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土埃の嵐 ダストボールの解明へ

1930年代アメリカ中西部を襲ったダストボールは、巨大な黒雲を形成した。目撃者によれば、5フィート前が真っ暗で見えなかったという

ダストボールと呼ばれる土埃の嵐が1930年代のアメリカ中西部を何度となく襲った。今回スイスの研究者がその原因究明への一歩を踏み出した。 

1930年からほぼ10年間吹き荒れたダストボールは、約40万平方キロメートルの農地を荒廃させ、何十万人もの人々を移住させた。チューリヒ連邦工科大学 ( ETHZ/EPFZ ) の研究者は嵐が起こった時の気象状況を3Dに図形化し、原因を追究した。

なぜ巨大なスケールで

 「ダストボールが起こった干ばつ期は、特筆すべき気候的出来事であり、またアメリカ史の上でも重要な出来事としてよく知られている」
 とチューリヒ連邦工科大学気候・環境研究所のシュテファン・ブレニマン教授は語った。

 干ばつが続くと、本来なら土に水分を含ませ、安定させる役割を担う野生の草が枯れ、その結果土は空気中に埃となって舞い上がり、巨大な嵐、ダウストボールを形成した。

 「気候的側面はダストボールの1つの側面だが、十分に究明されていない。この現象を研究することは、過去から学べるまたとない機会だと思った」
 と研究の動機を説明した。

 今までも多くの科学者がダストボールを研究してきたが、なぜあれ程までに広大な地域にわたって嵐が起きたのか、なぜ空気が巨大なスケールで移動したのか説明がつかなかった。

高気圧と上空部の空気の流れ

 まずスイスの研究者たちは、1930年当時に気球や飛行機などから観測された風や温度に関するデータをデジタル化し、それを使って地上15キロメートルの上空で、空気の流れを再現した。

 その結果、「グレートプレーンズ・ロウレベル・ジェット ( Great Plains Low-Lebel Jet ) 」と呼ばれる、アメリカ中西部の大草原上の低空を流れる空気が、ダストボールが起こった時期は、いつものように北方に向かって広く流れて行かなかったことが判明した。普段は大西洋側から熱帯の湿った空気がこの地域に流れ込んでいたのだが、その現象がまったく見られなかった。

 研究者たちは、この空気の流れの変化は、中西部の大草原 ( グレートプレーンズ ) 上に形成された高気圧によって引き起こされ、また太平洋から北アメリカを横断し大西洋まで続いて流れる異常な上空部の空気の流れと結びついていたと結論した。

 さらに今回の研究で、「ダストボールが引き起こされた干ばつ期には、低空を流れる空気が普段より薄いのではないか」といった科学的推測も証明された。

干ばつとその頻度を予測したい

 「低空を流れる空気の薄さなどという細部については誰も注目しなかった。なぜならまったく情報がなかったからだ」
 とブレニマン氏は語った。

 彼のチームはこうして初めて過去の気候データの一部を分析したことになる。残りのデータは、まだアメリカのデータベース現代化プログラムによって、現在もデジタル化が進められている。

 スイスの研究者たちは彼らの研究成果を図表化し、将来起こる干ばつなどを予告できるように使いたいと考えている。「過去数年、再びこの大草原地域と南西部が干ばつに見舞われている」からだ。

 「問題はどのようにうまく干ばつを予測できるかということだ。数カ月前に予告はできないにしても、少なくとも10年単位では、干ばつを予測し、また将来の干ばつの頻度を提示できるようになりたい」
 と、ブレニマン氏は抱負を語った。

ジェシカ・デイシイ、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、里信邦子 ) 

ダストボール ( 土埃の嵐 )

1930年から1940年にかけ、荒れ狂う土埃の嵐が何度もアメリカの中西部を襲った。それは環境、農業に巨大な被害をもたらした。

数十年間続いた深刻な干ばつ で、本来なら土に水分を含ませ、安定させる役割を担う野生の草が枯れてしまった。

その結果土が埃になり、巨大な土埃の嵐に変わった。およそ40万平方キロメートルの農地がこの嵐に襲われ、何十万人もの人々が移住を強いられた。

この災害は作家ジョン・スタインベックにインスピレーションを与え、1937年の作品『二十日鼠と人間』に描かれた。嵐はテキサス、オクラホマからニューメキシコ、コロラド、カンザス州の一部に広がる広大な地域を襲った。

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