スイスの視点を10言語で

鉄道や郵便など、公共サービスのあるべき姿を求めて

公共サービスに対する不満には、しばしば地域の小さな郵便局が閉鎖されたことが挙げられている Keystone

スイスでは、複数の消費者向け情報誌が一緒に、鉄道や郵便などの公共サービスのあるべき姿を求めてイニシアチブ(国民発議)を成立させた。6月5日の国民投票で、その是非が問われる。情報誌各誌は、読者たちの苦情を基に、公共サービスの、例えばスイス連邦鉄道(SBB/CFF)で乗車料金が値上がりする一方で、そのサービスの質は低下していると告発する。

 イニシアチブ「公共サービスを守るために」は、消費者側に立つ情報誌のボン・ア・サヴワール(Bon à savoir)が、スイスのドイツ語圏とイタリア語圏で刊行されている、類似の情報誌の協力を得て立ち上げたものだ。その内容を同誌のゼイネップ・エルサン・ベルド編集長は、つぎのようにまとめる。

 「我々のイニシアチブは、三つの要求からなる。連邦政府は、基本的なサービスの提供において営利を目的としないこと。公企業の利益を政府の全体予算に回さないこと。公企業の幹部に対しそれを監督する閣僚以上の報酬を与えないこと。この三つだ」

 だがこの提案は、連邦議会の上院と下院の双方において、圧倒的多数で否決された。また、右派や経済団体のみならず、普通は消費者や公共サービスの保護の側に回る左派や労働組合からも反対されている。

度重なる苦情

 このイニシアチブの端緒は、消費者たちの不満だ。ベルドによれば、同誌は公共サービスの劣化に何年も前から気づいており、国内全域においてサービスの低下と料金の値上げを非難する消費者たちの苦情が著しく増えているのが認められたという。

 「これらの苦情を基に情報誌では、政府が公企業に割り当てている戦略目標について調査した。すると、もとは顧客を満足させることに目標が置かれていたのが、収益と利潤を上げるようにと、メッセージが変わっていることがわかった。顧客を満足させるという目標は、ほぼ消滅してしまっている」

 ベルドは、具体例を挙げながらさらに続ける。「過去15年間に、全体の半数以上にあたる1800箇所のスイス郵便(Die Post/La Poste)が閉鎖した。それとともに1.5キログラムまでの小包の配送料は、この20年間で150%も上昇したが、同期間におけるインフレ率は13%にすぎない。スイス連邦鉄道も、ジュネーブ・ローザンヌ間における2等車の往復料金を1990年以降これまでに75%も値上げした。その一方で、サービスは低下している。窓口は減り、急行列車や特急列車では客が立たされ、乗務員の人数も減っている」

 こうした説明に対し、連邦議会の社会党グループのリーダー、ロジェ・ノルドマン氏は、納得できないと言う。「苦情を述べる人たちの掲げる項目は、公共サービスの良い点と悪い点を検証する確かな指標とはならない。実際にはうまく機能していることもあれば、そうではないこともある。情報誌で不満を並べる人たちの意見だけを基に、実態がこうだとは断定できない。なぜならば満足している人たちは、そのような情報誌には投稿しないからだ」

解釈の相違

 賛成派と反対派の主な意見の違いは、イニシアチブの第1項の解釈においてだ。ここには以下のように記されている。「政府は、公企業の基本的なサービスにおいて営利を目的としないこと。行政の他の分野への内部相互補助は一切行わないこと。税収入を得る目的で公企業を利用しないこと」

 反対派は、公的なサービスを提供する企業に対し、利益の獲得を禁止することはできないという。「利益がなければ、再投資してサービスを高めることは不可能だ。また、固定資産が利潤を生むのも当然のことである。もしも公的なサービスを提供する企業が、いつも赤字を抱えるようになれば、政府は、借金を減らすために公企業の株式を売却したくなるだろう」とノルドマン氏は主張する。

 「イニシアチブは、決して利益の獲得を妨げるものではない」とベルドは反論する。「我々は単に、利用者の満足より利益を優先しないように要求しているのだ。利益があること自体は、結構な話だ」

 一方、ノルドマン氏は、内部相互補助の禁止も問題視する。「内部相互補助は公企業にとって非常に重要だ。例えば鉄道では、ジュネーブ・チューリヒ間でもたらされる利益を、(スイス西部の)ラ・ブロワ線の赤字を埋めるために使うのは当然のことだ」

 「ここでもまた、反対派は拡大解釈をしている」とベルドは応酬する。「同じ公企業内での内部相互補助を禁止するとは、イニシアチブのどこにも書かれていない。我々は単に、利益が政府の総合会計に回って、政府が分野を問わず好き勝手に使うことを望まないだけだ。それは形を変えた税金であり、正しいやり方ではないと考えるからだ」

閣僚以上の待遇は禁止

 一方、このイニシアチブの一点については、少なくとも左派が多少の同意を示すかもしれない。第2項に記されている「連邦政府は、公企業で働く人の報酬が、連邦行政府で働く人の報酬を上回らないことを保証する」という点についてだ。

 これは、明らかに公企業の幹部を対象にしたものだとベルドは言う。「大規模公企業の重役たちが、それを監督する閣僚の3、4倍もの報酬を得ているのは行き過ぎだ。公企業なのだから、優先事項を規定するのは当然だが、極端な報酬を与えないこともその中に含まれるべきだ」

 「これは、このイニシアチブの中で唯一の良い点だ」とノルドマン氏さえ評価する。「私も、公企業の経営陣たちの報酬は、銀行や保険会社のトップの報酬に比べれば少なめだとはいえ、やはり多すぎると思う。連邦政府閣僚の報酬を超える額を与えてはならないだろう」

消費者である国民に委ねられる判断

 反対派によれば、イニシアチブは、掲げられた目標とは相反する結果をもたらすという。「イニシアチブは、公共サービスの問題点の表面をなぞるだけで、核心を突いてはいない。問題点を突き止めたので、それを解決するのだと主張しているが、指摘されているのは本当の問題点ではない。このような提案を持ち出すのは理解に苦しむ」とノルドマン氏は批判する。

 対するベルドはこう主張する。「イニシアチブは、消費者たちの苦情が明らかに増大していることに端を発する。我々も公企業が逸脱し、その将来が危険にさらされていると認めたので、消費者たちのメッセージを伝えようと決めた。公企業のあるべき姿についての概念を規定し、憲法に定めることによって、これらの逸脱を防ぐことが重要だ」

 対立する両者の見解に決着をつけるのは、消費者である国民だ。最終判断は6月5日の投票で下される。だが投票から1カ月以前に行われる世論調査では、58%の人がイニチアチブに賛成するとしている。

イニシアチブ「公共サービスを守るために」

イニシアチブ「公共サービスを守るために」は、消費者保護のための情報誌、「ボン・ア・サヴワール」「K―ティップ」「サルド」「スペンデレ・メリオ」が共同で立ち上げた。4誌の読者数は計250万人。

イニシアチブは、2013年5月に10万4197人分の有効署名を添えて、連邦事務総局に提出され、連邦議会の上院と下院の両方で否決された。政府はイニシアチブの拒否を推奨している。

公共サービス

イニシアチブは、「基本的なサービスの提供において、政府の利益のために合法的な任務を遂行する企業や、政府がその株式の過半数を保有することにより直接的あるいは間接的に管理している企業」に適用される。

実際には、主に三つの大規模企業を指していると考えられる。

スイス郵便(Die Post/La Poste)は、公法の下に置かれる独立法人で、100%政府に帰属している。政府の公式データによれば、2015年の従業員数は6万2千人、売上高は82億2千万フラン(約9156億円)で、純利益は6億4500万フランだった。

スイス連邦鉄道(SBB/CFF)は、スイスで最大の鉄道会社で、やはり100%政府の手に委ねられている。2015年の従業員数は3万3千人、売上高は87億フラン、純利益は2億4500万フランだった。

スイスコム(swisscom)は、民間経済の原理にのっとり運営されている電話事業会社だが、その株式の過半数(51.22%)を政府が保有している。2015年の従業員数は約2万2千人、売上高は117億フラン、純利益は14億フランだった。

(仏語からの翻訳・門田麦野 編集・スイスインフォ)

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部