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巡礼がもたらす何か

マリアシュタインのバシリカ式教会堂。壮大な造りは見る者を釘付けにする。教会堂左手にある入口から、洞窟内に建立されたチャペルへと入る回廊が続いている

マリアシュタインのバシリカ式教会堂。壮大な造りは見る者を釘付けにする。教会堂左手にある入口から、洞窟内に建立されたチャペルへと入る回廊が続いている

(swissinfo.ch)

ヨーロッパで聖母マリアの出現といえばフランスのルルドやポルトガルのファティマが有名だが、スイスにも同様の言い伝えがある場所が存在している。土地の名は岩(石)のマリア、「マリアシュタイン(Mariastein)」。夫と私は今年の復活祭休暇を利用し、スイスではシュヴィーツ州アインジーデルン(Einsiedeln)に次いで重要な巡礼地と言われる、ソロトゥルン州マリアシュタインを訪れた。

 マリアシュタインへの巡礼ツアーは、バーゼル司教区に属するフランス語圏ジュラカトリック団体「ジュラパストラル」(Jura Pastoral)によって企画されている。毎年復活祭の聖金曜日(イエスが十字架刑に処された日)に行われ、今年で41回目を迎えた。ツアーは教会と休憩場所の提供者への寄付以外は無料、出身地や信仰に関係なく参加できる。

(swissinfo.ch)

 出発は金曜の朝、ジュラ州都ドゥレモンの隣村ソワイエール(Soyhières)にて5時半と決められている。早朝起床に自信がなかった夫と私は、もう少し先にある2つ目の集合場所、ソロトゥルン州クラインリュッツェル(Kleinlützel)村(標高420m)まで車で行き、そこから、急な上り坂となっている山道を歩き始めた。

 道の脇にはイエス・キリストの捕縛から受難を経て埋葬までの14場面がレリーフとなって数十メートル間隔で建てられていた。これらの受難図を順に巡ることをフランス語では「Chemin de croix」(シュマン・ド・クロワ、十字架の道行き)と呼び、通常は教会内の壁に順に掲げられてある絵を見ながら行われる。

 やがてなだらかな上り坂になり、出発から2時間後、休憩地メッツェーレンクリュツ(Metzerlenchrüz)(標高790m)に到着した。巨大な十字架が建てられているピクニック専用地で、各々持参した軽食を頬張りながらしばし足を休めた。それからは下り坂になったが、巡礼慣れしている同行者の後に続くと、まるで獣道のような急坂の近道を通る羽目になった。トレッキングステッキを持っていなかった夫と私は慎重に下った。

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 深い山を抜けると目の前に牧草地が開けてきた。左手に放牧された牛、右手には桜の木。のどかで美しい光景に見とれる間もなく、足元に気をつけながらマリアシュタイン(標高512m)を目指して下り道を歩き続けた。

 マリアシュタインの奇跡が最初に文献に登場したのは1434年だが、少なくともその2~3世代前に聖母出現があったと言われている。

 ある日、母親とその息子が牛の放牧をしていた。正午の暑さを避けて洞窟に入ったが、母親が居眠りをしている間に子供はその場を離れ、あやまって崖から落ちてしまった。目を覚ました母親が慌てて子供を探しに降りてみると、その子は無傷で花を摘んで遊んでいた。息子によれば、美しい女性が彼を受け止め、洞窟内に聖母を祭って欲しいと言い残して消えたということだった。その出来事を伝え聞いた人々は、聖母マリアが出現したと信じ、礼拝堂を建立した。

 その地での奇跡は引き続き起こっている。16世紀半ば、地元の若い貴族が同じ崖から転落したが、怪我を負うことなく助かった。17世紀、聖母の礼拝堂内で司祭が祈っている最中に、頭上で斧や金槌のような音が響くという現象が何度も起こった。司祭が亡くなった2年後、2人のベネディクト修道会の聖職者が来訪し、彼らの努力によって礼拝堂と一体化した新修道院建設が実現したことから、不可思議な音は聖なる予言であったと言われるようになった。

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 マリアシュタイン到着は10時半頃だった。私達のグループの他にも巡礼者や観光客が多数おり、バシリカ式教会堂前で建物の美しさ壮大さに圧倒され見入っていた。ヨーロッパ以外の国から来たらしい人達も集まり始めていた。

 「洞窟」と書かれた標識に沿って教会正門の左手の扉から入ってみると、壁には数多くの石版が留められ、聖母への感謝の言葉が様々な言語で刻まれていた。そこから地下に降り、回廊をしばらく行くと、聖母を祭る礼拝堂がある地下洞窟へと導かれた。

 洞窟の大部分をそのまま利用した礼拝堂は、薄暗く、写真撮影がはばかれるほど厳かな静けさに満ちていた。しばし椅子に座って心身の平安を取り戻した後、教会に上がった。教会内部は、洞窟礼拝堂とは対照的に眩いばかりに豪華なバロック様式だった。

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 ソロトゥルンはドイツ語圏だが、フランス語圏からの巡礼者のための特別ミサが行われた。司祭や修道士はおらず、ジュラパストラルの責任者とボランティアが式を執り行った。

 「貴方がたが、どこの出身で、どんな信仰を持ち、どのようにしてここにやって来たかはまったく重要ではありません」という素朴な言葉に心打たれた。

 聖歌と祈りを交えた40分ほどのミサを終えたジュラパストラルの一行は、昼食を食べる間もなく次の目的地に向かって出発した。既に正午を回っており、空腹を覚え始めたここからの道程が一番長く感じた。先頭に立っていた夫と私は、小雨で湿った落ち葉が積もる獣道を避けて大回りになる砂利道を歩いていたが、行けども行けども休憩地らしい場所が見えず、不安が募った。別れ道付近で立ち止まって後続の人達を待ってみると、彼らも道に詳しいわけではなく、ただ前を歩く者の後を追ってきただけだと苦笑した。

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 3つに別れている道を前にして困り果てていると、昨年の巡礼時に道を間違えて迷ってしまった女性が正しいと思われる道を示唆してくれた。それから約1時半ほど歩いたが、無事、最後の休憩場所である森小屋に辿り着き、遅い昼食を取ることができた。リンゴや自家製サンドイッチがこれほど美味しいと思えたことはなかった。

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 雨は降ったり止んだり。あまり長居すると体が冷え切ってしまうと判断した夫と私は、すっかり寛いでいる皆とそこで別れ、2人だけで帰途を急いだ。道標はほとんどなく、ひたすら勘に頼りつつ下り道へ向かうしかなかった。小雨が降る中、見覚えのある教会の尖塔が眼下に見えてきた時には心底、安堵した。マリアシュタインから休憩を挟んで歩くこと3時間、遂に出発地クラインリュッツェルに戻ることができた。

 キリスト教における巡礼は聖地への礼拝だけでなく、旅の過程も重要視され、神との繋がりを再認識し信仰を強化することが最終目的だといわれる。だが、普段は互いに多忙でなかなか2人きりで過ごす時間がない私達にとっての収穫は、道中、久しぶりにじっくり話せたことであった。熱心な信者とは言い難い私達が、大自然の中で夫婦の絆を結び直せたことは、巡礼で得た大いなる恵みと言える。足の痛みも気にならず、むしろ達成感を伴って心地良く感じるほど、清々しい聖日となった。

マルキ明子

プロフィール:マルキ明子

大阪生まれ。イギリス語学留学を経て1993年よりスイス・ジュラ州ポラントリュイ市に在住。スイス人の夫と二人の娘の、四人家族。ポラントリュイガイド協会所属。2003年以降、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」など、ジュラを舞台にした小説三作を発表し、執筆活動を始める。趣味は読書、音楽鑑賞。

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