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科学

人工知能の倫理問題、求められる国際ルール

デジタル化・ネットワーク化された技術は経済や社会に大きなチャンスをもたらすが、同時に顔認証といった倫理的な問題も引き起こす。人工知能(AI)分野をリードするスイスの主導力が試される。

このコンテンツは 2021/02/05 08:30
Luigi Olivadoti(イラスト)

自動化による雇用喪失、フィルターバブルの出現、個人情報の保護、顔認証、ディープフェイク動画、サイバーセキュリティ、人工知能(AI)技術の悪用――。デジタル化は過去に前例のないほど多くの新しい倫理的課題をもたらした。

AIが間違った人の手に渡った場合、どんな脅威が待ち受けるのか想像などしたくない。例えば殺人ロボットの厳格なルールの必要性を巡り、ジュネーブの国連で何週間も議論が交わされたが、いまだに世界各国で意見が分かれている。

確かに、そのような完全自律型兵器はまだ存在しない。だがAIやその他のキーテクノロジーの進歩は目覚ましく、この分野への高額な投資を考えても、数年以内に実戦配備が可能になる恐れがあると活動家らは警鐘を鳴らす。

スイスはAI開発における先進国の1つだ。AIは、人間のように考えて判断できるよう学習するソフトウェアで、大量のデータを処理して学んでいく。

スイスでも多くのスタートアップ企業がロボットやアプリ、デジタルアシスタントといった学習能力を持つシステムを開発しており、ビッグデータのおかげで生活の利便性が向上している。だが企業は、開発過程で常に倫理上の問題にぶつかる。この問題の根本的な部分は、主に技術を販売したいだけの企業が、どこで線引きをするか決めかねてしまうという点にある。

特に「研究」と「具体的な用途」が交わる時に、この点が浮き彫りになる。例えば、スイスの大学は米軍を資金元とするプロジェクトにも参加しており、その分野は空域監視カメラから自律制御の偵察用ドローンまで多岐に渡る。

スイスの目標

AIをめぐる倫理基準の構築において、スイスは世界のパイオニア的役割を果たしたいと考えている。だが、そのためには一体どこから手を付けたら良いのか?その試みの1つとして、この新技術に対するユーザーの信頼度向上を目的とした「スイス・デジタル・トラスト・ラベル」がある。デジタルサービスに関するより多くの情報を提供し、透明性を生み出し、倫理的な価値観の尊重を保証するために考案された。

「このラベルは同時に、倫理的かつ責任ある行動が企業の競合上のメリットになるよう促すためのものだ」と、ラベルを推進するスイス・デジタル・イニシアチブのニニアネ・ペフゲン理事は言う。

AIに関するルールや、倫理的な境界線を明確に定義する必要があるという点において、意見は幅広く一致している。連邦政府はこのため、省庁横断の作業部会「人工知能」を設置し、昨年11月末に行政上のガイドライン「人工知能」他のサイトへを採択した。

同部会が連邦政府に提出した報告書他のサイトへには、「AIの持つ新しい可能性を利用することはスイスにとって重要」で、「そのため、スイスはAIの研究、開発、応用の分野で世界有数の革新的な拠点としての地位を確立し発展すべく、できる限り最適な枠組みを整えることが不可欠である。同時に、AI活用に伴うリスクにもアプローチし、タイムリーに対処すべきだ」とある。

異なる道徳の概念

一方で、国際的に拘束力のあるガイドラインを求める声も多方から上がっている。欧州議会他のサイトへはAIがもたらす可能性とリスクの問題を集中的に議論し、欧州委員会の専門家グループは、2018年末にAIに関する倫理ガイドライン他のサイトへを発表した。

このようなガイドラインや意思表明は、既に数多く存在する。ところが連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の保健倫理・政策研究室が系統的に分析したところ、84種類の関連文書の中に共通の倫理原則が1つもないことが判明した。

基本的な倫理的価値観がそれぞれの国家で大きく異なることを考えると、国際的に統一されたAI規制が実現できるかは甚だ疑問だ。ともあれ「透明性」、「正義と公平性」、「危害の防止」、「責任」、「データ及びプライバシー保護」という5つの基本的な価値観は、現存の宣言の半数以上で言及されていた。

連邦工科大学の新しいAIセンターは、少なくとも欧州の道徳的価値観に焦点を当てている。各学部におけるAI研究の集約を目的とする同センターは、常に「人間」に焦点を当てて研究を行うとアレクサンダー・イリッチ主任は言う。

「新しく何かを創造する者には、同時にそれに対する責任がある。だからこそ我々は対話に参加し、AIアプリケーションの開発において欧州の価値観を取り入れるよう、積極的にアピールしていくことが重要だ」(イリッチ氏)

AIを使用する最も大きな理由は、AIが私たちの生活をシンプルにできるからだろう。主に時短がそのメリットだが、AIが人命を救うこともある。狭い空間でも使えるレスキュードローンにAIを組み込んだケースなどがその一例だ。

欧州議会のシンクタンクの試算では、AIは2030年までに世界の温室効果ガス排出量削減に1.5~4%貢献できるという。これは概算して全ての航空交通が排出する量に相当する。

政府の作業部会は、「エネルギー供給、食糧、住宅、移動手段の分野におけるシステム変革をめぐる課題は大きい」とし、AIが「これらの課題に対処するためのキーテクノロジーとして重要な役割を果たす」と報告している。

新型コロナウイルスの大流行を受け、数多くのサービスが事実上一夜にしてデジタル化され、日常生活におけるAIが本格的に促進された。学校や病院といった公共施設の消毒に使われるロボットもその一例だ。

失業への不安

だがAIに批判的な人は多い。世界的に有名な宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士は、「AIの到来は、人類史上最善の出来事になるか、または最悪の出来事になるだろう」と述べている。また、AIとロボットは仕事だけでなく人間そのものを危険にさらすかもしれないと「殺人ロボット」の批判者は警告する。

こういった懐疑論は一般社会でも広がりつつある。産業界がすでに次々とシステム改革を進める中、ビッグデータ、AI、商品のネットワーク化、3Dプリンターといった新しいテクノロジーは、従業員に求められるスキルを大きく変えようとしている。そして単純作業はますます機械に取って代わられるだろう。

そのため、職場でのAIの活用が遅かれ早かれリストラにつながるのは想像に難くない。研究が示すように、自動化システムは現在人間が行っている仕事の半分以上をより速く効率的にこなせる。

スイスの研究者クサヴィア・オーバーソン氏は、従来人間が行っていた仕事をロボットに置き換える場合、「ロボット税」を導入するよう提案する。そして税収は社会保障制度の財源や、失業者向けの研修制度に活用すべきだと提言する。

だが、この議論の中で消費者は置き去りになっていないだろうか?AIの応用に懐疑的な消費者は多いが、調査他のサイトへによると、市民の懸念はAIが人類を一掃したり支配したりするという驚異より、むしろデータの安全性にある。そのためユーザーに対し技術を透明化するようメーカーへの圧力が高まっている。

イリッチ氏は、AIセンターの目標を例に取りこう話す。「AIは実際に何ができるのか、人々との対話を通して示したい。分かり易い具体例は多い。特に医療やデジタルヘルスの分野で今起きていることは、全ての人に該当し、分かり易く、多くのメリットをもたらすものだ。そしてAIは人間を置き換えるためではなく、サポートするためにあると伝えたい」

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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