仮想通貨の「振興」と「規制」を両立するスイス クリプトバレーは成功するか
スイス・ツーク州にはフィンテック関連企業が多く進出し、「クリプトバレー(暗号の谷)」と呼ばれている。各国当局が暗号(仮想)通貨ビジネスの振興と規制の間で揺れるなか、両者のバランスを取りながらクリプトバレーの成功に賭けるスイスの姿勢は注目に値する。
スイスのチューリヒやその近郊にあるツークは、企業への税制優遇が整備されていること、金融のためのIT(フィンテック)を手がける工科大学や応用科学大学が集中しており技術人材が集積していることなどから、フィンテック関連企業が多く進出している。
ブロックチェーン技術とは、大量の電子データを暗号技術により偽造不可能な形でつなげていくことでデータの分散共有を効率的に行う技術のこと。
暗号通貨とは、ブロックチェーン技術を活用することで電子的な貨幣としての価値情報を関係者で共有し取引を可能とするシステムのこと。仮想通貨とも言われる。本稿では、広義に電子的な金融資産情報を関係者で共有し取引するシステムも含めて「暗号通貨」と呼称する。
特にツークは、数あるブロックチェーンの中でも利用者が最も多い技術の一つとして知られるイーサリアムを運営する財団のほか、本籍を置く暗号通貨関連事業者は530社にのぼるとされ、「クリプトバレー(暗号の谷)」とも呼ばれる。2014年には多数のスタートアップが参加するクリプトバレー協会(CVA)外部リンクが設立された。ツーク州もブロックチェーン技術者の起業を支援しており、住民の電子番号導入や、18年7月にはブロックチェーン技術を用いた住民投票システムの実証試験などを行なっている。
各国の対応:「通貨」ではなく「金融資産」
世界各国の動きを眺めると、代表的な暗号通貨であるビットコインが09年に登場して以来、暗号通貨を推進する立場と反対する立場が混在している。その原因の一つとして、暗号通貨の法的な位置付けが不明確なことが挙げられる。経済取引の基盤となる「通貨」なのか、価値をもった「金融資産」なのか、関係者で共有される「価値情報」なのか、国際的に解釈が分かれている。
「通貨」は、国際的には、価値の交換や経済取引を円滑に行うために価値の尺度を測り、価値の交換に用いられるものを指すが、それには特定の国家や経済圏による価値の保証や監督が必要とされる。暗号通貨はこの条件を満たさず、現時点ではこれを「通貨」と認める国家は存在しない。電子政府の導入などITの積極的な活用で知られるエストニアは、世界に先駆けて国家発行の仮想通貨「エストコイン」の導入を打ち出したが、ユーロを発行・管理する欧州中央銀行(ECB)などの反発を受け構想の縮小を余儀なくされた。
一方で、ブロックチェーン技術の活用先は金融取引に限られない。資産管理、所有権管理、登記など幅広い分野で用いられる可能性がある。暗号通貨を「金融資産」として取引を規制している国と、それ以外の活用を含めて規制を行っていない国とに分かれている状況である。
暗号通貨に対する国家の規制状況は、概ね次の3種に分かれる。①暗号通貨を用いた取引や、新たな暗号通貨売り出しに伴う資金調達(株式公開IPOになぞらえてイニシャル・コイン・オファリング=ICOと呼ばれる)を原則禁止②取引事業者を登録制にして一定の規律を導入③ブロックチェーン技術を用いた経済取引や資産管理をまずは推進しようとする国家――だ。
①の代表として、中国では17年9月にICOを全面禁止し、暗号通貨取引所を閉鎖。インド中央銀行は18年4月に関係金融機関に対して暗号通貨関連事業者との取引を自粛するよう要請外部リンクした。
米国や日本は②に該当する。米国はこれまで、ビットコインやイーサリアムを証券として認めず、各州の独自規制に委ねていた。だが最近、暗号通貨を「証券」か「先物取引商品」かに定義づけたうえで、証券取引委員会(SEC)か商品先物取引委員会(CTFC)が規制対象にする方向で相互調整を進めていると報じられている。日本は18年4月の資金決済法改正により、暗号通貨の取引を行う取引所に対して登録を義務づけ監督を行うこととなった。また暗号通貨の取引を行う事業者団体が複数存在して、金融庁が自主規制の有効性を疑問視していたが、今月に一般社団法人・仮想通貨交換業協会(JVCEA)が発足し一本化された。
韓国は17年に暗号通貨のICOを規制対象としたが、貨幣または金融資産としての規制は今のところ導入されておらず外部リンク、その意味では③に分類される。カナダやスイスは、暗号通貨を用いた事業の資金調達を早くから認めている。スイス金融市場監督庁(FINMA)は18年2月、ICOのガイドラインを国際的にも極めて早いタイミングで制定した。
相場変動大きく、ビジネスの成否は二極化
暗号通貨ビジネスは成功例と失敗例に二極化している。その大きな要因の一つは相場変動率(ボラティリティ)の大きさだ。ビットコインのほかにアルトコインと言われるさまざまな派生コインが生み出され、ICOのたびに莫大な資金が集まる。
時価総額で現在ビットコインに次いで第2位の暗号通貨XRPを取り扱うリップルは、その創業者にも莫大な富をもたらした。創業者の一人クリス・ラーセン氏の財産は推定21億ドルに達しており、18年の米国長者番付フォーブス400において暗号通貨業界で初めて383位にランクインした。
一方、ボラティリティの大きさが招く金融市場の混乱や、システムの未整備を狙ったハッキングによる被害が相次ぐようになった。
14年4月、ビットコインの当時世界最大の取引所として知られていた東京のマウント・ゴックスがサイバー攻撃を受け、75万ビットコインが消失するという事件が発生した。預かり金含め被害総額は470億円外部リンクと言われている。今年1月には暗号通貨NEM(ネム)の取引所を運営するコインチェック社がサイバー攻撃を受け、5億NEM(580億円相当)が強奪される事件が発生。コインチェック社は被害者に対する補償を行ったが、仮想通貨取引所の脆弱性が明らかとなった。
新技術の認知度や成熟度の変遷を示す米IT調査会社ガートナー社の「ハイプサイクル」2018年版外部リンクは、ブロックチェーン技術は期待拡大のピーク期を過ぎ、幻滅期に入った技術と分類した。今月、英国で最も老舗の暗号通貨取引所Coinfloorは大規模なリストラを行うと発表外部リンクした。
スイス:官民挙げた繋ぎとめ策が奏功
こうした暗号通貨に対するネガティブな動向から、スイスでは国内に集積しつつあった暗号通貨事業者が国外流出する可能性を懸念する声が出ていた。これに対し、暗号通貨関係事業者を国内につなぎとめるための様々な取り組みが官民を挙げて進められている。前述のようにFINMAがICOのガイドラインを定めたのもその一環だ。
スイス銀行家協会は先月、暗号通貨取引向けの銀行口座の開設を円滑に進めるためのガイドラインを公表した。過去、スイスの銀行は厳格な顧客情報の守秘義務を掲げ、金融産業を国の代表産業の一つたらしめてきたが、脱税やマネーロンダリング、テロ対策の観点から国際的な非難を浴び、09年以降、顧客の身元確認など厳しい規制が導入されてきている。ビジネス用途の銀行口座の開設にも厳しい要件が課され、暗号通貨を取引する目的の口座は実質的に開設できなかった。ガイドラインの制定は、犯罪対策の強化とスタートアップ振興のバランスをとる転換点の一つとなった。
ジュネーブ大学外部リンクでは、ブロックチェーン技術を扱える人材を育成する教育講座を19年早期に創設する予定だと報じられている。スイス外国企業誘致局(S-GE)も、スイスへの暗号通貨ビジネス誘致に乗り出し、18年に入ってから各国で誘致セミナーを開催外部リンクしている。
こうした流れを受け、暗号通貨の普及を目指す事業者側の動きも持続・加速している。
今月、クリプトファンド社はスイスで初めてブロックチェーン技術を利用した資産管理業の免許をFIMNAから取得した。UBSやクレディスイスの出身者が設立したSEBAクリプト社は、FINMAから世界でも初めての暗号通貨を取り扱う銀行としての免許を取得するため、1億フランを調達外部リンクした。19年には事業を開始する予定であると報じられている。
スイスの証券取引所SIXは、従来のシステムに加えて、ブロックチェーン技術を用いた証券取引プラットフォームを19年中に立ち上げることを明らかにしている。
一方、暗号通貨の使い勝手に直結し普及の起爆剤となりうるATMは道半ばだ。スイス連邦鉄道では切符の自動販売機でビットコインをスマートフォン端末などにチャージできるが、スイスフランへの交換はできない。全世界では3924台の暗号通貨ATM外部リンクが設置され、米国が2184台と群を抜いて多い(18年10月29日現在、両替・購入専用含む)。スイスはファルコン・プライベートバンク(チューリヒ)などがATMを設けているが大銀行は二の足を踏んでおり、全国で41台に甘んじている。
スイスは「クリプトバレー」をフィンテック企業のメッカに育てることに成功しつつある。日本では、世界でも早期に法整備し暗号通貨取引を公認したが、近年の不祥事続発を受け、取引所に対する厳しい規制が関係業界の成長を損なわないかが懸念されるようになっている。世界でも有数の金融産業を誇るスイスが、厳しい金融規制とスタートアップに対するビジネス環境整備を両立させ、クリプトバレーをいかに成長させていくかが注目される。
日本貿易振興機構(JETRO)ジュネーブ事務所長の和田恭氏。1993年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、経済産業省入省。JETROニューヨーク、経産省商務情報政策局情報プロジェクト室室長などを経て、18年6月から現職
※文中意見にわたる部分は、筆者固有のものであり、筆者が所属する機関とは何の関係もありません。
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