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遺伝子組み換え第3の道

瘡痂病に強いリンゴが市場に出回るのは間近い? Keystone

遺伝子組み換え作物は国民の意思で完全に拒否されているスイスだが、植物の自然環境に悪影響がまったく無いという新しい形の遺伝子組み換え技術がスイス人のリンゴ研究家によって発表された。

チューリヒ市内にある地下2階の研究所で、外気から完全隔離された保温箱の中に置かれたペトリ皿に、小さい植物が育っているのが見える。瘡痂 ( そうか ) 病にかからないリンゴの木だ。遺伝子を組み替えて作られたにもかかわらず有機農作物として認められる可能性があるという点で期待が寄せられている。

同種の遺伝子組み換え

 「9カ月後には野外での試験栽培がスタートできますが、現実的には来年の秋からでしょう」
 と連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ ) の研究チームを率いるチェザーレ・ゲスラー教授は言う。現在研究が進んでいる「グリーンな遺伝子組み換え ( GM ) 技術」による農作物の能力を高める技術の是非については、意見が大きく分かれるところだ。
 
 スイスの有機栽培は遺伝子を操作したものは一切認めていない。しかし、ゲスラー・チームの研究は、遺伝子組み換え技術の第3の道を行くようなものだといわれる。創造された植物は、その植物の遺伝子しか持たないからだ。ゲスラー氏はこれを「シスジェンニック植物 ( Cisgen Plant ) 」と呼ぶ。ラテン語で「シス ( Cis ) 」とは、こちら側という意味で、外来の遺伝子を組み込むトランスジェニック ( トランス Transはラテン語であちら側という意味 ) とは一線を画する。将来農業に有望な研究と評され、スイス国立基金からも50万フラン ( 約5000万円 ) の補助金が出ている。 

技術は悪者ではない

 瘡痂病は放線菌が原因の、主に果実の病気で、農作物にとっては最も厄介なものといわれている。駆除には抗菌薬が必ず使用される。また近年になってリンゴ火傷病も多発し農家の経営を脅かしており、従来行われてきた交配による新種開発や遺伝子組み換えの技術を用い、抗菌力のあるリンゴの開発が急がれている。
 
「トランスジェニックの植物は作りたくないと早くから決めていました」
 とゲスラー氏は語る。チームはリンゴのガラ種 ( Gala ) に野生で瘡痂病に強い種のリンゴの遺伝子を組み込んだ。
「リンゴの遺伝子操作をしているが、それにはリンゴの遺伝子を使っている」
 とゲスラー氏は主張する。

 ところでゲスラー氏は、遺伝子組み換え研究者の中でも異端児的存在と言えよう。彼は遺伝子組み換え農作物を商業ベースに乗せることは時期尚早だという考えで、研究のモラトリアムに常に賛成の立場をとってきた。いまでもモラトリアムを肯定し、より多くの研究に拍車がかかることを問題視している。しかしゲスラー氏も、必要とあれば遺伝子操作を拒まない。
「技術をむやみに悪者扱いすることは間違っている。研究の結果を評価しなくては」
 という意見なのだ。

トランスジェニックは嫌われ者

 農家も消費者もトランスジェニックの農作物に対しては否定的だ。組み換えに使われた異物の遺伝子がアレルギー源を作ってしまうなどといった食の安全に対する不安があるからだ。また、ほかの植物に絶対負けず繁殖してしまうような「スーパー植物」が出現するかもしれないという環境面の心配もある。シスジェニックであれば、こうした心配は時代遅れというもの。食の安全で言えば、いずれもリンゴの木から抽出した遺伝子なので食卓には何度も上がっているもので安全であり、環境面でも、使われる抗菌力のある遺伝子は自然界に何世紀も前からあったものだ。

 ゲスラー・チームの研究はスイスの農業、特に有機栽培に大きな前進をもたらす可能性を含んでいる。有機農法による果実栽培は、毒物を用いないことを意味する。しかしスイスの場合、低農薬栽培では、種類や天候に左右されるが、1シーズンで8回から10回は抗瘡痂病の薬を吹き付けることが認められている。また有機栽培であれば18回まで銅を含ませた液体を畑に撒くことが認められている。銅は瘡痂病に効くためその使用が認められているのだが、スイスの有機栽培協会「ビオスイス ( Biosuisse ) 」は健康を害し環境を破壊する物質であると定めている。この問題を指しゲスラー氏は
「われわれが開発した瘡痂病に強いリンゴであれば、農薬を吹き付ける必要はない。成功率の高いリンゴだ」
 と環境への負担は無いと請合う。

swissinfo、マティアス・マイリ 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 訳

菌性の植物がかかる病気。葉や実にオリーブ色の斑点を残す。菌 ( Venturia Inaequalis ) は、秋に散った葉や枝に付いて冬を越す。翌年、3月末から5月末までの降雨で胞子が飛び、健康な木を求めて繁殖する。人間が食べても毒ではないが、市場では瘡痂病にかかった果物は、斑点が1つでもあれば無価値とされる。スイスで人気のゴールデンデリシャスは瘡痂病に最も弱い。エルスターやトパツなどは強い種類のリンゴに数えられる。軽い場合は、落ち葉を徹底的に焼却することで駆除できる。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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