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内密出産、赤ちゃんポストの代替策になれるか

内密出産では、周囲に出産を知られないよう、母親の個人情報は秘密にされる © Keystone / Gaetan Bally

スイスでは内密出産制度について知る人はまだ少ない。だがこの制度により、悲劇的な運命が防げるかもしれない。

このコンテンツは 2021/09/28 08:30
Eva Hirschi

19歳のFさんは腹痛で診療所を訪れた。検査の結果、妊娠が発覚した。ショックを受けたFさんは「子供は欲しくないし、妊娠していることを誰にも知られたくない」と話した。妊娠を家族に知られれば、家族から見放されるからだ。

妊娠のきっかけは、暴力を繰り返してきた元パートナーだった。中絶しようにも、妊娠27週目ではすでに手遅れだった。Fさんに残された選択肢とは?

「このような場合、スイスでは内密出産が可能だ」と、NPOスイス・セクシャルヘルスのプロジェクトマネージャー、クリスティーネ・ジーバー氏は言う。内密出産の利点は安全な環境で出産できることだ。

「つまり、妊婦は通常通り病院で出産し、適切なケアが受けられる。一方、個人情報は秘密にされるため、出産を周囲に知られることはない」(ジーバー氏)

内密出産をした女性は産後6週間以内に、赤ちゃんを養子に出すのか、自分で育てるのかを決定しなければならない。ほとんどの場合、赤ちゃんは養子に出される。

匿名の代わりに仮名

「極めて困難な状況に置かれた妊娠中の女性は、妊娠を隠して、誰にも知られずに出産しようと考える傾向がある」とジーバー氏は言う。例えば家庭内暴力や家族からの脅迫があったり、羞恥心や不安があったりするケースだ。こうした女性の中には不安定な生活環境で暮らしていたり、パートナーや家族から暴力を受けていたりする人も多く、未成年者も少なくない。

中絶をしなかった理由には、宗教上や倫理上の理由で中絶ができなかったり、中絶するには妊娠が判明した時期が遅かったことが挙げられる。ジーバー氏は「こうした女性たちにはサポートが重要だ」と強調する。スイス・セクシャルヘルスの調査によると、内密出産を受け入れている病院があるのは現在26州中18州で、他にも議論中の州がある。

スイス里子養子協会(PACH)で研究員を務めるニコレッテ・ザイテルレ氏は最近、内密出産に関するスイスの病院の対応について、調査結果を発表した。

同氏は「病院によって対応に大きな違いがある。理由は、内密出産を受け入れ始めてからまだ数年しか経っていないことや、内密出産に対する共通の認識がないことが挙げられる」と説明する。国の規制がないため、独自のガイドラインを設けている病院もあるという。

そうした病院の1つが、ザンクト・ガレン州立病院だ。同病院広報担当のフィリップ・ルッツ氏は、「内密出産はまれにしかないが、いつでも対応できるようマニュアルを定めている」と語る。

内密出産の相談件数は年に平均1~2回あるが、ザンクト・ガレン州立病院で実際に内密出産が行われたケースは過去10年間で3~5回しかないという。

「私どもの病院では、婦人科クリニックと社会復帰・退院相談窓口と密に連携して内密出産をサポートしている。必要に応じて妊娠中の女性に仮名をつけることもある。また、女性が病院にいることを第三者に知られないようにし、自宅に書類を送らないよう配慮している」

ただし、出生と母親の個人情報については戸籍役場に申告する義務がある。スイスでは法律上、匿名での出産は禁止されているからだ。

赤ちゃんポストなどの匿名支援制度に関しては、スイスには法定根拠はないが、運用が容認されている Keystone / Obs/schweizerische Hilfe Fuer Mu

病院に設置される赤ちゃんポストでは、匿名で新生児を病院に引き渡すことができる。母親の身元が開示されないため法的にはグレーゾーンだが、子供の利益が大きいことから運用が容認されている。赤ちゃんポストを認めることで、赤ちゃんが外に置き去りにされたり、殺されたりするのを防ぐ狙いがある。

「ただ、(赤ちゃんポストでは)母子が妊娠中や出産時に医療処置を受けたり、メンタル面でサポートを得たりする機会がない」とザイテルレ氏は語る。「内密出産であれば、養子に出された子供は成人になったときに出自を知ることができる。これは子供の権利でもある」

アイデンティティーに悩むことが多い養子にとっては、出自を知る権利はとりわけ重要だ。「そのため、内密出産は赤ちゃんポストに代わるベストな方法だ」(ザイテルレ氏)

件数は少ないけれど重要な制度

スイスでは内密出産はまれだ。セクシャルヘルス・スイスの調査によると、内密出産の多くはチューリヒ州北部ヴィンタートゥールおよびザンクト・ガレン州、ベルン州の病院で行われているが、件数は年に2、3件ほどだ。

他の欧州諸国同様、スイスでも件数は下降傾向にある。ザイテルレ氏は理由の1つに「非嫡出子に対する偏見がかなり少なくなったこと」を挙げる一方、この制度の存在は大事だと指摘する。セクシャルヘルス・スイスのジーバー氏も同じ意見だ。「(この制度で救えるのは)窮地に立たされた、社会で最も弱い立場にある人たちだ」

ジーバー氏によれば、内密出産制度を知っている人はあまりいない。この制度の必要性が浮き彫りになった事件が、昨年1月にベルナー・オーバーラント地方で起きた。母親が赤ちゃんを置き去りにし、赤ちゃんは数時間後に低体温状態でようやく発見された。この母親は屋外で1人で出産していた。

今年8月には再び新生児が赤ちゃんポストに預けられた。もし、これらの女性たちが制度を知っていたら、状況は変わっていただろうか?ジーバー氏は、それは分からないとするものの、「内密出産が子供の置き去りを防ぐことにつながるのは確かだ」と語る。

国によって異なる対応

スイスとは異なり、フランス、イタリア、ルクセンブルグなど一部の国では匿名出産が法的に可能だ。オーストリア、チェコ、ハンガリー、スロバキアなどの国では、子供を匿名で引き渡す赤ちゃんポストも合法だ。ドイツ、ベルギー、ポーランド、ロシアなど他の欧州諸国では、スイスと同様に容認の方針を取る。赤ちゃんポストなどの匿名制度は法的根拠はないが、大目に見られている。

一方、こうした制度を一切認めていない欧州諸国も少数だがある。英国、スペイン、スウェーデンなどがその例だ。「子供の権利の観点で言うと、匿名での出産や、赤ちゃんポストに子供を託すことには問題がある。子供が後になって出自を知る機会がないからだ」とザイテルレ氏は言う。

しかし、スイスにも改善の余地はあると同氏は考える。「(内密出産で生まれた子供は)多くの場合、自動的に養子に出されてしまう。だが、実母や、可能なら実父にも、内密出産後に子供と関わっていける様々な方法について知らせていくべきだ。例えば、子供を養子に出した後も、生みの親としてその子とオープンまたはセミオープンに連絡を取り合うこともできるし、里親家族または養護施設に子供を預けるという選択肢もある」

そのため同氏は、このテーマに取り組むには親の視点と子供の視点の両方が欠かせないと強調する。

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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