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ウエルネス天国のスイス

健康になるためなら、水の冷たさなんて!「生きている力・サナトリウム ( Lebendige Kraft ) 」にて、1910年ごろ撮影 Bircher-Benner-Archiv

スイスは今も昔も、ウエルネスの天国。そして、世界各国から健康を求め人々が集まってきた。スイスを世界の保養地として紹介する「魔の山展」がチューリヒの国立博物館で開催中だ。

『魔の山』はドイツ人のノーベル賞受賞作家、トーマス・マンが1924年に出版した長編で、スイス、ダボスの結核療養所が舞台である。こうした療養所はそのほかスイスアルプスの各所にあった。

清楚なイメージのあるスイス

 「スイスとウエルネスは何となくは結びつくが、それは漠然と把握されているだけで、はっきりと人々の頭にインプットされていない。スイスの重要な面をここで展示する意味があった」
 と今回の展示を計画したキュレーターのフェリックス・グラフ氏は語る。

 スイスの健康志向は、ジャン・ジャック・ルソーの「自然に還れ」という言葉に代表されるように、今から3世紀前に芽生えた。19世紀後半から20世紀初頭にかけ、菜食の重要性を訴えた医師のマックス・ビルヒャーや、薬草入りのキャンディーを売り出した「リコラ社 ( Ricola ) 」 ( 1930年創立 ) などに象徴されるように、その後スイスでは、自然治療学を西洋医学が取り入れる土壌が作られていった。

 スイス人の健康志向は、一種プロテスタント的な性格から来ていると説明するのは、チューリヒ大学の医学歴史博物館のキュレーター、エバーハルト・ヴォルフ氏だ。
「スイスと健康は深いつながりがあるが、それは、健康と同時に清楚なものでもある。純粋な山、菜食主義者の健康な清楚さは、スイス人の宗教や文化と関連しているものだ」

高地に栄えたサナトリウム

 展覧会では、スイスにあるさまざまなサナトリウムが紹介されている。まず、スイスのサナトリウムの元祖、ティチーノ州にあるモンテヴェリタ ( Monte Verità ) には1907年、アルコール中毒に悩む若いヘルマン・ヘッセが3週間の療養に訪れたとある。ヘッセは後に述べる医師マックス・ビルヒャーの交流もあり、ここから書簡の交換をした。

 肉食より菜食が健康に良いことを指摘したビルヒャーの穀物と果物をミルクで混ぜたミューズリーのレシピは、いまにも伝わり、スイスでは日常好んで食べられている。ビルヒャーはチューリヒ市内に療養所を作り、国民の健康促進に邁進した。その思想は、彼の姪であるダグマー・リヒティ・ブラシュに受け継がれ、インドのアユルヴェーダー療法がスイスに入ってくるようになる。

 結核患者などを受け入れたサナトリウムがあったのはトーマス・マンの『魔の山』の舞台になり、作家自ら訪れたダボス、シャッツアルプ ( Schatzalp ) のほか、ヴァレー州のレザン ( Leysin ) が大きく取り上げられている。日光浴療法で皮膚病を治すため、白い帽子をかぶり、白いパンツだけでスキーをしている患者の写真が展示されている。レザンには、1931年にインドのマハトマ・ガンジー首相も訪れ、後に彼の伝記を著わしたロマン・ロランとも会談したことも有名だったが、今はその歴史もほとんど忘れ去られた。

奇妙な器具

 病気の治療に来る患者の生活を紹介するために展示された品々は、サナトリウムで実際に使われたものだ。それは、現代の感覚とはかけ離れていて、興味深い。

 美しい青色の小瓶がガラスのケースの中に置かれている。「青いハインリッヒ ( Blauer Heinrich ) 」といわれ、1910年ころに使われた結核患者用のタン壺だ。「生きている力・サナトリウム ( Lebendige Kraft ) 」で撮影された写真として展示されているのは、スイスにふんだんにある清水を浴びせる水療法を受けている男性の姿だ。首から下はシーツがミイラのように巻きつけられている。真剣な顔の患者から、病気を治そうとする強い意思が伝わってくるようだ。
 「スイスのサナトリウムでは結核患者は隔離病棟に置かれ、伝染病患者や精神病患者は受け入れられなかった」
 とグラフ氏は説明する。高所の空気が結核の病原菌に対し抵抗力をつけると信じられ、地元の人々が患者を遠ざけるということはなかったという。サナトリウムは19世紀から20世紀中旬まで、スイス観光業の大きな部分を担うことになる。

 フィットネス器具が展示されているコーナーで注目したいのは、重りをぶら下げた鉄製のヘルメット。首の筋肉を鍛えるためのもので、この種のものでは最古の1880年頃に作られた。そのほか、乗馬の鞍の形をした器具は、乗った人の身体を細かく揺すぶり、体を引き締める。1925年に作られた。

 このほか、シャッツアルプで1920年代から30年代に実際に使われた長椅子には見学者が実際、寝ころぶこともできるようになっている。『魔の山』の登場人物たちが身を横たえたかもしれない長椅子に、読者も身体を休める気になるだろうか?

 スイスの健康志向はいまも続いている。
「スイスの有機食品の消費額はヨーロッパ一、長時間のハイキングが趣味という人もたくさんいる」
 とグラフ氏は誇らしげに語った。

佐藤夕美 ( さとうゆうみ ) 、swissinfo.ch

2010年3月26日~8月15日
スイス国立博物館 (Landesmuseum Zürich )
火~日曜日 10~17時まで
木曜日は19時まで。月曜日休館
入場料 大人10フラン ( 約850円 ) 、16歳までの子どもは無料
グループでガイドを希望する人は前もって予約のこと。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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