディ氏も、気象予報やWMOの事業、世界の気候研究に対する悪影響を警告する。
「トランプ政権による削減措置は、専門知識の途方もない喪失につながる。世界中の科学者が使う貴重なデータがアクセス不能になったり、ソフトウエアのメンテナンスが行われず、機能しなくなったりといったリスクがある。ツール開発やデータ収集のやり直しが必要になり、今後の研究に支障が出る」
リボルディ氏によれば、WMOは気候研究の推進や気象関連の官民連携で極めて重要な役割を担っている。米国の「非協力的で分裂的」な姿勢は地球全体に害を及ぼすとともに、WMOの中核的な価値を損なう恐れがある。
気象予報の劣化
NOAAの人員・予算削減によって米国内の気象予報の信頼性が低下することについては、さまざまな報道外部リンクがなされている。しかし、米国外の気象学者もまた、影響の波及を懸念している。
オーストラリアの科学者らは、米国による人員削減と国際連携の凍結には気候科学を萎縮させる作用があると指摘。オーストラリアの正確な気象予報の能力に「重大な劣化」を招きかねないと警告外部リンクした。
日本気象学会もまた、NOAAやNWSは米国だけでなく国際的な気象機関にとって非常に重要な役割を果たしているとし、一連の削減で生じる影響に「深い懸念」を示す声明外部リンクを出した。
スイス気象台(メテオ・スイス)は世界規模のデータ交換体制を通じ、米国の気象予報・分析を間接的に利用している。メテオ・スイスの予報部門を率いるマルコ・ガイア氏は「交換が制限されれば、気象モデルに組み込むデータが減る。理論的には、データが減れば予報の質に影響が及ぶ」と語る。
英インペリアル・カレッジ・ロンドンのグランサム気候変動環境研究所に所属するケニア人研究者、ジョイス・キムタイ氏は、米国での人員・予算削減は「非常に厄介」な問題だと語る。
キムタイ氏はswissinfo.chに対し、「過去数十年、NOAAの貢献によって世界的に予報精度が高まり、異常気象の傾向に対する理解が進み、気候の将来予測に役立つ情報がもたらされてきた。米国の地球観測システムや衛星プログラム、海洋観測ネットワークは、いくつもの国際連携で基幹的な役割を果たしている。人員、データ共有、予算、科学的成果のいずれが減るにせよ、NOAAの力が弱まれば必要不可欠な情報の質が下がり、一貫性が失われ、手に入りにくくなる恐れがある」と説明している。
ケニア気象局(KMD)にも籍を置くキムタイ氏は、洪水や渇水といった極端気象に極めて脆弱な同国にとってトランプ政権の動きは深刻な意味を持つと指摘する。
「NOAAの能力が低下したり、データやモデリングツールの利用が制限されたりすれば、ケニアや周辺地域に影響が波及する。種々の計画策定や防災に重要な長期の季節予報に弊害が生じるだろう」
編集:Gabe Bullard/vdv、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:ムートゥ朋子
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