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ロナウジーニョの手首獲得大作戦

ロドルフ・カタン、ロナウジーニョ、エピトー(左から右へ、写真提供;ロドルフ)

いよいよW杯(ワールドカップ)開幕。中でもブラジル代表、ロナウジーニョは「地球最強の男」として世界中の企業が熱い視線を送っている。

このスーパースターに販売促進に協力してもらうためには、通常、莫大な広告料が必要だ。ところが、ほとんど無名だった時計メーカーがただ同然でロナウジーニョの手首を獲得した。

これは業界のクーデターと称されるほどの快挙だった。何しろ、彼らはただ同然でロナウジーニョの手首に自社の時計を巻かせることに成功したのだ。

ウルトラCのアプローチ

 時計の町として昔から有名なラ・ショードフォン近郊、レ・ボワに、この小さな時計メーカー、ロドルフ・ウォッチの本社がある。創業1996年。時計産業に躍り出たばかりの新星が、一体どうやって?天下のブラジル代表に接近するためには、ウルトラCの必殺技と地道な努力が不可欠だった。

 時計の針を2002年の夏に戻してみよう。当時すでに時計デザイナーとして名前が知られていたロドルフ・カタンと、ジャッキー・エピトーは、W杯でブラジルの優勝を目にして興奮した。歴代最高記録、5回目の優勝だ。「私たちはサッカーへの並々ならぬ情熱で大変気が合っていました。この前代未聞の優勝を目にして、ぜひともブラジルの勝利に捧げる時計を作ろうと心に決めたのです」とロドルフ・ウォッチの社長、ジャッキー・エピトー氏がスイスインフォに語った。

 そして出来上がったのがこの時計、100個限定の「インスティンクト・ペンタ(Instinct Penta)」で、ブラジルの国旗の色である黄色と青と緑が基調になっている。お値段は1万5000フラン(約140万円)。100個はたちまちさばけ、残りは15個のみとなった。偶然、エピトー氏は知り合いを通じて、この時計の存在をブラジル代表に知らせることができた。ブラジル代表が2003年3月にポルトガルに遠征した際、エピトー氏はこの時計を自分の腕に巻きつけて、彼らのホテルに乗り込んだ。

 「ホテルのロビーで彼らを待ち構えていました。そして選手たちと親しくなり、バーで一杯ひっかけるほどになったのです」とエピトー氏は当時を振り返る。「カフー、ロベルト・カルロス、そしてロナウジーニョ。彼らは私の持ってきた時計をそれぞれ手にとって、『半額払うからくれないか』と言ったのです」。まさに願ったり叶ったり。

しかし、それからが長かった

 去年初め、エピトー氏はブラジルに飛んでカフーとロベルト・カルロスに約束の時計を持ってきた。しかし、ロナウジーニョの足を止めるのは、サッカー場のピッチの上に立っているのと同じく、予想以上に難しかった。

 スペイン・バルセロナのチームと契約した2003年、ロナウジーニョが出る試合はサッカーの世界で最も手に入りにくいチケットだ。フランスのサッカー専門誌によると、ロナウジーニョの年収は、今まで世界最高だったデービッド・ベッカム選手を超え、チームからの給与3600万フラン(約32億円)にコマーシャル契約などの別収入を加えたものとなった。このような相手に接近するのは並大抵のことではない。

 ロナウジーニョの姉、デイジーに何度も電話をかけた後、エピトー氏はやっと彼の忙しいスケジュールの隙間にもぐりこむことができた。時は2005年6月、バルセロナ。エピトー氏は時計を渡すために万全の準備を整えた。

 「なんだか変な感じでした。50人ぐらいのマスコミ陣と待っていたのですが、彼らは本人が現れるとは信じていないようでした。でもロナウジーニョは時間通りに現れました。ラッパーのような、上から下まで真っ白ないでたちで、いつものように、にこにこしていました」

 「全てのマスコミがサッカーの話に集中しましたが、そのたびに私たちは時計の話に戻しました」。ロナウジーニョは約束していたペンタの他にロドルフ社から「日常使いに」、6000フラン(約56万円)の「インスティンクト・セマイ二エール(Instinct Semainier)」というモデルも受け取った。しかし、それ以外にはバーでした約束に何ら変更なく事が運んだ。ロドルフ社はこの世界の常識で言ったら、まるでただ同然で、ロナウジーニョの腕を獲得したのだ。

愛こそすべて

 「成功の鍵を握ったのは、私たちのサッカーとブラジルへの愛でした。そして、選手たちへの独特のアプローチの仕方ですかね」とエピトー氏は言う。彼はなんとこのために約20回もブラジルに飛んだのだ。「私たちはいつも差し出がましくなく振る舞い、決してパパラッチのようにしつこく追い回したりしないように気をつけました」

 エピトー氏にとって、この2年以上かかった努力の報いはこれだけではなかった。この若い時計宝石メーカーにとって、新たな成功への扉を開いたのだ。

 10年前に創業されたロドルフ社は、従業員約40人の中小企業だった。2000フラン(約19万円)の婦人用時計から10万フラン(約930万円)の最高級時計まで、年間200種類の時計を生産していた。2005年3月、ジュネーブに本店を置く世界的に有名な時計メーカー、フランク・ミューラーがロドルフ社の経営権を握った。これは同社にとって世界市場に打って出る無限の可能性を開くことになる。この結果、同社の販売拠点は去年の200店舗から、今後世界中に1000店舗まで拡大される。

swissinfo、アダム・ボーモン 遊佐弘美(ゆさひろみ)意訳

キーワード

時計デザイナーのロドルフ・カタンがロドルフ・ウォッチを創業したのは1996年。
「ペンタ」はラテン語で5を意味し、ブラジルのW杯5回目の優勝を記念して作られた。

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補足情報

‐同社のデザイン部門はラ・ショードフォン、生産は近郊のレ・ボワで行われている。

‐ロドルフ社は2005年3月に大手時計メーカーのフランク・ミューラー社に買収された。

‐W杯が開催されるドイツに行く前に、ブラジル代表はルツェルン郊外のヴェッギス(Weggis、人口3886人)という小さな町に滞在して調整を行った。

‐ヴェッギスでは新しく建設したサッカー・スタジアムや5つ星のパークホテルなどを無料で提供。見返りとしてブラジル代表はルツェルン・チームと親善試合を行った。

‐ヴェッギスは他の40の候補地から選ばれた。理由として、風光明媚で静かな環境や、施設の利用や滞在費は無料、という好条件ほかに、ブラジル・サッカー協会に支払われた145万フラン(約1億3400万円)が大きかったとも言われている。

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