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ノバルティス、安価なジェネリック医薬品の排除を狙いインドで訴訟

ニューデリーでノバルティスへの抗議デモに参加する人々 Keystone

インド最高裁判所は3月下旬、スイスの製薬会社ノバルティス(Novartis)が申請していた抗がん剤「イマチニブ(商品名グリベック)」の特許をめぐる争いで判決を下す。

特許が認められれば、インドのジェネリック医薬品(後発医薬品)産業がダメージを受け、薬を買えない人が増えると、多くのNGOが批判している。

 ノバルティスに対するNGOの反対運動は2007年ごろから活発になってきた。NGOは、ノバルティスが既存薬の化学構造をほんの少し変えて特許の有効期限を延長する「エバーグリーニング(evergreening)」を行っていると非難している。

 反対運動を行っているのは、ベルン・デクラレーション(Bern Declaration)、オックスファム(Oxfam)、国境なき医師団(MSF)など国際的なNGOだ。国境なき医師団は、「もしノバルティスが勝訴すれば、インドでも先進国並みに特許が認められることになり、既存薬の化学構造を新しくしただけの医薬品も特許となってしまう。インドは途上国に安価で質のいい薬を供給できなくなるだろう」と訴える。

 一方ノバルティスは、インドは特許制度においてほかの製薬大国と同じラインに立つべきだと話す。また、同社が勝訴した場合でも、ジェネリック医薬品企業は特許が切れた医薬品を今後も製造できると主張する。

 ノバルティスが求めるのは知的財産の保護だ。「何の研究もせずに我が社の医薬品をコピーし、模倣品を安く供給して我々のビジネスを妨げるようなことはしてもらいたくない」。ノバルティス研究部門部長のパウル・ヘルリング氏はスイス国営放送(SRG/SSR)に対しそう話した。

何が新しいのか?

 裁判で特許が争われているのは、ノバルティスが1993年に開発した分子化合物「イマチニブ」。これがさらに発展したものが、医薬品ベストセラー「グリベック(Glivec)」で、世界40カ国で特許を取得している。

 先進国の多くでは特許制度が歴史的に長く確立されているが、インドが医薬品の特許制度を開始したのは2005年と新しい。インドの特許制度で特別なのは、既存薬の化学構造を変えただけの医薬品には特許を認めないとする条項があることだ。ヨーロッパで特許申請される医薬品のほとんどがこの「新しく改良された」医薬品だが、ノバルティスは、グリベックはそうした類ではないと強調している。

 ノバルティスは同社ホームページで次のように主張する。「開発には何年もかかっており、単に漸進的に改良された医薬品ではない。従って、『エバーグリーニング』と捉えることは全くできない」

 しかし、ジェネリック医薬品製造会社やインドがん患者支援協会(Indian Cancer Patients Aid Association)から圧力がかかるインド特許局は2006年1月、グリベックの特許申請を却下。グリベックは既存のイマチニブと同じ構造で、「改善された効果」のある本物のイノベーションではないことを理由とした。

 これがきっかけとなり、法廷紛争が勃発。すべての決着は、3月28日のインド最高裁判所の判決でつけられるが、一体どうしてここまで争いが発展することになったのだろうか?

 「ノバルティスが規制環境の整備に向けて先頭を切ることがよくあるからだ」と答えるのは、製薬業界に詳しいアナリストのカール・ハインツ・コッホ氏だ。ノバルティスがインドに関心を示す理由には、インドにジェネリック医薬品産業があるだけでなく、その市場価値が大きいこともあると分析する。「人口の多さだけでも、インドの新興市場は最重要市場の一つ。また、インドの中流階級にはグリベックのような比較的高価な抗がん剤を購入できる余裕がある」

オープンなビジネス環境

 NGOは「ノバルティスは途上国の製薬産業を攻撃している」と批判しているが、ノバルティスは、インドの実態はNGOが主張するようなものではないと否定している。その理由に、インドのジェネリック医薬品企業はどこよりもまず先進国で最も多く医薬品を売りさばいていることを挙げている。

 それに対し国境なき医師団のミッシェル・チャイルズ氏は「馬鹿げている」と切り捨てる。「ノバルティスがこのような主張をするのは極めて予想外。国境なき医師団や国連エイズ合同計画(UN Aids)などの団体はARV(抗レトロウイルス薬)の9割以上をインドに頼っている。抗マラリア剤やワクチンの購入も増えている」

 ノバルティス側の意見を書面で問い合わせたところ、ノバルティスは同社ホームページに書かれた陳述を繰り返した。「インドのジェネリック医薬品企業は製品の大半を利益が見込まれる市場に輸出している。薬が買える購買力があれば医療体制が改善するというわけではない。薬の入手には、政治や経済、物流が障壁となっている」

HIVの危険性

 ノバルティスはグリベックをめぐる訴訟を次のように説明する。「この訴訟はインドでの特許法適用を明らかにするものであり、インド経済の将来にとって重要な意味を持つ」

 インドが今回のように国際法の下で特許権を保護しにくくしようとしているのは偶然ではない。インドはジェネリック医薬品の輸出大国であるため、特許権の拡大は国内のジェネリック医薬品産業への打撃を意味する。そのため、インドは医薬品に特許を安易に認めたくはないのだ。

 一方NGOが危惧するのは、ノバルティスが勝訴した場合、特許権保護が適用される医薬品がインドで増加し、薬が入手できない貧しい患者が世界中で増えることだ。その理由をチャイルズ氏はこう語る。「例えば、我々には2種類以上の薬から成る混合薬や子ども用医薬品が必要だが、法律が変わるとこうした医薬品にも特許が適用できるようになってしまう」

 「それは間違っているうえ、誤解を招く」とノバルティスは反論する。抗HIV薬などの医薬品へのアクセスは今回の訴訟で妨げられることはないと述べ、「2005年以前にインドで販売開始され、今も入手可能なジェネリック医薬品は訴訟の結果に関係なく今後も販売可能だ」と主張する。

 ノバルティスもNGOも全く異なる活動を行っているが、双方ともに人の命を救うをことを生業にしている。判決次第ではどちらも今後の活動が大きく変わるかもしれない。ニューデリーの判事が法廷の席に着く日、ノバルティスもNGOも胸の鼓動を抑えることはできないだろう。

インドは2005年1月1日から、世界貿易機関(WTO)が定める知的財産に関する規定を採用している。だが、インドの国内法は1995年以前に特許を取得した医薬品や、既存薬の化学構造を新しくしただけの医薬品には特許を認めていない。

ノバルティスは、「グリベック(Glivec)」の有効成分であるイマチニブのベータ型結晶の特許登録を申請したが、インド当局はこれを既存化合物が改良されたものとみなし、却下。一方、この結晶は40カ国で特許が認められている。

NGOによれば、インドでは毎年2万5000人が慢性骨髄性白血病にかかっている。

ノバルティス製造のグリベックは慢性骨髄性白血病におけるがん細胞の広がりを抑え、特定の胃がんの再発リスクを抑える医薬品で、2001年から販売されている。

ノバルティスの発表では、グリベックの昨年の売り上げは47億ドル(約3870億円)。

グリベックはがんを抑制することはできるが、なくすことはできないため、治療は一生涯続ける必要がある。

病状や投薬量に応じて、費用は年間4万ドル(約320万円)から9万8000ドル(約800万円)かかる。

(英語からの翻訳・編集、鹿島田芙美)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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