密輸入者をしのんで
暗い山道を登り、国境に張り巡らされた有刺鉄線の柵に穴をあけ、スイス側に命からがら忍び込む。つい30年前まで、スイスとイタリアの国境には、こうしたイタリアの密輸入者が存在していた。
彼らをしのんで、スイス、ティチーノ州の村スクデラーテで小さな展覧会が開かれている。
イタリアと国境を接するスイスの町キアッソから、ムッジィオ渓谷をジェネロッソ山腹に沿って登っていくと、標高1000メートルの村スクデラーテが現れる。村の居酒屋マンキアーナの傍らのユースホテルで展示されているのは、時には山道から転落し、時には捕まって牢獄に送られながらも密輸入を続けたイタリア男たちとそれに関わったスイス人の物語である。
「スパローニ」
もう30年も前のことなのに、ムッジィオ渓谷の住民はイタリア語で「スパローニ」と呼ばれた密輸入者のことを忘れはしない。 それどころか、当時を懐かしみ、彼らに敬意を表するため、今回、小さな展覧会を企画した。 お金が不足する月には、背中に荷をしょって、夜中に山道を登った、若く荒々しいイタリアの男たち。荷の中身はサラミ、絹、米、など。帰りには「ブリコレ」という荷箱にスイスのチョコレート、時計、砂糖、そして特にタバコを入れて、イタリアに戻った。
有刺鉄線を通過して
「有刺鉄線とタバコ」と題された展覧会には、第2次大戦から70年代の初めまでに撮影された、およそ20枚の白黒写真が展示されている。写真家はクリスティアン・シーファー氏。他に、密輸に関係した資料も展示されている。
密輸入者スパローニたちがよく使ったのは、イタリア側の小さな村エルボンヌとスイス側の村スクデラーテをつなぐ道。間にはブレッジア川が流れている。今でこそ、この2つの村には橋がかかっていて簡単に行き来できるが、当時は一度谷まで降り、川の浅瀬を渡りまた谷を登っていた。夜道で遭難する者。国境に張り巡らされた有刺鉄線の辺りで、税関の監視人に捕まる者もいた。
イタリア側の村エルボンヌでも、この機会に2日間の祭りを行い、税関の事務所をスパローニの小博物館に改装した。1604年まで、スイスのムッジィオ渓谷に属していたこの村は、その人口11人の内10人までがスイス国籍である。
生き証人
「スパローニは村の連帯を強めてくれました」と語るのは、居酒屋マンキアーナの主人で今回の展覧会の責任者、ゲリノ・ピファレッティさん ( 62歳 )。彼はスパローニの時代の生き証人でもある。
「50年代半ば、私はまだ小さな子供でした。でもスパローニに売る荷箱ブリコレを作る仕事を毎日父に手伝わされました。学校が終わっても友達と遊ぶ時間なんてありませんでした」と懐かしむ。
もう一人、この時代に郷愁を感じているのはキアッソに住むフェルナンド・ボッシさん(75歳 )。彼も荷箱ブリコレを作ってきた。それはジュートで覆われた厚紙の箱。ボッシさんは1958年から2002年まで、タバコの保管倉庫管理の仕事をしてきた。そして、箱を作るのみならず、卸売商から買ったタバコをブリコレに詰めてスパローニに売っていた。
「スパローニ」の終わり
「我々がやっていた輸出は『輸出2』と呼ばれて、スイス連邦政府が認めていたものなのです。税関も簡単に通してくれました。問題はイタリア側だったのです。タバコはイタリアの国の専売特許だったのです」とボッシさん。「1973年、スイスフランとリラの交換率が悪くなり、またスイスのタバコの値段が急騰し、この『輸出2』は終わりました」
「一日40個ものタバコ入りのブリコレを作っていましたから、20年で25万個作ったことになります。わたしのブリコレは評判がよくて、遠くコモ湖畔やアンテルビ峡谷までその名が聞こえていました」と昔を懐かしむ。
swissinfo、ジェマ・ドゥーソ、里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 意訳
– ティチーノ州のコラ渓谷やモロビア渓谷と同様、ムッジィオ渓谷は何十年もの間、イタリアの密輸入者スパローニが侵入する場所として有名だった。
– 第2次大戦から1973年の間に、およそ5000人のスパローニが隠れて行き来し、米、サラミ、絹、タイヤなどをスイスに持ち込み、代わりにコーヒー、チョコレート、時計、タバコなどをイタリアに持ち帰った。
– イタリアの税関、ないしは財務警察にみつかると、品物を取り上げられるだけでなく、高い罰金を払わなくてはならなかったし、ひどい時は投獄された。
– 税関に見つかって殺されたり、追いかけられている途中で死んだりした者も数多い。
– 「有刺鉄線とタバコ」と題された展覧会は10月20日まで、スクデラーテのユースホテルで開かれている ( 水曜を除く )。
– 同展では、ベリンツォーナの州立資料館から借りたクリスティアン・シーファー基金の写真、荷箱ブリコレ、静かに歩くための靴に巻いたジュートの布などが展示されている。
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