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豊穣の女神デメターも微笑むオーガニックライフ

チューリヒ市の土曜日の朝市は大賑わい。有機野菜のスタンドはいつも順番待ちをするほどの人気ぶり swissinfo.ch

手作りパンから発した前回の記事にはもう少し続きがある。製粉ミュージアム「ミューレラマ(Mühlerama)」にまでわざわざ足を運ばずして、あの100年前の木製製粉機の小麦粉で焼いたパンが手に入る。その名もずばりミューレラマパン(Mühleramabrot)。ドーナツ型の噛みごたえあるハード系のパンで、中身は茶色。一口食べるとナッツのような香ばしさがある。

 チューリヒ市内に数軒の店舗を構えるパン屋ブーフマン( Buchmann )が販売している。夏休み明けに販売再開とのことから今回の記事でお披露目となった。似た風味のパンはほかにもあるだろうが、あの年季入りの製粉機が挽いたのだと思うだけで味わい深く親しみも湧く。こうしたちょっとしたこだわりで話題が広がり食卓が賑やかになるということも食の楽しみといえる。

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 楽しみといえば、朝市で旬の野菜や果物を買うのもまた楽しい。土曜日のチューリヒの朝市は活気に溢れ、つい財布のひもは緩み長居をしたくなる。朝市で人気のある店というのはだいたい決まっていて、有機野菜の店もそのうちの一つだ。農薬や化学肥料を使わないオーガニック農産物は「ビオ(BIO)」の呼称で親しまれ、朝市に限らず、スーパーのオーガニック商品の充実度のほか新しいショップやレストランの開店を見聞きするだけでも、オーガニックがわたしたちの生活にかなり浸透している様子がうかがえる。

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 オーガニックの認証機関は数多くあるが、最も厳しい審査基準で有名なのが「デメター(demeter)」だ。シュタイナー教育で知られるルドルフ・シュタイナーが提唱したバイオダイナミック農法を採用している。この農法は太陰暦に基づいた農業暦と特殊な有機肥料が特徴だ。さらに加工、保存、包装、流通に至るまで細かい規定があり、これらの厳しい審査をくぐり抜けた農産物や製品は、言わずもがな環境保護と安全性という点で最大限の信頼に値する。

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 デメターとわたしの出会いは、やはりパンだった。デメターのパンは全粒粉を使ったものが多く、ずっしりと重く穀物の味がぎっしり詰まっている。大地の恵みを丸ごといただいているという特別な感じが好きだ。

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 また、赤ちゃん用の食品でもデメターを好んで手にする。例えば、離乳食用のオイル。こちらの離乳食の進め方には日本と違う点がいくつかあり、中でも驚いたのは初期の段階から植物油を摂取させることだ。量の目安は離乳食200〜250gに対して小さじ1〜2杯。加熱せず食事に混ぜる。

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 油脂を摂取することでビタミンAなどの脂溶性ビタミンの吸収率がアップし、便通も良くなる。菜種油やひまわり油が一般的で、熱を加えずプレスのみの生搾りが好まれる。圧搾したオイルにはそれ自体にビタミン等が含まれており、天然のサプリメントとも言える。もちろん風味も損なわれない。

 わたしが近頃気に入っているのはアマの種子から得られるアマニ(亜麻仁)油。独特の苦味があるアマニ油はオメガ3を豊富に含む。オメガ3は動脈硬化を予防し脳の健康に良いとされる必須不飽和脂肪酸で、大人にもおすすめだ。消化機能が未熟な赤ちゃんの口に入るものだけに安全で良質なものを求めたくなる。そんな時にデメターのマークを見ると安心する。

 デメターとは元来ギリシャ神話に登場するオリュンポス12神の一柱(日本語ではデメテルまたはデーメーテールと表記)で、人間に穀物の栽培を教えた女神だ。豊穣神の名に恥じることのないその生産方法で、デメターマークはわたしたちの生活に安らぎまでも与えてくれるようだ。

 食品以外では化粧品にもデメターマークが付く。世界で初めて認定されたメーカーはドイツのタウトロッフェン(Tautropfen)とマルティナ(Martina)。薬局やスーパーでよく見かけるヴェレダ(Weleda)はデメター認証こそないものの、シュタイナー自身が創設者で、配合されている成分の多くはバイオダイナミック農法で栽培された植物に由来している。

 そもそもオーガニック化粧品は何が特別なのだろうか。オーガニック化粧品を専門に扱うオンラインショップ「スイス オーガニック ビューティー ソルーションズ(Organic Beauty Solutions Switzerland)」を経営するダバッツ由香さんに詳しい話しを伺った。

 「植物原料が主成分となるオーガニックコスメは、肌の表面のケアだけでなく肌そのものの機能を高め、環境や外的刺激に負けない強い肌を作るサポートをします。・・・即効性は化学系コスメより低いですが、長期的に確実に肌の力を高めていきます」

 人と環境に配慮して大切に育てられた植物には底力があるというわけだ。「日本よりもオーガニックの水準が高いヨーロッパ。毎日お肌につけるコスメも人と環境に良いものを選び、さらにお肌も美しくすることができたら素晴らしいですね」とダバッツさんは語ってくれた。

 身の回りのものをすべてオーガニックに切り替えようとまでは思わないが、自分の生活を振り返った時、自分にとって何が重要かを考えた時、オーガニックという選択肢があることで気持ちが落ち着くということはある。それはパンがおいしいとかコスメが肌に合うとかそういうことだけではなく、オーガニックという言葉から連想される「やさしさ」に安心感を抱くからかもしれない。

中村クネヒト友紀

神奈川県出身。ドイツ語圏に住み始めてあっという間に10年目。スイスには2007年に移住。ドイツ人の夫とちびっ子2人と共にチューリヒ市近郊に暮らす。「手作り」好き。中でも手織り歴は長く、近頃はパン作りにもはまっている。第2子の出産に伴いブログは1年以上お休みをいただいていたが、2013年7月から再開。ブログも「手作り」をキーワードにスイスを掘り下げてみたい。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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