スイスの視点を10言語で

脊髄損傷患者、電気刺激&AIでサイクリングや水泳も可能に

One of the patients going for a walk in Lausanne
ローザンヌで歩行訓練する患者 EPFL / Alain Herzog 2021

スイスの連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)は、脊髄を損傷し下半身が動かなくなっていた患者3人に電気で神経刺激を与えたところ、歩行やサイクリング、水泳を行えるほどに回復したと発表した。

29歳、32歳、41歳の患者はいずれも治験の1~9年前にバイク事故で胸椎(首の下から背中の最下部の間)を負傷していた。脊髄に埋め込まれた神経刺激装置をタッチスクリーンタブレットの人工知能(AI)ソフトウェアで遠隔操作し神経刺激を与えたところ、1時間以内に最初の一歩を踏み出すことに成功した。

更に6カ月後には患者自ら神経刺激装置を操作し、病院外での散歩やサイクリング、水泳など、より高度な活動ができるようになった。

研究結果は医学誌「ネイチャー・メディシン」に掲載された。研究を主導したEPFLのグレゴワール・クルティン氏とジョスリン・ブロック氏は、オランダの医療機器ベンチャー、オンワード・テクニカルを通じて商業化を進める。

クルティン氏によると、オンワードは1年後をめどに、米国を中心に70~100人の患者を対象にした治験を開始する。

外部リンクへ移動

スマホで操作

損傷した脊髄そのものを治す治療法は今のところ存在しないが、まひを抱える患者の運動機能を取り戻すための研究が進んでいる。

研究がより大規模な治験でも成功すれば、脊髄損傷で動けなくなった人がスマートフォンやスマートウオッチを操作して「歩く」「座る」といった行動を選び、それに必要な神経や筋肉を刺激する、といった応用への可能性が開く。

通常は運動を始めるに当たり、脳が脊髄にメッセージを送り、神経細胞の束を刺激することで必要な筋肉が活性化される。ブロック氏は「それは私たちが意識しなくても、自動的に起きる仕組みだ」と説明する。

だが脊髄を完全に損傷すると、脳からのメッセージが神経に届かなくなる。これまでの研究では、元は慢性的な痛みを抑えるために設計された埋め込み型装置を応用し、広い電界で脊髄の後ろから神経を刺激して患者の歩行を促そうとしてきた。

練習するほど滑らかに

クルティン氏らの研究チームは、脊椎の後ろではなく側面から電気信号が入るように装置を設計し直した。これにより、脊髄をピンポイントで刺激することが可能になったという。

装置の電極に信号を発するAIアルゴリズムも開発した。椅子から立ち上がる、座る、歩くなどの運動に必要な体幹や筋肉を制御する神経を、適切な順序で指示できるようになった。

ソフトウェアは患者一人ひとりの解剖学的構造に合わせて調整できる。装置を体に埋め込むと、患者は「すぐに足を動かしてステップを踏めるようになる」(ブロック氏)。

ただ長く使われなかった筋肉は弱っているため、患者の体重を支えるためのサポートは必要だ。また患者自身がデバイスの操作方法を学ばなければならない。

患者は体幹筋の制御など「長い時間」さまざまな運動ができるようになったが、自然な動きにはならなかったという。

ブロック氏は「トレーニングを積み、筋肉を動かすほど、動きは滑らかになる」と話した。

(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)

ニュース

眼下に広がる町と湖

おすすめの記事

ウクライナ平和サミットの舞台スイス・ビュルゲンシュトック 地元住民は離心

このコンテンツが公開されたのは、 6月15~16日に開催されるウクライナ平和サミットの舞台として、ルツェルン湖を望むホテル「ビュルゲンシュトック・リゾート」が注目を浴びている。かつては庶民も受け入れられる高級リゾートして地元に愛されていたが、近年は事情が違うようだ。

もっと読む ウクライナ平和サミットの舞台スイス・ビュルゲンシュトック 地元住民は離心
英語でスイスと書かれたステージでパフォーマンスをするノンバイナリー男性

おすすめの記事

ユーロビジョン、「ノンバイナリー」自認のスイス代表優勝 イスラエル参加に抗議も

このコンテンツが公開されたのは、 欧州国別対抗の音楽祭「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」の決勝が11日、スウェーデン南部マルメで行われ、「ノンバイナリー」を自認するスイス代表のNemo(24)が優勝した。会場周辺ではイスラエル参加に対する大規模な抗議活動も行われた。

もっと読む ユーロビジョン、「ノンバイナリー」自認のスイス代表優勝 イスラエル参加に抗議も
ビクトリノックスのアーミーナイフ製造現場

おすすめの記事

ビクトリノックス、刃のないアーミーナイフを開発

このコンテンツが公開されたのは、 スイスアーミーナイフの製造で知られるビクトリノックス社は、世界で広まるナイフ規制強化の波に対応するため、刃のないモデルの開発に取り組んでいる。カール・エルズナー最高経営責任者(CEO)がスイス紙のインタビューで明かした。

もっと読む ビクトリノックス、刃のないアーミーナイフを開発
管制室

おすすめの記事

スイス飛行機事故、24%増 紛争地上空ではGPS妨害も

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦運輸省民間航空局(BAZL/OFAC)が3日発表した2023年の航空安全報告書によると、民間・小型航空機の事故件数は9995件と、前年から24%増加した。

もっと読む スイス飛行機事故、24%増 紛争地上空ではGPS妨害も
裁判所のドア

おすすめの記事

「気候活動家への団結心」見せた判事、類似事件への関与禁止 スイス最高裁

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦裁判所(最高裁)は先月26日、チューリヒ地方裁判所の判事の1人に対し、気候活動家に関する裁判への関与を禁じる判決を下した。この判事が過去の裁判で活動家への団結心を見せたとして、考え方に偏りがあると結論付けた。

もっと読む 「気候活動家への団結心」見せた判事、類似事件への関与禁止 スイス最高裁
財布からお金を取り出す人

おすすめの記事

スイス、2023年の実質賃金は0.4%低下

このコンテンツが公開されたのは、 スイス連邦統計局は25日、2023年の名目賃金は1.7%上昇したと発表した。インフレ(年平均2.1%)に相殺され、実質賃金は0.4%低下した。

もっと読む スイス、2023年の実質賃金は0.4%低下

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部