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国民投票 兵器輸出禁止の是非

スイスの兵器が戦地や紛争地で武器として使われていることがしばしばスキャンダルになっている。「ピラトゥスPC9」も2008年、チャドで戦闘機として使われていたことが発覚 Keystone

11月29日に行われる国民投票では、兵器輸出禁止を求めるイニシアチブの是非について問われる。平和主義者、左派政党、緑の党、キリスト教教会などが参加するグループ「軍隊のないスイス」はイニシアチブを発足させるために必要な10万人分を9000人分上回る有効署名を集め、2007年9月に政府に提出した。

兵器輸出の禁止を求めたイニシアチブが国民投票で問われるのは、1997年以来2度目となる。前回は投票者の約8割が反対し否決された。今回も、政府や議会はイニシアチブの要求に反対している。

永世中立国・人道援助の国として

 スイスには100%国営の兵器製造業「ルアク ( Ruag )」や、練習用戦闘機を作る「ピラトゥス( Pilatus ) 」に代表される兵器関連企業がおよそ550社あり、その多くは中小企業だ。兵器の輸出額は2008年で約7億2200万フラン ( 約637億円 ) と過去最高額に達した。輸出先は多国にわたるが、トップは1億1000万フラン ( 約97億円 ) のパキスタンだった。

 イニシアチブを発足させたグループ「軍隊のないスイス ( GsoA )」は、政府に対し国際的な軍備縮小と軍備管理に努力するよう要求し、兵器のスイスからの輸出や他国からいったん輸入された兵器がスイスを通って他国に売却されることを禁止する条項を憲法に盛り込むよう要求している。禁止の対象になるのは、兵器一般で、対空ミサイル、戦闘機テスト機、シミュレーション機器などだが、そのノウハウや軍事知識の輸出や仲介業務も対象となる。イニシアチブが国民に承認されれば即刻有効となる。

 「モヴァク ( Mowag ) 製の戦車がアフガニスタンで、ルアク社の手りゅう弾がイラクで、ピラトゥス社の飛行機がダルフールで、スイスの兵器が無実の民間人を殺している。兵器輸出の許可が厳しいということは全くない。スイスの永世中立と人権尊重の歴史が揺らいでいる」
 とイニシアチブのグループは指摘する。

 国民投票が間近に迫った11月中旬には、スイス製のマシンガンがインドのチャッティスガル州で政府側警察に使われていることが「ヒューマン・ライツ・ウォッチ ( Human Rights Watch ) 」の報告で指摘された。現地はインド共産党毛沢東主義派 ( 毛派 ) とインド政府が対立し、インド警察が子供を兵士として雇っている紛争地帯だ。武器輸出の認可を担当する経済省経済管轄局 ( SECO) のシモン・プリュス氏はスイスインフォのインタビューで、この件については調査中と語りながら
「必要とあれば、スイスは現地で輸出品の使い道を検査する権利を持つ」ことを挙げながら、スイス側のチェックを歓迎しない国もあることを認めた。
 
 11月18日にはさらに、ピラトゥス社がサウジアラビアから練習用戦闘機PC-21型が21機の注文を受けたというニュースも伝わった。同時にシミュレーション機器やロジスティックのノウハウの注文も受け、受注総額は5億フラン ( 約440億円 ) になるという。練習用戦闘機でも改良すれば戦闘機になりうることから、サウジアラビアが紛争地へ売却する可能性も指摘されている。

経済と雇用に大きな影響

 イニシアチブに反対する理由として政府は、スイスの経済および雇用市場への影響を挙げる。兵器産業にかかわる労働者のうち1万5000人の労働者に影響が見られると試算している。
「イニシアチブはスイスの重要な産業と多くの労働者を脅かすものだ。輸出ができなければ、スイスの軍事産業はほとんど生き延びることができない」
と主張している。また、イニシアチブが要求するように、輸出禁止で影響を受ける業界へ国家が援助をした場合、5億フランの財政負担がかかることを指摘し、法人税の減少と社会福祉面での弱化は結局スイス全体の力を弱めることになるとも主張している。

 イニシアチブに反対するのは、政府、議会、右派政党などだが、一部の社会民主党員にも反対意見者がいる。例えばルアク社の工場があるトゥーン ( Thun ) 市長のハンスリューディ・フォン・アレマン氏は
「トゥーン市とその近郊に働く900人の労働者だけではなく、その家族も影響を受ける。つまり、トゥーン市全体で何百もの人の生活が危うくなる」
 と訴える。スイス政府は1990年に防衛改革に踏み切り、軍隊の大幅な縮小を行った。その際にもトゥーン市は大きな影響を被ったが、約束された政府からの援助はいまだにないとフォン・アレマン氏は嘆いている。

 ルアク社のルカス・ブラウンシュヴァイラー社長は、スイスの保安と独立性が危うくなると主張する。スイスの軍事産業は国際社会のネットワーク中で、大きな役割を果たしていると指摘し
「国際諸国との関係が失われれば、スイス軍の要求するような技術的独立性を失うことにもつながる。ルアク社はスイス軍のインフラ修理の役割しか担わないことになるだろう」
 と言う。

 国営のルアク社がイニシアチブ反対キャンペーンに巨額の投資をしていることが問題視される中、イニシアチブ側との攻防戦が国民投票前、さらに熱気を帯びている。

佐藤夕美 ( さとうゆうみ ) 、swissinfo.ch

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