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スイスの住宅難は「空間計画法の改悪が原因」 LSE教授に聞く英住宅危機との違い

チューリヒのビル街
チューリヒ市が建設中のアパート「トラムデポ・ハード」(馬の銅像がある建物)には1万5000件の申し込みが舞い込んだ Keystone / Michael Buholzer

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の不動産経済学者、クリスチャン・ヒルバー氏は、スイスは住宅建設において英国の過ちを繰り返す寸前だと指摘する。国民投票で有権者の支持を得た空間計画法改正が思わぬ副作用をもたらしており、再改正が不可欠だとみる。

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「イングランドは環境保護と人々の住宅ニーズを両立させなければならない」。キール・スターマー英首相はイングランドの住宅危機対策を発表した昨年12月、こう明言した。

英国、特にロンドンは深刻な住宅危機に陥っている。不動産市場の安定化を目指すこの対策は、イングランドに新築住宅を年37万戸、うち8万7000戸をロンドンに供給することを柱とする。イングランドの新築住宅数としては1970年代以来の多さとなる。

同じく住宅危機に直面するスイスは多くの点で英国と共通する。スイスも2014年に空間計画法が大幅改正されて以来、土地利用が厳しく制限され、建設用地が新たに指定されることは事実上なくなった。

スイスもイングランドのように自然地域を保護し、都市のスプロール現象を抑制したいと考えている。住宅建設が外国人労働者の流入に追い付いていない点でもイングランドと共通する。

クリスチャン・ヒルバー教授
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのクリスチャン・ヒルバー教授(経済地理学)  本人提供

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の不動産経済学・経済地理学者、クリスチャン・ヒルバー教授は、スイスの状況にも懸念を抱いている。

ヒルバー氏は2024年、UBS銀行や不動産コンサルティングのヴュースト・パートナーなどの委託を受け、チューリヒ大学の非常勤教授に就いた。スイスの住宅供給を調査するためだ。swissinfo.chはヒルバー氏に取材した。

swissinfo.ch:スイスでは空きアパートがほとんどなくなり、住宅価格は人口の8割にとって手の届かない水準に高騰している。一体何が起こっているのか?

クリスチャン・ヒルバー:スイスでは持ち家と賃貸物件の両方で需要が強く、同時に2010年代半ばごろから供給がさらに硬直化している。

そのころにスイスは住宅政策を転換し、土地利用を制限した。それが現在の状況の主因なのか?

その点については少し詳しく説明する必要がある。スイスは確固たる連邦制をとる。課税自主権と広範な基礎自治体(市町村)の自治権を伴う空間計画の組み合わせが都市のスプロール化をもたらしている。

自治体は高額納税者を誘致するため、数十年にわたり土地の用途変更を志向してきた。端的に言えば、どの自治体も(元スターテニス選手の)ロジャー・フェデラーを求めていた。

だが都市のスプロール化は政治的圧力をも生み出し、別荘イニシアチブ(国民発議)へと発展した。2012年の国民投票で、山岳地帯における別荘建設を規制する法案が僅差で可決された。続いて2013年には空間計画法改正案も国民投票で可決され、土地政策における自治体の自主性が大幅に制限された。

空間計画法の改正は国民投票で6割を超える賛成を得ており、国民の大多数意見だったと言える。

その通りだが、改正の影響は完全に過小評価されていた。だがその影響は今目に見えるようになってきたばかりだ。だいたいにおいて、スイスは今のところ住宅危機に直面していないと言わざるを得ない。

だが2025年のスイス全国の空室率は1%を下回ると予想されており、広範囲にわたる住宅不足が起きていることを示唆する。チューリヒ市内の平均的な一戸建て価格は、約330万フラン(約5億9千万円)だ。

それでもイングランド南東部やロンドンの住宅不足とは比べものにならない。スイスの住宅価格が非常に高いのは事実だが、収入だけでなく借入コストも考慮する必要がある。スイスの住宅ローン金利は低く(訳注:10年固定で1.4%~2.05%)、月々の負担は軽減されている。イングランドでは、4.5%を下回る住宅ローンはほぼ無い。

家賃もイングランドに比べればまだかなり手頃だ。ただし、ここで言う家賃は平均家賃であり、新規家賃ではない。

またすべての地域がそうというわけではない。チューリヒ湖東岸のゼーフェルトのような人気の地域では需給が逼迫し、高騰している。

スイスは公共交通機関が発達し、どこにでもすぐ移動できる。それは何らかの違いを生むか?

チューリヒへの通勤時間40分圏内に非常に手ごろな賃貸住宅があるのは、ロンドンとは対照的だ。

私自身を例に挙げると、通勤に片道1時間かかり、その間立っていなければならないため通勤途中に仕事をするのは不可能だ。それでもかなり恵まれているほうで、私の住む地域はほとんどの人にとって手が届かない。

だが根本的な違いは交通ではなく供給面、つまり住宅不足だ。この点ではスイスはイングランドと同じ道を歩んでいるが、約20年遅れだ。

振り返ってみると、イングランドは何を間違えたのか?

イングランドの都市計画制度は機能不全に陥っている。スイスでは住宅や商業など用途を建築区域ごとに指定しているが、イングランドは異なる。いかなる土地利用の変更にも地方自治体の承認が必要だ。

スイスとは異なり、イングランドは財政面を含めて高度に中央集権化されている。つまり、スイスでは建築区域を指定する強いインセンティブがある一方で、イングランドではそうした魅力はない。建築指定はまずとにかく費用がかかる。インフラを拡張しなければならないが、回収できるのはだいぶ後で、しかも一部に限られる。

つまり、建設を促進するインセンティブがない。また地域住民も建設を望んでいない。住民の大多数は住宅所有者で、「NIMBY」だ。NIMBYとは「Not In My Backyard(私の裏庭に住んではいけない)」の略だ。誰も自分の地域で建設を望んでいない。そして、地元の政治家は住民の望む通りに行動する。

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文化遺産や景観の保護はどんな影響をもたらしているか?

イングランドでは、すべての主要都市が広大な緑地帯に囲まれているが、その緑地帯内では建築が禁じられている。大都市には高さ制限もあり、文化遺産保護制度が整備されている。

そのため、都市は外向きにも上向きにも成長できない。多くの建物を建て替えて高密度化することもできない。

ロンドン中心部の約7割は指定建造物だ。こうした状況がほとんどの人にとって不動産購入を不可能にし、現在の危機の一因となっている。

これは人々にとって何を意味するのか?

影響を受ける人々はスイスと同じく、低所得者層と若者層だ。世代間の分断が顕著になっている。はるか昔に不動産を購入した高齢者は、価格上昇の恩恵を受けている。若者はもはや不動産を所有する余裕がなく、賃貸市場に頼らざるを得ないが、イングランドの賃貸物件は非常に高額だ。

多くの若者は収入の過半を家賃に充てている。中には両親と同居したり、長期間シェアアパートに住んだりする人もいる。移民の多くは住居スペースを共有し、小さなアパートに10人以上が暮らしていることもある。

チューリヒなどスイスの大都市では、最低所得層が同じ道を歩んでいる。

スイスでもこの現象が広がっているが、スイスでは家賃が規制されており、既に入居した人は保護されている。若者や移民、転居を強いられている人にとっては厳しい状況だ。

スイスの賃貸法を、イングランドと比べてどう評価しているか?

イングランドには公営住宅はあるが、多くのアングロサクソン諸国と同じく民間賃貸市場に対する規制は存在しない。借家人は全く保護されていないため、誰も借りたがらない。その点、スイスは賃貸市場の規制において実はうまくやっている、というのが私の評価だ。

ドイツなど他の国では、逆効果をもたらし、家主が新築・改築するインセンティブを失わせる規制もある。スイスは家賃規制の絶妙な均衡点を見出せている。借主を保護しながらも、保護しすぎない点だ。

新築住宅の建築に関して、スイスはイングランドよりもましなのか、そうでもないのか?

人口比で見ると、スイスではイングランドの2倍以上の建設工事が進行中だ。だが確かに圧力は高まっている。

あまり理解されていないのは、空間計画法が住宅市場で供給側の柔軟性を奪っているということだ。空間計画法を根本的に変えない限り、この問題は簡単に解決できない。

スイスの政治はそれよりも高密度化に焦点を当てており、そこそこの成功を収めている。

都心部の密集化は目標としては正しいが、反対意見が多すぎる。スイス人もNIMBYなのだ。都心部を簡単に高密度化できるなら、空間計画法改正は奏功していたはずだ。

これに対する解決策は?

例えば階数を増やすなど、高密度開発による付加価値の一部を居住者にも分配すれば、高密度化はうまくいく可能性がある。

スイスの都市はむしろ、非営利住宅の割合に目標を設けることで、付加価値を社会で共有しようとしている。

このモデルはイングランドにも存在し、不動産開発業者にとって強い不確実性を生み出している。非営利住宅という言葉は聞こえは良いが、問題の解決にはならない。

常にインサイダーとアウトサイダーが存在する。インサイダーとは、住宅所有者と協同組合のメンバー、つまりこのようなアパートを手に入れる幸運に恵まれた人々だ。

アウトサイダーとは、そうした幸運に恵まれなかった人たちのことだ。イングランドでは、公営住宅に住めるのは最も困窮している人たちではなく、むしろ制度を自己目的のために悪用する方法を知っている人たちであることが多い。

これは二階級社会の悪化をもたらす。イングランドには公営住宅が存在するが、ホームレス率が世界でも最も高い地域の1つだ。

代わりに何をすべきなのか?

この問題に本当に対処したいのであれば、方法は1つしかない。適切な場所への建設を増やすことだ。

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英国政府は現在、新築住宅建設率を引き上げ、グリーンベルト(緑地帯)を解放するという大改革を計画している。こうした景観保護からの転換は正しいアプローチなのか?

もちろん、特定の緑地や建物を保護する必要があり、中心部の高密度化を促進する方法も検討する必要がある。だが例えばオックスフォードやロンドン周辺のグリーンベルトは、生態系にさほど効果をもたらしていない。

これらは耕作地であり、多くの人々はこれらグリーンベルト域外に住み、都市まで長距離通勤しなければならない。これは全く環境に優しくない。

スイスの空間計画法は、建設を促進する改正が必要なのか?

振り返ると、スイスのやり方は多くの点で正しかった。それが英国と米国を調査し、様々な国の不動産政策を研究してきた私の意見だ。だが空間計画法改正により、スイスは長期的な住宅価格高騰に直面している。

法改正がもたらした社会的不利益は今のところ少ない。賃貸市場がまだうまく回っているおかげだ。ホームレス問題は表面化していない。

もし法改正が必要となれば、直接民主主義がそれを阻むかどうか問題となるだろう。2030~35年ごろに住宅の購入可能性を引き上げるイニシアチブ(国民発議)を立ち上げることに賛成する人は多い。だが空間計画法を覆すのは難しいだろう。

今後10~20年間、これらの問題はさらに深刻になると予想している。

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編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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