マルティニとバーニュ谷での小休暇 第一話
ジュラの低くなだらかな山を見慣れている私は、ヴァレー州の谷間に入ると、地面から垂直にそびえ立つ断崖絶壁のような山々に圧倒される。風光明媚で日照時間も多いとされるヴァレーだが、冬は長く雪に閉ざされ、かつて山中の人々は過酷な生活を強いられていた。
毎年、復活祭休暇あたりに開催される、全国金管楽器ソロ奏者&カルテットコンクール(Concours national de solistes et quatuors d’instruments de cuivre)の上位常連者達は、この地方から輩出されている。
今年のコンクール会場は、ヴァレー州バーニュ(Bagnes)の行政中心地、ル・シャーブル(Le Châble)。バーニュは、知る人ぞ知る、スイスで3番目に大きな自治体で、(1番はジュネーヴ、2番はツーク)スキーリゾート地として有名なヴェルビエ(Verbier)など20の村から構成されている。ル・シャーブルの駅前からはゴンドラが出ており、ヴェルビエ(標高1500m)まで直通で行けるが、ポストバスもある。麓から見上げると、急斜面のジグザグ道をのろのろと這い上がっていくバスや車が、おもちゃのように見えてしまう。
ル・シャーブル自体に宿泊施設は少ないので、私達は近郊の町・マルティニ(Martigny)のホテルに泊まり、コンクールの前後に束の間の休暇も楽しめるよう、予定を組んだ。4月に入ってもじめじめした寒さが続くジュラから太陽を探し求めて行ったはずなのに、ここにも白い雲が立ち込めていた。
コンクールの前日にマルティニ入りした私達は、ル・シャーブルで会場の下見をした後、サイヨン(Saillon)の温泉施設でリラックスすることにした。最近、スイスの温泉施設への設備投資はめざましいものがあり、今年2月7日に記事を掲載したラインフェルデンの浴場同様、ここにも、新しいサウナ・ハマム棟や、庭を流れる温水プールが新設されていた。
癒しの空間を堪能した翌日は、次女にとって一年の成果を発揮する、コンクール年少の部・予選が待っていた。ジュラは金管楽器が盛んな地方だが、出場者は毎年少なく、ヴァレー出身者に比べて実力差があることは否めない。去年、次女は1次予選4位と健闘し、翌日の2次予選に進出することができたのだが、今年は残念ながら初日で彼女のコンクールは終わった。
ここで、このソロコンクールの予選から決勝までの流れを簡単に説明すると、楽器の種類別・年齢別に、年少・ジュニア・エクセレンスの3つのカテゴリーに分かれている。次女が属する年少部門に関していえば、1次予選の演奏で順位がつき、点数を満たしていれば翌日の2次予選に駒を進めることができる。2次予選では、ジュニアの1次予選突破組と同じ土俵で勝負ができる。ここで1次予選同様の要領で選出されると、最終日に3つのカテゴリー合同での決勝に進出できる。年少組が決勝まで行くことは稀であるが、毎年、総合優勝から3位までは、年長者ではなく、ジュニア組、しかもヴァレー州出身者が独占しており、驚異に値する。今年も予想通り、地元・ヴァレー出身者が結果的には去年とほぼ同じ顔ぶれで上位を独占した。
3年連続ヴァレー州開催の後、2014年のコンクール開催地はベルン州・ザーネン(Saanen)、所変わってどのような大会になるか、上位者の顔ぶれは果たして変わるのだろうか、1年後が楽しみである。
私と長女は、次女の演奏前後に、ル・シャーブルの村内を歩いてみた。ヴァレー州はどんな小さな村にも、壮大なカトリック教会があるという印象だが、ここもしかり。16世紀初期建築の美しい建物がある。コンクールの喧騒を避けて、教会の中で一休みした。
高度820mの村内にはスイス・イタリア国境のアルプスに水源があるドランス・ド・バーニュ(Dranse de Bagnes)という川が流れ、目的別に村をきっちり二つに分けている。川を挟んでヴェルビエを抱く山側は「外部との交流の場」。交通施設(駅、ゴンドラ、ポストバス発着所)や飲食店・スーパー等の店がある。そして反対側は見事に「生活の場」。教会、学校、そして閑静な新興住宅地が広がっている。この地区の比較的川岸に近い方に、昔ながらの木造建築があり、小路を周っての散策を楽しめる。高床式でネズミ返しがある、独特の造りの家屋や倉庫は、他のヴァレー州の村々でもよく見かける。
小さな村の散歩をのんびり楽しんだ後は、車体にセント・バーナード犬が描かれた赤と白の車体の電車「サン・ベルナール・エクスプレス(SAINT-BERNARD EXPRESS)で、マルティニに戻った。私達が乗った時、車内は比較的すいていたが、シーズン時にはスキーやスノーボードをかついだ客で大にぎわいなのであろう。ドア付近が広く取ってある。座席はゆったりとした座り心地で、清潔だった。次女のコンクールは終わってしまったが、小休暇はまだ始まったばかりだった。(次回に続く)
マルキ明子
大阪生まれ。イギリス語学留学を経て1993年よりスイス・ジュラ州ポラントリュイ市に在住。スイス人の夫と二人の娘の、四人家族。ポラントリュイガイド協会所属。2003年以降、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」など、ジュラを舞台にした小説三作を発表し、執筆活動を始める。趣味は読書、音楽鑑賞。
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