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「モンブラン・エクスプレス」に乗って小さな旅



スイス連邦鉄道マルティ二駅に停車中の「モンブラン・エクスプレス」。ここからシャモニーまでの旅が始まる

スイス連邦鉄道マルティ二駅に停車中の「モンブラン・エクスプレス」。ここからシャモニーまでの旅が始まる

(swissinfo.ch)

2014年もいよいよ幕が明けました。今年は日本・スイス国交樹立150周年という特別な年です。1864年に結ばれた修好通商条約をきっかけに日本とスイスが築いてきた友好関係がこれからも途絶えることなく深まっていくよう願います。今年はスイス各地で展覧会、オペラ、コンサート、茶会やセミナーなど、両国の国交樹立を祝う様々な記念行事が企画されています。ブログのコンセプト「スイスで生活する人にしか体験できない日々の暮らしやトレンド、食、文化、習慣、生活情報などを伝えることを目的とする」に沿った話題をご紹介できるよう心がけて参りますので、本年もどうぞよろしくお願いします。

 スイス南部のヴァレー州(Valais/Wallis)にローマ時代から栄えてきた町として知られるマルティニ(Martigny、標高467m、当時の名前はオクトドゥルム)があります。スイス連邦鉄道マルティニ駅は、ローヌ谷を東西に結ぶ本線以外に、50番線ホームからアントルモン谷の入口、オルジエール(Orsiéres、標高902m)へ行く「サン・ベルナール・エクスプレス(St. Bernard Express)」と、40番線ホームからフランスのシャモニー(正式名はシャモニー・モンブラン、Chamonix-Mont-Blanc、標高1036m)へ行く「モンブラン・エクスプレス(Mont-Blanc Express)」が発着しています。スイス在住歴35年で旅のベテラン、岸井典子さんと一緒に「モンブラン・エクスプレス」に乗って小さな旅をしました。

(swissinfo.ch)

 この旅では、スイスの市町村役場(コミューン)でのみ購入できるカルネ・ジュルナリエと呼ばれる1日乗り放題乗車券(40スイスフラン=約4650円)を利用しました。国境を越えてフランスへ入国しますが、2004年にスイストラベルシステムがフランス国鉄とパートナー契約を結んで以来、国境駅ル・シャトラール・フロンティエール(Le Châtelard Frontière、標高1143m)からシャモニー駅までスイストラベルシステムのパスで追加料金なしで乗車できるようになりました。

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 モンブラン・エクスプレスの車内はカラフルで明るく、景色が楽しめるようにサンル ーフ付のパノラマ車になっています。マルティニ駅を出発した列車は、ローヌ谷を州道沿いに西に走ります。ヴェルナヤー駅(Vernayaz、標高452m)を発車した後、列車は左に折れてから、蛇行しながら高度を上げてトゥリアン渓谷へ向かいます。切り立った岩が印象的なトゥリアン谷は非常に深く、谷底にトゥリアン川が流れています。冬場の岩壁は氷に被われていて氷壁となっています。谷の向こう側でアイス・クライミングをしている人が見えます。列車は恐ろしいくらい谷淵の近くを走行しながらフランス国境へ向かいます。

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 ル・シャテラール・フロンティエール駅で国境を越えて7分後、ヴァロルシーヌ駅(Vallorcine、標高1264m)に到着します。本来、モンブラン・エクスプレスはマルティニ~シャモニー間を1時間半で結びますが、モンロック(Montroc、標高1365m)のトンネルが工事中のため、ヴァロルシーヌ駅からバスでモンテ峠(Col des Montets、標高1461m)を越えてアルジェンティエール駅(Argentière、標高1252m)まで移動。そこからフランス国鉄でシャモニー駅まで行ったため、今回の旅では2時間半かかりました。2014年3月21日まで、このダイヤ運行となっています。

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 シャモニーの町には中央広場があります。1887年以来、この広場に二人の男の銅像が立っています。モンブラン初登頂を果たしたのは、シャモニーの水晶細工人で山岳ガイドのジャック・バルマー(Jacques Balmat、1762-1834)と医者のミシェル・ガブリエル・パカール(Michel-Gabriel Paccard、1757-1827)の二人で1786年8月8日のことでした。銅像はモンブラン初登頂100年を記念したもので、当然、この二人の姿を想像しますがそうではありません。台座の上に立っているのは、ジャック・バルマーと自然科学者、地質学者、登山家だったスイス人のオラス・ベネディクト・ド・ソシュール(Horace-Bénédict de Saussure、1740-1799)の二人で、台座にはソシュールの名前が刻まれています。

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 スイスの貴族出身で、ジュネーブ近郊で生まれたソシュールは、アルプス山脈の研究に力を入れた人物でした。バルマーとパカールによる初登頂成功を聞いた彼は、翌年の1787年8月3日、観測機器を持って助手、ガイドと共にモンブラン登頂を果たしたのでした。1979年に発行されたスイスの旧20フラン紙幣は、表にソシュールの顔、裏に山脈や登山者を描いています。ソシュールはアルプスの数多くの山々を登破しながら、学術的な観測を行った人でした。銅像の立つ中央広場はソシュール広場と呼ばれ、ソシュールとバルマーの銅像の背後には、1986年、モンブラン初登頂200周年記念に改めて医者パカールの銅像が立ちました。

 ソシュール広場のそばに聖ミシェル教会があります。この教会の入り口に、興味深いステンドグラスがあります。「キリストを運ぶ者」という意味を持つ守護聖人クリストファーのステンドグラスです。クリストファーという名前は、もともとは3世紀頃の半伝説的な殉教者クリストフォロスに由来しており、12世紀頃からドイツのライン川を中心にクリストファーの伝説が定着します。世界一強い者の家来になることを望んだ大男クリストファーは、領主や悪魔の家来になりましたが、最後にキリストの家来になることを決めて、ライン川の渡し守となりキリストを待つのです。ある嵐の夜、キリストとは知らずに一人の幼子を肩にのせて川を渡りますが、幼子は世界中の罪を背負っているために大変重く、そのため激流に流されずに対岸まで渡ることができたという伝説です。聖ミシェル教会のステンドグラスは、聖クリストファーが幼子を肩にのせて激流ではなく“氷河”を渡っています。実にアルプスの山岳地帯の教会にふさわしい図柄です。

 私たちの旅は予想していなかったトンネル工事のため、シャモニーへの到着が予定より遅れてしまいました。また、あいにくのお天気でモンブランの山々は見えませんでした。それでも、市内散策を楽しみ、昼食は日本食レストラン「さつき」で、お茶は「オ・プチ・グルマン(aux petits gourmands)」でと、ヨーロッパアルプス最高峰を抱える町で、ゆったりとした時間を過ごすことができました。もちろん、お茶のケーキは「モンブラン」でした。

小西なづな

参考文献

「聖書あれこれ」春風ハチロー著

「ハチローの千夜一夜 33玉」春風ハチロー著

プロフィール:小西なづな

1996年よりイギリス人、アイリス・ブレザー(Iris Blaser)師のもとで絵付けを学ぶ。個展を目標に作品創りに励んでいる。レザンで偶然販売した肉まん・野菜まんが好評で、機会ある毎にマルシェに出店。収益の多くはネパールやインド、カシミア地方の恵まれない環境にある子供たちのために寄付している。家族は夫、1女1男。スイス滞在16年。

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