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革命が続くアラブ諸国-連邦外務省開発協力局の役割

リビアから避難してきたバングラデシュ人労働者たち。チュニジアとリビアの国境にある難民キャンプで食料を求めて長蛇の列をつくる。 Keystone

連邦外務省開発協力局は創立50周年を迎えた。記念すべき年がアラブ諸国の民主化改革の時期と重なった。人道支援以外に長期的な開発援助を行っていくか、スイス政府の方針は現時点では未定だ。

このコンテンツは 2011/03/19 15:00
クリスティアン・ラーフラウプ, swissinfo.ch

開発協力局 ( DEZA/DDC ) のマルティン・ダーヒンデン局長が革命後のチュニジアとエジプト、今後の行方が不明なリビアについて、スイスの果たす役割について語る。

スイスが行う援助

ダーヒンデン氏は連邦議会が開発援助の追加予算を決定したことを歓迎している。援助資金の増額によって、世界的な問題だけでなく地域に限定した問題もより効果的に解決できるからだ。しかし、革命が起きた国に対しては、短期的な人道支援と長期的な開発援助を区別して考える必要があると言う。

スイスは既に2月末から人道支援を開始した。まず、10人のスイス人専門家が開発協力局より派遣され、3チームに分かれてエジプト、チュニジア両国のリビア国境に配置、人道的な被害や衛生問題が起こらないよう支援している。

スイス政府は毛布3000枚とテント200張りの物資を提供。そのほか1500万フラン ( 約13億2600万円 ) の追加予算を決議し、各3分の1の資金を赤十字国際委員会 ( ICRC ) 、国際移住機関 ( IOM ) 、スイス人道支援団 ( Schweizerisches Korps für Humanitäre Hilfe/SKH ) に拠出した。

「 ( 政府から追加予算を得たことで ) これから数週間にわたり、人道支援をさらに強化できるだろう」

とダーヒンデン氏は意欲的だ。

すべては政治的決定

「開発援助は人道支援とは別の問題。これは長期的な現地政策に関わることで、国の政治的な判断が必要となる」

とダーヒンデン氏は語る。

2009年、スイス政府は開発援助を行う途上国の数を17カ国から12カ国に減らすと発表。翌年、開発協力局は約50年間活動してきたインドやペルーから撤退し、北朝鮮の特別プログラムも打ち切った。

この先、スイスが北アフリカ地域の開発援助を行うかどうかは政府の方針次第。政府の決定は、途上国に支援する援助金の配分にも影響する。

「この地域を支援することはヨーロッパやスイスにとって重要なことだ」

とダーヒンデン氏は力説する。また、国家の民主化に向けた援助、地方官庁の建設、それに伴う労働や収入に関する知識の供給など、これまで開発協力局が長期的に途上国を支援してきた実績があることを強調する。これらの分野での援助は、法治国家や経済システムの構築を目指す途上国にとって非常に価値があるものだ。

発展途上国が必要とするもの

開発協力局が長期的に北アフリカ地域で開発援助をしていくことを政府が認めるかどうかは現在のところ不明で、これに反対する意見もある。しかし、連邦議会は向こう2年間の援助資金をこれまでより6億4000万フラン ( 約563億9000万円 ) 引き上げることを決定した。政府は2015年まで国内総生産 ( GDP ) の0.5%を開発援助の予算に当てることを目標にしている。

国連は国内総生産の0.7%を開発援助に割り当てることを目標に掲げ、ノルウェーは既に国内総生産の1%以上の予算を拠出している。スイスはそれには満たないが、ダーヒンデン氏は予算枠が広がったことに対して、政府から信頼を得た証だとして喜びを隠さない。

スイス政府が決定した追加予算は主に二つの目的に投資される。一つは貧困国にとって最も重要な治水、もう一つは代替エネルギーを通じた機構保護だ。また、援助金の一部を使って、多国間債務免除プログラムにスイスが代わって負債を返済するという。政府による予算増額がなければ不可能だったことだ。

ダーヒンデン氏は50年間活動を行ってきた開発協力局の存在意義を主張する。

「以前は開発協力局に対する批判的な見方があった。しかし2年前に行われた世論調査結果は、スイス国民の約5割が途上国の援助に賛成で、国民の3分の1は予算の増額にも賛成だった。援助を控えるべきだという意見は約2割程度しかなかった。ただし、この2割の国民はわれわれの予算が実際どれだけのものか理解しておらず、過大に見積もっていた。彼らは、スイスが世界で最も多額の資金を援助していると誤解していたのだ」

人道主義を伝統とするスイス

連邦外務省開発協力局 ( DEZA/DDC ) は創立50周年を迎えたが、スイスは既に150年間人道主義を貫き活動している。初期の人道支援活動は個人によるものが主だった。

1863年-アンリー・デュナンがジュネーブに赤十字国際委員会 ( ICRC ) を設立

1918年-カトリック教会の救援組織カリタス ( Caritas ) が戦争で負傷した子どもたちのスイス滞在を支援

1936年-スイス労働者救援機関 ( Schweizer Arbeithilfswerk ) 創立

1948年-ヨーロッパ内の戦争被害者に対し、経済援助や募金活動を1944年から続けてきた組織がスイスエイド ( Swissaid ) を結成

1946年-スイス福音協会救援機関 ( Hilfswerk der evangelischen Schweiz ) 創立

1950年-ネパール開国時に4人のスイス人が政府の資金援助によって派遣

1951年-国連の技術援助プログラムに政府が資金援助を開始

1955年-スイスヨーロッパ外地域救援機関 ( Schweizerischer Hilfswerk für aussereuropäische Gebiete ) 創立 ( 1965年、ヘルヴェタス ・ Helvetas に改名 )

1960年-人間の大地 ( Terre des Hommes ) 創立

1961年-スイス政府が発展途上国技術援助のため代表派遣委員を任命 ( 後の連邦外務省開発協力局創立となる )

1974年-スイスが欧州人権条約 ( Europäische Konvention ) に加入

1976年-国際開発援助と人道支援に関する法律を制定

2011年-連邦議会が2015年までに国内総生産の0.5%を開発援助予算に当てることを決議

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