ヨーロッパ内での人権問題を扱うスイスの裁判官
ジョルジオ・マランベルニ氏は、仏ストラスブルグにある「欧州人権裁判所 ( ECHR ) 」の裁判官を務める、スイス代表である。
同裁判所は、欧州評議会 ( CE ) 加盟国における人権擁護の法律を検閲し、また調整する役割を担う。
欧州評議会 ( CE ) は「世界人権宣言」の採択後、「欧州人権条約」を制定し、さらに「欧州人権裁判所」を1959年に創設した。46カ国の締約国からなる同裁判所に、各国は1名の裁判官を送り込むことになっている。また同裁判所の最終判決は関係国を拘束し、スイスは2006年に、家族問題と税制問題に関し判決を受けた経験を持つ。長年ジュネーブ大学の憲法、国際法、人権などの教授を務め、2007年1月より、同裁判所の裁判官を務めるスイス代表、マランベルニ氏にスイスの人権問題も含めインタビューした。
swissinfo : ECHRの終局判決は、関係国にどのようなインパクトをもたらすのでしょうか?
マランベルニ : 基本的に2つのタイプがあります。1つは直接的なものとして、その国の法律を変えてしまう例です。スイスでは、ECHRの終局判決が、配偶者の名前に関する民法改正を助け、また刑法上の手続きを連邦内で統一させたことがありました。
間接的なものとしては、ある国に対しての判決が、最終的にECHRの判断に合致するようにという観点から、他国の法律を変えてしまうこともあります。
swissinfo : 人権を擁護する判定の過程で、今までどのような変化がありましたか?
マランベルニ : ECHRが始まった頃に扱った違反行為は、生存権を侵すような重大な判例はまれでした。従って判定の過程で、公正さに重きを置きながら進めればよかったのです。ところが、トルコの欧州評議会 ( EC ) への加盟は決定的な変化をもたらしました。拷問や生存権にかかわる重大な人権侵害などを扱うようになったのです。
swissinfo : クリストフ・ブロッハー司法相が、国際法より国内法と国民の主権のほうが勝ると述べましたが、このことをどう思われますか?
マランベルニ : 要するに直接民主制と基本的自由の擁護と、どちらに価値を置くかということです。これは結論を引き出すのに長時間を費やす問題です。しかし経験からすると、国民も誤まった判断をするし、時には基本的人権に反する決定をすることもある。つまり、誰が最終的な決定を下すのか?国民なのか、連邦議会なのか、裁判官なのかということです。
swissinfo : あなたの考えでは、最終的決定を下すのは、誰なのでしょうか?
マランベルニ : 国民を代表するという意味で、長い間、連邦議会だと考えられてきました。19世紀中そして20世紀初頭までこの考えは変わりませんでした。しかし立憲制に基づく諸法廷の設定により、議会の決定がスイスの憲法に合致しているか否かを裁判官がチェックするようになってきました。
ブロッハー司法相は、「最後の言葉」はだれが言うかということを提示しているのです。国民か裁判官かということでしょう ( 日本語編集部注/ ブロッハー司法相がローシャッハー司法長官を解雇したことがスイスでは大きな問題になった )
swissinfo : ヨーロッパの法律が重要さを増し、特に難民問題や外国人問題においてスイスの法律もヨーロッパの法律と合致しなくてはならない局面がでできましたが。
マランベルニ : 前世紀の終わりと今世紀初頭に立憲制の歴史に大きく影響を与えた3つの要素があります。
第2次世界大戦までは、人権はほとんど問題にされませんでした。1948年の「世界人権宣言」の採択以後、人権は重要さを増し、今日ではすべてが人権との関係で価値づけられようになりました。
人権擁護を保障する立憲制に基づく法廷の拡大とその重要性や、基本的自由や人権を強化することに貢献する国際諸機関の創設などは素晴らしい結果を生んでいると思います。
swissinfo : ところで、イスラム教のモスクの塔であるミナレットの建設が、スイスでは大きな問題になっていますが、もし禁止することになれば、宗教の自由に反するのではないでしょうか?
マランベルニ : 宗教の自由はすべての人のものです。それにスイスではイスラム教は、キリスト教に次いで信者数が多い宗教です。彼らにも宗教的儀式を行う場を持つ権利がある。ミナレットの建設禁止で彼らを追い出そうというのはおかしなことです。我々も教会を持っているのですから。
swissinfo : しかし、ミナレットはスイスのアイデンティティーを阻害すると考える人がいるのです。
マランベルニ : われわれは、今日マルチ文化の中で生きていることを認識すべきです。このマルチ文化への移行は逆行できない歴史なのです。それに移民の流入を防ぐためにスイスの周りに壁を建設するわけにいかないことは明白です。
swissnfo、 フランソワーズ・ゲーリング 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳
欧州評議会 ( CE ) は1948年の「世界人権宣言」の採択を受け、国際的な人権保障の履行のため「欧州人権条約」を策定した。
欧州人権裁判所は同条約により1959年に創設された。46の締約国からなり、各国は1人の裁判官を同裁判所に送る。
締約国または個人は、欧州人権条約締約国の行為が同条約の定める人権規定に違反すると考えた場合、同裁判所に直接申し立てをすることができる。
英語とフランス語が公用語だが、申し立ては41の言語で書くことができる。
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