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サラ・マルキ氏 徒歩による衝撃と魅惑の冒険

スイスの女性冒険家、サラ・マルキ氏がシベリアからオーストラリアへの新たな旅支度を始めている。アジアでの下見を終えたマルキ氏が、スイスインフォのインタビューに応じた。

このコンテンツは 2009/09/18 15:25

2002年から2003年にかて、オーストラリア大陸1周、約1万4000キロメートルを1人で歩いたマルキ氏の次の挑戦は、1万7000キロメートルだ。

現在計画されている24カ月間の単独歩行は、シベリアのバルカイ湖からオーストラリア南部にわたる。2010年5月の出発を控え、体調を整え、下見を行うための準備に1年間を費やした。

swissinfo.ch : 1万4000キロメートルに及ぶオーストラリアの砂漠単独歩行を終え、2010年5月にバルカイ湖から出発されますね。なぜシベリアの地を選んだのでしょうか。

マルキ : 何もないところに突然巨大な湖があるこの地がとても気に入ったからです。その後モンゴルへと舵を取り、ゴビ砂漠を渡り、灰色の広大な砂丘が強風下では視界が2メートル以下となるため誰も生きて戻っては来られないという、中国のタクラマカン砂漠に向かいます。

さらに中国はウイグル人の地を訪れ、インド北部からヒマラヤ山脈を辿 ( たど ) り、ネパールから再びインドのシッキム地方に戻ります。ブータン政府が外国人に要求する管理システムのため1日200ドル ( 約1万8000円 ) の消費を強いられるブータンを迂 (う) 回し、ラオス北部を通り、タイに入ります。

タイではインドネシアのボルネオ島に渡るための舟を探さなければなりません。漕がなくてはなりませんが、釣りができますし、未開のジャングルでオランウータンや未知の生態系に出会う前に、水と戯 ( たわむ ) れることができます。最終地は、オーストラリア北部です。

swissinfo.ch : 前回の冒険旅行の跡を辿 ( たど ) るためでしょうか。

マルキ : 実は、わたしは未開地の匂いとオーストラリア大陸の広大さのとりこになりました。前回の旅でパース ( Perth ) から1500キロメートルのところで、周囲に何もないところにぽつんとある小さな1本の木に出会いました。その木に必ずここに帰ってくると誓ったのです。

swissinfo.ch : 1日30キロメートルに及ぶ歩行中、現地の人たちと話す時間はあるのでしょうか。

マルキ : あります。でも自分に守るべきルールを課しています。安全のため、決して現地の人たちの家で寝ることはありません。現地の人の相手をしたりすることが多くなってしまうのです。おばさんやいとこたちがみんな、会いにやって来るのですから。招待は受けますが、庭で寝ます。同じ部屋で子どもたちの騒ぐ声を聞くこともありませんし。

swissinfo.ch : 記録を破るために1万7000キロメートルを歩くのですか。

マルキ : パフォーマンスではないのです。1万7000キロメートル、それはおおよその数字です。オーストラリアでは、国境やビザの問題はなく、快適に旅することができました。今回、地形と食料補給場所の下見に行き、行くべきところが見つかりました。位置を知るための手助けにはなりせんが、下見は安心材料となりました。それは知的な旅でもあります。わたしの脳細胞は恐怖という信号を発していませんね。

swissinfo.ch : 徒歩というのは、お金がかかりません。かかるのは靴代だけでしょうか。

マルキ : それは大間違いです。お金について話すのは好きではありませんが、通信手段のために高くつきます。わたしがこの活動を始めて20年になります。執筆やマスコミへの出演や講演、通信機器を使って発信することで報酬を得ています。さらにインターネットという魔法の手段を使って旅先にいるわたしから受け手への、ライブでの情報を分かち合っています。

しかし、旅の現場では、歩行による疲労のため、通信にエネルギーを消費することができません。それで、サテライトの携帯電話を使って数字や記号によるメッセージを送ることで、状況を記録しています。例えば、14を押せば「足が痛い」、12を押せば「眠っているテント」などのユーモアのあるイラストが表示される、というふうに。インターネットで私の旅を追随することができます。でも、12時間の歩行の後の空腹とのどの渇き、疲労に耐え、テント張りをするのは非常に疲れます。

swissinfo.ch : 毎日の「マラソン」において、一番困難なことは何でしょうか。

マルキ : 砂漠では、いつもリラックスしています。食料や水がないことが当たり前となり、そのことを忘れています。しかし、わたしは女性であり、単独で旅しているので、人間が一番の障壁となります。絶えず自分を守らなければなりません。世界のある地域では、ご馳走するお茶に、睡眠薬を混ぜたりするのですから。最大の敵は、寒さでも毒へびでも嵐でもなく、人間なのです。護身術を少し身につけましたが、わたしは次のような教えが好きです。「最も賢い武者は、戦わず」

swissinfo.ch : 歩く人の、典型的な1日とは、どんな1日なのでしょう。

マルキ : 日の出前に起きます。いつも、自然と一体化しています。暑い時は、夜に歩きます。周囲と適応するのです。時速6キロで歩けますが、道の起伏にもよります。オーストラリアでは、最初の2カ月間、毎日50キロメートル歩き、その後は、疲れていました。普通、1日12時間歩きます。出発前に食べ、夜にまた食べます。

ですが、1日に1回、お茶の時間を設けています。1日の終わりには、自分へのご褒美 ( ほうび ) が必要なのです。目的地に着く数時間前になると、お茶の時間です。しかし、必ず1日のノルマは達します。30キロメートルと決めたら、それが29キロメートルになることはありません。電池を大量に消費するナビゲーションシステムは、めったに使いません。夜はテントを張り、小さな焚き火をし、ストレッチ体操をします。そして足の状態を点検します。

swissinfo.ch : 24カ月間の孤独とは、どのようなものなのでしょう。

マルキ : サテライトのおかげで電話ができます。しかし、目的は環境と一体になることです。歩くことは、必要な痛みなのです。移動のための手段です。歩くペースが、わたしの生き方のペースに合っているのです。聴覚や嗅覚といった五感が本来の能力を取り戻し、研ぎ澄まされていきます。

歩くことが苦痛ではなくなり、自然に溶け込んでいきます。砂漠も、風も、背中の荷物も消え、ただ、恍惚感だけがあります。だからこそ、わたしはまた歩くのです。わたしが魅せられたのは、人ではなく、砂漠やジャングルなど、人間の手がつけられていない、ありのままの自然なのです。

オリビエ・グリバ、swissinfo.ch
( 仏語からの翻訳 魵澤利美 )

サラ・マルキ氏

<出身>
1972年スイス、ジュラ州生まれ。ヴァレー州ベルビエ在住。
<愛読書>
若い時からのスポーツ・ウーマン。エラ・マイヤール、ベルナール・モワテシエ、フィリッピ・フレイなどの冒険作家の書物を読む。
<歩行>
1995年から、世界中のあちこちへと徒歩にて出向く。
<アメリカ>
2000年、アメリカ合衆国を4カ月間で縦断。
<オーストラリア>
2002年6月~2003年12月、マルキ氏は原始林の1万5000キロメートルの単独歩行を行った。そこで愛犬ジョーと出会う。
<アンデス>
2006年、地球上で最も乾燥しているといわれる過酷な地の1つである、アンデス砂漠の8カ月間歩いた。チリのサンティアゴから出発、最終地はペルーのマチュ・ピチュ。
<著書とDVD>
マルキ氏は各国で講演を行い、『砂漠の冒険家』(2004年刊)『アンデスの道』( 2007年刊 ) 等、多数の著書がある。旅路を紹介したDVDも発売されている。

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「飛ぶものと這うもの」

テント、寝袋、飲料水確保のためのフィルター、25リットルの飲料水タンク、計25キロを背負うため、食料は持参しない。
毎日、食料を調達しなければならない。「3カ月ごとに調達される食料や衣料、靴、寝袋などの補給地に行き着くまで、住民が住む村で食料を補給しなければなりません」
「食料が尽きれば投石の道具を使って、鳥やへびなど、飛ぶものや這うもの、なんでも捕まえました。木の根元に太くて白いミミズをみつけたこともあります」
水を飲むために、アメリカ軍の集水方法を使った。ビニールで枝を包み、蒸気を集めて水にした。
前回の旅行後、マルキ氏の体重は20キログラム減。

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身体の訓練

一番傷むのは足ではなく、腕のひじから下の部分。
ウォーキングのためのストックが伝える振動によって、腱鞘炎 ( けんしょうえん ) になる。
「わたしはストイックなまでに健康的な生活を送っています。この秋には5、6、10キログラムと荷物を少しずつ重くしていく訓練を始めました。1キログラム増えただけでも、4時間歩いた後では非常に重く感じます」

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