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パミールの「解けない」氷河、スイス研究チームが謎に迫る

気象観測装置を設置するスイスの研究者。タジキスタンのパミール高原にあるクジュルシュ氷河にて Achille Jouberton, WSL

中央アジアには、地球温暖化の影響を受けていないように見える氷河がいくつも存在する。氷河の面積は安定して縮小しないどころか、むしろ増えている。この特異な現象の原因を探るべく、スイスの研究チームが調査に乗り出した。

このコンテンツは 2022/09/11 08:30

氷河の後退は、気温上昇の影響を最も顕著に表す現象の1つだ。アルプス氷河の体積は1850年と比べて約6割減少し、山の景観は大きく変化した。融解スピードは加速するばかりで、現時点で既に年間平均で約2980億トンもの氷が世界の氷河から消失している。

だが例外もある。タジキスタンのパミール中央山塊と、それに隣接するパキスタン、インド、中国にまたがる山脈には、減少せずに安定している氷河や、むしろ増大している氷河が存在する。これは「パミール・カラコルム・アノマリー」と呼ばれる特異な現象だ。

パミール高原は、天山山脈(北)、カラコルム山脈(南)、ヒンドゥークシ山脈(南西)の接点に位置する WSL

スイス連邦森林・雪氷・景観研究所(WSL)の雪氷学者フランチェスカ・ペリチョッティ氏他のサイトへは、「信じがたい光景だった。ラテラル・モレーンを通らずに地表から氷河表面まで歩けるのは、世界中でここだけだ」とswissinfo.chに語る。氷河が解ける際、氷河によって運ばれた岩石や堆積(たいせき)物が作る地形をモレーンと呼ぶ。積雪量よりも融解量の多い氷河融解帯にのみ形成される。氷河の側方に伸びる細長い土手状の地形をラテラル・モレーンという。

タジキスタンのクジュルシュ氷河の下流部。堆積物に覆われている Achille Jouberton, WSL

氷が見せる、あらゆる表情

現在WSLはフリブール大学と共同で大規模な研究プロジェクト「パミーア(PAMIR)他のサイトへ」を主導し、主にこの氷河に起こっている特異現象の原因と経過について調査中だ。同プロジェクトはスイスの複数の連邦・州立大学も参画する学際的な取り組み。今年、スイス極地研究所(SPI)が支援する最重点研究事業他のサイトへ2件の1つに選ばれ、今後4年間の研究資金として150万フラン(約2億1300万円)が助成された。もう1つのプロジェクトには、グリーンランドの気候変動調査プロジェクト「グリーンフィヨルド(GreenFjord)」が選ばれた(囲み記事参照)。

PAMIRプロジェクトの意義はパミール氷河だけにとどまらない。氷河から流れ出る河川は、中央アジア一帯の重要な飲料水源だとペリチョッティ氏は言う。ここは気候変動や政情不安の影響を受けやすく不安定な地域だ。「パミール地域は驚くほど素晴らしい場所だ。あらゆる表情の氷が存在する」(ペリチョッティ氏)

氷河の種類には、白っぽく見える典型的な氷河に加え、堆積物に覆われた「黒い氷河」や夏季も凍結したままの永久凍土、岩石氷河などがある。同氏は「なぜ(この地域に)複数の異なるタイプの氷河が存在するのかは分かっていない。通常、1つの地域で観測される氷河は1種類のみ」と説明する。気候や標高がその理由として考えられる。

旧ソビエト連邦の一部だったタジキスタンの高山地帯や高原は、長い間立ち入ることが許されず、パミール地域の大部分は未開拓のままだ。それがより一層、魅力的だと同氏は言う。

雪氷・寒冷圏科学は、雲を除く全ての形態の氷を扱う学問分野だ。研究は21世紀初頭から飛躍的に進展したとペリチョッティ氏は言う。それまでは高価で利用が難しかった衛星画像データが使えるようになり、「初めて地球規模の氷河の全体像と地域レベルの氷河と雪の状態の両方を把握できるようになった」ためだ。カラコルム・アノマリーの議論が始まったのもその頃だ。

グリーンランドの気候変動

グリーンランド南西部のフィヨルドの生態系への気候温暖化の影響について調査する「グリーンフィヨルド(GreenFjord)」プロジェクト他のサイトへは、PAMIRプロジェクトと並び、今年のスイス極地研究所(SPI)最重点研究事業に採択された。氷河の融解や土壌侵食(雨や風により土が流出すること)が、栄養循環や海洋資源、雲の形成、その地域の生活にどのような影響を及ぼすかを調査する。プロジェクトのコーディネーターを務める連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のユリア・シュマール助教は、「食物網や水産資源が今後どのように変化していくかを把握したい」と語る。

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3つの仮説

なぜ中央アジアのいくつかの氷河は安定、または成長しているのか。その理由として3つの仮説が考えられる。1つ目は、夏の気温が下がり融解を抑えているという説。原因はモンスーン(季節風)の変化だと考えられる。2つ目は冬と春の降水量の増加という説で、西方の大気の乱れ(地中海地域で発生する温帯低気圧)とモンスーンの相互作用他のサイトへが原因と考えられる。

3つ目の仮説は農業形態に関連する。パミール・カラコルム地域のパキスタン側の下流域は世界で最も広大な灌漑(かんがい)農業地帯の1つで、河川などから人工的に水を引く大規模な農業施設がある。これが地表から大気への水蒸気の放出量を増やし他のサイトへ、その湿った空気がパミール高山地帯に戻り、雪となるという説だ。

ペリチョッティ氏は、この3番目の仮説が最も有力だと考える。「大気の流れを見るシミュレーションでは、パキスタンで発生した湿った空気が最終的にパミール高原に雪を降らせることが分かっている」

タジキスタンの河川に水位監視ステーションを設置 Achille Jouberton, WSL

氷河研究の再活性化

PAMIRプロジェクトにはスイスとタジキスタンから約60人の研究者が参加し、氷や雪、永久凍土の性質を調べ、飛行機に搭載したセンサーで複数の氷河の積雪量と質量収支を計測する。また、極地以外では世界最大の氷河(氷の厚さ最大1千メートル)のフェドチェンコ氷河を掘削し、過去の気候データを収集する。

一方で、同プロジェクトの別チームはアーカイブ記録を調査し、ソビエト連邦時代の氷河研究の再構築を行う。タジキスタン科学アカデミー氷河研究センター長のアブドゥルハミド・カユモフ氏は、「タジキスタンでは氷河研究が長い間続けられてきたが、ソビエト連邦の崩壊と共に中断された」と言う。「スイスは、雪氷寒冷圏研究に関する専門的知識が豊富なことで有名だ。その協力を得て、私たちの国の研究を再び活性化させたい」と抱負を語った。

タジキスタンにあるスイス調査チームのベースキャンプ Achille Jouberton, WSL

英語からの翻訳:佐藤寛子



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