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欧州諸国でも特異なスイスの電力市場

電線
© Keystone / Jean-christophe Bott

エネルギー危機によって欧州で電気料金が軒並み高騰している。スイスも例外ではない。だが、スイスでは電力市場の特異性ゆえに影響の出方が大きく異なる。

2007年に完全自由化した欧州連合(EU)の電力市場では、電気料金が軒並み高騰している。EU各国は家計や企業の財政的な支援に乗り出した。完全自由化や市場開放の進め方の見直しを求める声も上がり始めている。

欧州の中央に位置するスイスもエネルギー危機に苦しんでいるが、電力市場が一部しか自由化されていない点でEUとは異なる。スイスの電力市場について重要なポイントを解説する。

スイスの電力市場の仕組みは?

1990年代以降、電気の供給会社と送電網の管理会社が段階的に民営化されてきた。だがその9割は大株主が地方自治体のままだ。スイスの電力市場は2009年に一部自由化され、年間の電力使用量が10万キロワット時(kWh)を超える企業は電気事業者を自由に選べるようになった。しかし、このような企業は電気利用者全体の0.8%にとどまる。

一般家庭や中小企業はいわゆる「固定客」として地域の供給会社の電気を利用する他ない。つまり、所属する自治体によって電気料金外部リンクは大きく変わる。バーゼル市の住民は今年、1kWh当たり0.28フラン(約39.8円)支払う一方、ヴァレー(ヴァリス)州シンプロンの住民は0.11フランでいい。

スイスの主な電気事業者は?

スイスには配電会社が約630社あるが、その7割は発電事業を行っていない。このような会社の多くが明確に限定された地域で電力供給を担う地方自治体だ。一握りの企業だけが全国的に、さらには国際的に事業を展開している。連邦政府はアクスポ、アルピック、BKWの3社を、弱体化すると全国の電力供給に悪影響を及ぼす恐れがある「システム上重要な供給会社」に指定した。

スイスグリッド外部リンクもスイス電力市場で重要な役割を果たす。同社は国内の高圧送電網を一括管理し、欧州各国との電力融通を担っている。同社の主な出資者はスイスのエネルギー大手だ。

スイスの電気料金はどのように決まるのか?

固定客向けの料金は、エネルギー価格と送電費、各種の税金・権利使用料で構成されている。請求額は地方税の額や地域事業者の供給戦略によって自治体毎に異なる。電力の大半を自社で発電する企業や、それを買い取る企業。数年分を先物取引で確保する企業もあれば、短期契約で購入する企業など、供給戦略はさまざまだ。これらの戦略は市場の浮き沈みとともに消費者の請求書に直接反映される。

現行の電力供給法外部リンクは固定客に、供給網の利用、希望するエネルギー量、「適正料金」を保証する。昨年、欧州連合(EU)諸国外部リンクの1kWh当たりの平均価格は0.22ユーロ(約0.228フラン)だったが、スイスでは0.185フランだった。

固定客は電気事業者を変更できないが、電気事業者には正当な理由があれば値上げする権利がある。国内に約630ある全配電会社は毎年、連邦電気委員会外部リンクに料金表を提出しなければならない。同委員会は根拠のない値上げを禁止し、高すぎる料金を過去に遡って値下げできる。

国際的な電気料金の高騰がスイスに及ぼす影響は?

水力発電を中心とする国内の発電量は夏の需要を十分に賄う。しかし、スイスは冬の間、電力の約4割を輸入に頼っている。そのため、供給会社は価格が記録的な高騰をみせる欧州市場でエネルギーを購入しなくてはならない。結果として、スイスの消費者は来年、高い請求書を受け取ることになる。連邦電気委員会は平均27%増と見込む。

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とはいえ、電気事業者によって事情はさまざまだ。ベルン州を拠点とするBKWのように供給量の大半を自社で発電する配電会社は、国際的な価格変動の影響をあまり受けない。同社の顧客が今年支払わなければならない金額は1kWh当たり0.252フランだが、来年は0.255フランに微増する。一方、供給量の4割しか自社で発電しないヴァレー州のロマンド・エネルジーは来年、料金を現行の0.212フランから0.322フランに引き上げる。

エネルギー危機はアクスポやアルピックなど電力大手にも影響を及ぼしており、各社は電力先物取引に必要な担保金の資金繰りに苦しんでいる。アクスポは連邦政府に支援を要請し、最大40億フランの融資枠が認められた。欧州各地で同様の措置が相次いでいる。ドイツやオーストリア、北欧諸国は、エネルギー企業に流動性資金を提供するため数十億ユーロの拠出を決めた。

スイスとEU電力市場との関係は?

技術的に見れば、スイスの電力網は欧州の電力網にとって不可欠だ。国境をまたぐ高圧送電線を41本有するスイスが各国間の送電を担っている。スイスにとっても国内供給を確保するためにはこれらの電力融通が欠かせない。国内の発電量が需要を上回る場合は電力を輸出し、下回る場合は輸入できるからだ。

しかし、スイスはEU加盟国でもなく、市場も完全には自由化していないことから、関係は複雑だ。連邦政府が昨年、EUとの枠組み条約に関する交渉の打ち切りを決定し、欧州各国とのエネルギーに関する二国間交渉も中断した。二国間交渉の再開を見越して、スイスグリッドが連邦政府に代わり欧州の電力事業者とより技術的な交渉を進めている。

スイス市場が完全に自由化されないのはなぜか?

連邦政府はEUの電力市場自由化の流れに乗ろうとしたが、02年の国民投票外部リンクで待ったがかかった。投票者の52.6%の反対でスイス市場の自由化が否決された。一方、17年の国民投票では、国内にある全ての原子力発電所の段階的廃止を定めた新エネルギー法が可決された。

EU市場の動きとスイスの脱原発方針を受けて、連邦政府は電力供給に関する新法外部リンクを検討し始めた。新法は特に、電力市場の完全自由化と国内における再生可能エネルギーの迅速な開発について規定する。法案はまもなく連邦議会で審議される予定だ。目下のエネルギー危機を背景に、白熱した審議が予想される。

仏語からの翻訳:江藤真理

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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