
富裕層の移住ブーム スイスのゴールデンビザ活況

地政学的緊張や課税強化を背景に、富裕層の間で国外移住ブームが起きている。従来富裕層の呼び込みに前向きなスイスでも、富裕層向け居住権「ゴールデンビザ」の発給が増えている。だが露骨な富裕層優遇に眉をひそめる向きも少なくない。

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ゴールデンビザは外国人に対して一定額の投資を条件に長期間の在留資格を与える査証制度の通称で、スイスにも同様の制度がある。「重要な公共の利益」が認められる場合に第三国(EU、EFTA以外の国)出身者に居住許可を認めるとした外国人統合法が法的根拠となっている。
その額は州によって異なるが、オプヴァルデン準州では年間25万フラン(約4300万円)以上の税金を収めればゴールデンビザが取得できる。チューリヒ州では最低100万フランが必要だ。
スイス移民局(BFM/ODM)によると、現在ゴールデンビザの保有者は496人。ドイツ語圏日刊紙ターゲス・アンツァイガーは、2023年の404人から2年で20%増加したと報じた。
左派政党は、富裕層にごまを擦るのはもううんざりだと反発する。緑の党(GPS/Les Verts)はロシアのウクライナ侵攻以来、再びゴールデンビザ廃止論を唱えている。
スイスがゴールデンビザ制度を導入したのは2008年。欧州連合(EU)域外の外国人富裕層の呼び込みが狙いだった。ビザ取得者のスイスへの移住がスイスに「特別な利益」をもたらすことを条件に、居住期間の延長が認められ、10年居住すれば市民権取得も可能となる。
緑の党のバルタザール・グレットリ議員はドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)に「移民法の下で誰もが平等に扱われていないのは納得いかない。最も裕福な人々が最も優遇されている」と憤った。
グレットリ氏はゴールデンビザがオリガルヒ(新興財閥)など「望ましからざる人物」まで公然と呼び寄せる可能性を懸念している。「ロシア人と中国人がゴールデンビザ取得者のトップを占める。政権にすり寄ることで富を得た人々なのは明らかだ」
一方、反移民勢力の筆頭であるスイス国民党(SVP/UDC)は、ゴールデンビザに肯定的だ。バーバラ・シュタインマン議員はSRFに「私たちは社会全体と経済に利益をもたらす移民を欲している。まさにゴールデンビザ保有者のような人々だ」と語った。
導入・拡充vs廃止
ゴールデンビザ(投資による市民権付与制度=CBI)を通じて居住権を付与する国はスイスだけではない。ポルトガルやギリシャといった欧州諸国にも同種の制度がある。ドナルド・トランプ米大統領は、500万ドル(約7億2千万円)で同種のビザ発行を計画している。
一方、EUは加盟国に対し、EU居住権の売買行為に歯止めをかけようとしている。経済協力開発機構(OECD)も、CBIの仕組みがマネーロンダリング(資金洗浄)に悪用されることを懸念する。
欧州司法裁判所は先月、マルタのゴールデンビザ制度は市民権をめぐるEU加盟国間の信頼を損ない違法との判決を下した。 オーストラリアは昨年、経済効果の薄さを理由にゴールデンビザ制度を廃止した。
一方、ニュージーランドは先月にゴールデンビザの取得要件を緩和した。 ドイツ語圏スイスの大手紙NZZによると、ニュージーランドではこの数週間で53人がゴールデンビザを申請した。過去3年間の申請数115人を大きく上回るペースだ。
スイスのゴールデンビザは、スイスで事業を営む裕福な起業家を対象とする。移住したい富裕層が受けられる恩恵はビザだけではない。一部の州は、スイス国内で収入を得ていない富裕層向けに優遇税制を設けている。
富裕層の移住ブーム
富裕層が移住を検討する背景には、母国での紛争や権威主義の台頭、あるいは英国のような富裕層増税がある。越境移住助言会社ヘンリー・アンド・パートナーズのウェルス・レポート2024年によると、富裕層の移住は増加傾向にあり、昨年は推計約12万8000人が移住した。
英国メディアは、2024年には1万人以上の富裕層が他国に移住したと報じている。ロンドンの法律事務所クアステルズのパートナー、ベン・ローゼン氏によると、税制改革のほかにビジネス環境の悪化や教育水準の低下、プライバシーの後退も移住を後押ししている。
ローゼン氏はswissinfo.chに、「当局は経済の弾力性と富裕層にとっての英国の魅力について誤った認識を抱いている。バンドは限界まで引き伸ばされ、完全にちぎれてしまった」と話した。
ただ、すべての富裕層が永住を前提に全財産を持って祖国を去ろうとしているわけではない。ローゼン氏は、嵐から逃れるために一時的に避難し「政府が正気を取り戻すことを期待している」だけの人もいると話した。
ローゼン氏は、若い富裕層はドバイを好むと指摘する。アラブ首長国連邦(UAE)は個人所得やキャピタルゲインが非課税で、富裕層の移住ブームで最大の恩恵を受けている。
他の国は英国のように課税強化に向かう国が多い。イタリアやポルトガルは富裕層誘致に前向きな姿勢を見せているが、一部の富裕層たちは真意を見極めているようだ。
ローゼン氏によると、富裕層の間では「スイスやモナコのような国には税制や資産保全がより深く根付いている、とみなされている」。その安定感が魅力となっているようだ。
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編集:Marc Leutenegger/ts、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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