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EUの教育助成事業から締め出されたスイス、新たなパートナー探しに奔走

ベルン大学社会科学部
ベルン大学社会科学部 Keystone / Peter Klaunzer

2021年5月の欧州連合(EU)との枠組み条約協議の打切りにより、スイスはEUの主要な教育助成プログラムのメンバー国から除外された。欧州諸国の大学間コンソーシアムを推進する「欧州大学イニシアチブ」に活路を求めるスイスの大学だが、EUの研究開発支援プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」や留学支援プログラム「エラスムス+(エラスムス・プラス)」におけるメンバー国としての地位には及ばない。

ベルン大学は、最近コンソーシアムに相次いで加わったスイスの大学のひとつだ。昨年12月1日、ヘント大学(ベルギー)からブラチスラバ大学(スロバキア)まで研究重視の総合大学9校から成る「エンライト外部リンク」に加入外部リンクした。

ベルン大学で開発担当副学長を務めるヴァージニア・リヒター氏はswissinfo.chの取材に対し電子メールで、「エンライトへの参加はベルン大学にとって、目まぐるしく変化する欧州の高等教育環境で活発な活動を続ける好機だ。メンバーの地位は、わが校が今後発展する新たな原動力になる」と述べた。

このように、スイスの大学は欧州の教育・研究環境でその地位を維持しようと奮闘している。

スイスはEUの加盟国ではないが、伝統的に教育・研究・イノベーションの分野で協力してきた。スイスは2021年、EUとの過去数十年にわたる120以上の二国間協定に代わる包括的な条約を策定する交渉を破棄。EUはこれを受け、7年間で950億フラン(約12兆4千億円、2021年当時)の予算規模を持つ世界最大の研究助成プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」において、スイスの地位をそれまでの「準加盟国(アソシエイト)パートナー」から「非加盟第三国」に降格させた。これにより、スイスは一部の助成金の受給が制限される。スイス当局が暫定的な助成を行ってはいるが、それでもスイス教育・研究界にとって大きな打撃だ。

さらに、2014年には、交換留学制度をはじめとするEUの教育・交流プログラム「エラスムス・プラス」で、スイスはメンバー国からパートナー国に降格された。スイスで同年実施された国民投票でEUからの移民を制限する法案が可決され、EU・スイス間の学生・研究者の交流に問題が生じたためだ。

EUもうひとつの旗艦プロジェクト

EUは2022年、スイスの大学にEUのもうひとつの旗艦プロジェクト「欧州大学イニシアチブ外部リンク」(現在はエラスムス・プラスに含まれる)にアソシエイト・パートナーとしての参加を認めた。

2018年に創設された同プロジェクトは非常に人気が高い。互いに提携し、組織レベルの協力を強化するよう、欧州各地の大学グループに奨励する。

コンソーシアムのひとつの実例として、学生はコンソーシアムに参加する複数の大学での研究を組み合わせて単位を取得できる。また、欧州大学イニシアチブはイノベーションや起業家精神教育、教育と研究の連携を支援する。欧州高等教育の国際競争力を、米中に対し長期的に高めるのが狙いだ。

スイスで交換留学など交流を支援する全国組織Movetia外部リンクで高等教育の責任者を務めるアマンダ・クラメリ氏は「欧州大学イニシアチブの試行段階への参加はエラスムス・プラスのメンバー国に限られていたため、スイスは当時参加できなかった。だが、イニシアチブは2022年、スイスのように欧州の高等教育圏にあって関心の高いアソシエイト・パートナー国にも開放外部リンクされた」と説明した。

エラスムス・プラスはコンソーシアムがプロジェクト資金を得るために入札する場でもある。だが、アソシエイト・パートナーのスイスにはこのような資金の受給資格がない。そのため、スイスの大学はその分を補填するため、Movetiaの助成金に応募する必要がある。スイスの大学はまた、エラスムス・プラスのプロジェクトを取りまとめたり、主導したりできない。

相次ぐコンソーシアムへの参加

だが、スイスの大学はこのような制限にはひるまない。スイスの総合大学12校のうち6校が既にコンソーシアムに参加した。学生の大半は資格を持つ職業訓練生が占める工業系の応用科学大学2校も参加。Movetiaによると、さらに4校が今年のエラスムス・プラスの入札に参加する見込みだ。コンソーシアムへの相次ぐ参加は、スイスの大学にとって欧州のネットワークや連携が依然として非常に重要なことを示しているという。

2022年にEUから助成を受けた外部リンクコンソーシアムのうち、スイスの大学がMovetiaの助成を通じて参加したもの

チューリヒ大学(スイス初のコンソーシアム参加校)―UNA Europa外部リンク

ローザンヌ大学―CIVIS外部リンク

ジュネーブ大学―4EU+外部リンク

バーゼル大学―EPICUR外部リンクEUCOR外部リンクのメンバーとして参加)

2023年にエラスムス・プラスからの助成金の確保を目指すコンソーシアムのうち、スイスの大学が参加しているもの

連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)―ENHANCE外部リンク

ベルン大学―ENLIGHT外部リンク

西スイス応用科学芸術大学(HES-SO)―UNITA外部リンク

チューリヒ応用科学大学(ZHAW)―EELISA外部リンク(2023年1月26日、参加を発表外部リンク

現在、44のコンソーシアムに31カ国340校が参加。EUは2024年中旬までに500校が参加する60のコンソーシアムの形成を目指す。

コンソーシアムは、ENLIGHTに参加するベルン大学や、欧州の工科大学10校が集まるENHANCEに2022年11月に参加した世界有数の連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)に、交流にとどまらない多くの機会をもたらしている。

ETHZのギュンター・ディセルトーリ学長はswissinfo.chに対し書面で、「私たちは共同で双方向型の授業を提供するなど、授業における新しい協力形態を試したり、学生の学際的スキルを一層強化する形式を試したりしている」と述べた。

ベルン大学も、ENLIGHTのメンバーのうち同校を含む6校がベルギー・ブリュッセルの権威ある欧州研究大学組合外部リンクに加盟しており、同校の欧州での知名度向上に役立つと評価する。

西スイス応用科学芸術大学(HES-SO)はコンソーシアムへの参加が明確な目的だった。同校は2022年6月、UNITAに参加。ルチアーナ・ヴァッカーロ学長はコンソーシアムの背景には「将来の欧州市民のためにエコシステムを構築する」というビジョンがあると述べた。

さらに、「UNITAへの参加は(わが校にとって)非常に有益だ。ホライズン・ヨーロッパやエラスムス・プラスから除外されても、今のところEUの旗艦プロジェクトである欧州大学イニシアチブにとどまる道を見出せるからだ。参加できて誇りに思う」と語った。

連邦政府は2022~25年の間、スイスの大学が欧州大学イニシアチブに参加できるよう総額600万フラン外部リンクを助成する。財源はエラスムス・プラスへの参加に充てられていた資金だ。

今年2月に国内大学の統括組織スイスユニバーシティーズ外部リンクの代表に就任するHES-SOのヴァッカーロ学長は、コンソーシアム参加への助成金を確保し、場合によっては年間予算を増額すべきだと述べた。同氏はswissinfo.chに対し、「スイスの大学がこの重要な助成事業を利用できることが大事だ。しかし、安定した助成がなければ、スイスの大学の参加は危うくなる」と語った。

EUの「ホライズン・ヨーロッパ」と「エラスムス・プラス」は依然として重要

だが、学長らには、コンソーシアムがホライズン・ヨーロッパやエラスムス・プラスのメンバーの地位に及ばないのは明らかだ。

ベルン大学のリヒター氏は「スイスを拠点とする研究者の多くはそれぞれの分野を牽引する一流の科学者たちだが、優れた科学技術は国境を越えるものだ」と指摘。さらに、「スイスの研究者たちが主導的な立場を維持するには、国境を越えて連携し、国際的なコンソーシアムやプロジェクトの作業工程をリードできなければならない。ホライズン・ヨーロッパから外されたスイスには、それが非常に難しくなった」と述べた。

同校は既に、糖尿病のより良い治療を目指し人工知能(AI)に基づくソリューションを見つける共同研究において、オランダのマーストリヒト大学に主導権を譲らなければならなかった。

ホライズン・ヨーロッパの前身である「ホライズン2020」で、同校は研究者約500人の研究を支援する予算規模1億2千万フランのプロジェクト175件に参加した。

それでも、ETHZのディセルトーリ氏は、コンソーシアムへの参加がスイスは「欧州連携に前向きだ」というメッセージを送っているという。

スイス・EU間では現在、ホライズン・ヨーロッパやエラスムス・プラス(連邦政府はスイスの完全復帰を目標として掲げている外部リンク)をはじめ、広範な課題について交渉が行き詰っている。スイスの教育・研究界も、2023年に大きな変化が起きるとは期待していない。それだけに必要なメッセージだ。

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:江藤真理

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