スイスの視点を10言語で

WHO総会、製薬会社の「薬価の秘密」開示は踏み込めず

製薬業界
© Keystone / Gaetan Bally

ジュネーブで開かれていた世界保健機関(WHO)の年次総会で、3週間の激しい交渉の末、加盟国が医薬品価格の透明性改善を目指す決議を採択した。ただ当初の目的の1つだった、製薬会社に「薬価の秘密」を開示させることは実現できなかった。

決議外部リンクはイタリアが提案。当初の案は、WHOと各国政府に対し医薬品価格、研究開発費、臨床試験データ、特許情報の4つの分野で透明性を高めるよう求めていた。

この決議案が注目を集めたのは、幾重ものベールに包まれた「薬価設定の秘密」に切り込んだからだ。どこの政府が特別な取引から利益を得て、また企業が高額な薬価によってどれくらいの収入を得ているのかという、企業にとっては触れられたくない問題提起がなされ、これが政府や企業に圧力をかけた。

おりしもスイスの製薬大手ノバルティスが、脊髄性筋萎縮症(SMA)を1回の投薬で治療できる遺伝子治療薬「Zolgensma外部リンク」を出し、その価格が210万ドル(約2億3100万円)という史上最高額だったことも話題に拍車をかけた。日本では最近、1回の投薬で3349万円かかる白血病治療薬「キムリア外部リンク」が話題になったばかりだ。

おすすめの記事
がんの治療

おすすめの記事

薬価設定の透明性をどうするか 高まる圧力に悩む製薬業界

このコンテンツが公開されたのは、 20日、スイス・ジュネーブで始まった世界保健機関(WHO)の総会で、イタリアから出された決議案が注目を集めている。それは高額な薬価設定や医薬品市場の透明性を高めるよう求めた内容だ。日本でも高額な白血病の新薬が話題になったが、この決議案は旧来の医薬品業界に風穴を開けるのか。

もっと読む 薬価設定の透明性をどうするか 高まる圧力に悩む製薬業界

薬価、臨床試験データ、研究開発費の開示を求めた決議案では、後者の2つの議論が難航した。

議論の段階で一部の国々から圧力がかかり、最終的な決議は当初案から修正が加えられた。透明性向上に一歩を踏み出しながらも、青天井の薬価によって医療システムに過度の負担がかからないようにする―という本来の目的からはかけ離れた妥協案となった。

加盟20カ国が賛同した決議は「加盟国が、それぞれの国・地域の法的枠組みおよび内容に従い」、薬価の情報を広く公共で共有し、データ共有の面でもサポートしていくことを求めた。

激しい議論

WHOの関係者によると、決議の採択までに激しい議論が行われた。

透明性の精神の下、非公開のセッションの多くが公開外部リンクされ、一部政府のコメントや提案などが明らかになった。これが一部代表団に追い打ちをかけ、強力な製薬関連ロビイスト寄りだと批判されている政府に更なる圧力となった。

交渉の途中で、40以上の市民団体が、各国政府に元の決議を支持し、詳しい交渉内容を公開するよう求める公開文書外部リンクを出した。

この問題は各国の大手メディア外部リンクも注目。米大統領選の候補者たちにも飛び火した。その1人のバーニー・サンダース氏はツイッター上で、ドナルド・トランプ大統領が決議の採択を阻止し、当初の約束通り大手製薬会社に立ち向かわなかったと非難した。

外部リンクへ移動

大手製薬会社を抱える国々は、妥協案で決着をつけたいがために足を引っ張ったと非難された。スイス、ドイツ、英国、日本、米国は製薬会社に研究開発費の開示を迫らなかった張本人だと名指しで批判された。

スイスは薬価の透明性を強く求めてきたが、国内の大手製薬会社にコスト開示を義務付ける措置については難色を示した。結局コスト開示は決議に盛り込まれなかったため、スイスも決議に賛同した。

WHOのテドロス・アダノム事務局長は「全会一致」の支持を得られなかったことに遺憾の意を示したが、この「歴史的合意」を歓迎した。ドイツと英国は、最終的な決議に参加しなかった。

根本的な問題は未解決

スイスの非政府組織(NGO)「パブリック・アイ」のパトリック・ドゥリッシュ氏も薬価の透明性向上を強く支持していた一人で、今回の決議を歓迎したが、それによって製薬業界がすぐに変わるという見方には懐疑的だ。

ドゥリッシュ氏はスイスインフォに「これは重要な一歩で政治的な勢いがあるという証だ。しかし戦いはこれからも続く。薬価がどのようにして決まっているかはいまだ不透明だからだ」と話した。

慈善団体MSFのゲレ・クリコリアン氏は「歓迎すべき第一歩」としたが、製薬会社はさらなる情報開示を求められるべきだと述べた。

同氏は「企業が課す値上げ、製造コスト、臨床試験コスト、投資における企業の負担分がどれくらいなのか、また納税者や非営利団体の費用負担について、私たちは知る必要がある」と述べた。

ノバルティスやロシュが加盟する国際製薬団体連合会外部リンク(IFPMA)は書面で「薬価にのみ焦点を当てるのは、全体像として見た薬のアクセスに関する問題の複雑さには遠く及ばない」と述べた。

同連盟は、薬価の透明性が患者の薬へのアクセスにどのような影響を与えるのかについて、十分な対話や調査の時間がなかったことが、今回のプロセスにおいて致命的だったと語った。

人気の記事

世界の読者と意見交換

ニュース

生まれたての赤ちゃん

おすすめの記事

スイスの出生率1.33、過去最低を更新

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦統計局は20日、2023年の人口動態統計の確定値を発表し、2023年の合計特殊出生率は1. 33と、過去最低を更新したことがわかった。前年の1.39から最低水準を2年連続で更新した。

もっと読む スイスの出生率1.33、過去最低を更新

おすすめの記事

少年への有罪判決が増加 公務執行妨害・性犯罪など

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦統計局は18日、2023年に少年に対して下された有罪判決は2万3080件と、前年比11%増えたと発表した。特に15歳未満の犯罪は長期的に増加傾向にある。

もっと読む 少年への有罪判決が増加 公務執行妨害・性犯罪など
スーツを着た男性の顔写真

おすすめの記事

スイスが冒した「稀有なリスク」 平和サミットの舞台裏

このコンテンツが公開されたのは、 世界中から100の代表団がスイスに集結した「ウクライナ平和サミット」。実行委員会トップとして参加国の招待や共同声明の草案作りを担ったスイス外務省のガブリエル・リュヒンガー氏が舞台裏を振り返った。

もっと読む スイスが冒した「稀有なリスク」 平和サミットの舞台裏
マンション

おすすめの記事

スイスでマイホームが賃貸よりお得に

このコンテンツが公開されたのは、 スイスでは住宅ローン金利の低下と家賃上昇により、2025年初めには不動産を賃貸するより購入した方が安上がりになる――こんな見通しを銀行最大手UBSが発表した。

もっと読む スイスでマイホームが賃貸よりお得に
イスラム教徒の墓に描かれたナチスの鉤十字

おすすめの記事

ヘイト・シンボルを禁止 ジュネーブ住民投票

このコンテンツが公開されたのは、 ジュネーブで9日行われた住民投票で、ナチスの鉤十字などのヘイト・シンボル表示を禁止する憲法改正案が84.7%の賛成で可決された。投票率は46%だった。

もっと読む ヘイト・シンボルを禁止 ジュネーブ住民投票
Finmaのロゴ

おすすめの記事

スイス金融当局新トップ、「経営陣の個人責任を追及」

このコンテンツが公開されたのは、 スイス金融市場監督機構( FINMA)の新長官に就いたシュテファン・ヴァルター氏は、監督権限の強化を求めていく立場を明確にしている。非協力的な銀行経営陣をFINMAが解任する権限も必要だとみる。

もっと読む スイス金融当局新トップ、「経営陣の個人責任を追及」
花粉症の女の子

おすすめの記事

高濃度の花粉で血圧上昇 スイス研究

このコンテンツが公開されたのは、 花粉の飛散量が高まるとアレルギー患者の血圧を上昇させることが、スイスの研究で分かった。女性や太りすぎの人では特に影響が大きい。

もっと読む 高濃度の花粉で血圧上昇 スイス研究

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部