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古銭収集の世界 秀吉の命で製造された天正菱大判、チューリヒのオークションに

天正菱大判。表には「天正十六、拾両 後藤(花押)」と墨書きされている。裏には、表からの鏨うちの凹凸を平滑にするための調整鏨が打たれているという

天正菱大判。表には「天正十六、拾両 後藤(花押)」と墨書きされている。裏には、表からの鏨うちの凹凸を平滑にするための調整鏨が打たれているという

(Hess Divo AG, Zürich)

豊臣秀吉が贈答儀礼として製造させたといわれる、天正菱大判。天正16年(1588)に鋳造され、表に菱形の桐極印が打たれているため、こう呼ばれる金貨は美術品としても当時の技巧の高さをうかがわせる美しい作品だ。世界で存在が確認されているものはわずか6枚。その中の貴重な1枚がスイス・チューリヒで22日、オークションにかけられる。

 オークションの2週間前に記者が訪れたのは、チューリヒにある1871年創立という古銭商の老舗ヘス・ディーヴォ(Hess Divo)他のサイトへの特別室。ブラインドの下りた薄暗いこの部屋の机上で、天正菱大判はその墨判(すみはん)の損傷を防ぐための特別な額に入れられ、ランプの光に表面のさざなみのような模様を反射させ鈍く重々しく輝いていた。

 「茶室で秀吉本人がこれを手にして、忠誠を誓う大名たちに渡したと想像してみてください」とヨナス・エマニュエル・フルエックさん(29)。このHess Divoの古銭鑑定士の言葉に、突如16世紀末の日本の歴史の一場面に入り込んだような気分になる。

 古銭収集に取りつかれるのは、まさにこの言葉のように、その時代の人物が手にしたコインを自分も手にするという、その触感と興奮、また手にした瞬間に頭の中に広がる歴史場面などに魅了されるからで、一言で言えば「歴史を手の中に感じることなのだ」と、フルエックさんは説明する。

 この若い古銭の専門家は、ギリシャ・ローマ時代のコイン研究で博士号を取得した歴史家でもあり、こう付け加える。「また、例えばアレキサンダー大王の顔が描かれたコインは、貴重な歴史的資料として歴史家を虜にする。ちなみに、収集家は歴史に興味がある男性が圧倒的に多い」

天正菱大判の運命

 残念ながら、天正菱大判は手で触ることができず、「歴史を手の中に感じること」はできなかったが、フルエックさんが今年5月初めに日本で関係者から聞いたというこの大判についての「逸話」は、秀吉の時代やその後の日本の歴史を彷彿とさせるに十分なものだった。(ただこれは、あくまでフルエックさんから聞いた逸話であり、史実とはかけ離れていると思われる) 

 それによると、秀吉はあるとき茶室に天皇と5人の大名を招き、この天正菱大判をそれぞれに贈ったという。「恐らく文禄(1592年~93年)の朝鮮出兵を前にして、主要大名の合意を得ると同時に、国内の治安を確保してほしいとの意味がこの金貨に込められたのではないか…」

 だが、この5人の大名の中に徳川家康が含まれており、家康が天下を取ったとき、残りの大名4人は家康への忠誠の印に、この大判を家康に渡した。ところが明治維新の混乱期に、徳川家に代々伝わったこれら計5枚の天正菱大判を一族の誰かが京都のどこかに隠した。

 それが出てきたのが第二次世界大戦後の混乱期で、徳川家の末裔がこれを売りに出す。しかし、うち3枚は「本来、日本の権力者の所有物であり、ひいては国の所有物ではないかということで、東京国立博物館や大阪の造幣博物館に寄贈された」。

 残る2枚は「個人の古銭収集家に売られた」。その後、うちの1枚が2000年頃に韓国サムスンのプライベート美術館に買い取られ、残る1枚が今回オークションにかけられることになった。

 フルエックさんのところに来る直前の持ち主は日本人かとの質問には、「第二次世界大戦後に買い取った人が日本人であることは確かだが、その後誰の手に渡ったかは、職業上の秘密だ」との答えだった。

 「いずれにせよ、戦後買い取った人が高齢化し売りに出した。そして2000年にサムソンに売られたように大判が国際市場に出るようになった。こうした事実をも含め、こんなにも歴史を背負った貴重な金貨がオークションにかけられるのは今回が初めてで、それは非常に特殊なことだ」

日本に戻るのが適切では…

 安土桃山時代から現在に至るまでの天正菱大判の「運命」を一気に語ってくれた後、フルエックさんはこう付け加えた。「僕にとって秀吉はなかなか覚えられない名前でしかないのに、日本でこの名を口にすると皆が『ああ、あの秀吉ね』と感激する。だからこの大判は、歴史を理解し本当の価値を知っている日本人の元に戻るのが適切ではないかと、個人的には思う」

 ところが、Hess Divoのオーナーの考えは少し違う。ロンドンの大英博物館にあるパルテノン神殿の彫刻「エルギン・マーブル」をギリシャ政府が「歴史的文化物はそれが制作された場所に戻るべきだ」との考えから返還要求をしているように、古銭収集の世界でもその傾向が確かにあると前置きした上で、「しかし、16世紀の日本の歴史をヨーロッパの人々に知ってもらい、日本文化をさらに深く理解してもらうためにも、この大判はむしろヨーロッパに残ってほしい」と言う。

 さてこの天正菱大判、誰の手で落札されるのだろうか?明日22日、チューリヒのホテル、バウアー・オ・ラックで開催される328回目のオークションで、この大判の値段は100万スイスフラン(約1億円)からスタートする。

天正菱大判

京都国立博物館名誉館員の久保智康さんがサイト「和彫りの名品」に書いた解説によると、天正大判は足利幕府の抱え工で刀装具彫物の名門、京都・後藤家の直系、徳乗と祐徳が、豊臣秀吉の命で制作した金貨。

金貨の表に打った五三桐門の極印(きわめいん)を徳乗は丸形に、祐徳は菱形の枠で囲んだ。そのため、菱枠が上部に一つ下部に二つ入っている天正菱大判は、祐徳の作品とされる。なお、徳乗が制作した丸枠胴極印の「天正長大判」も存在する。

天正菱大判の年号には、天正十六(1588年)、天正十七(1589年)、天正十九(1591年)と書かれたものがあるとされるが、東京国立博物館所蔵のものなどを含め、存在が確認されているのは6枚。

久保智康さんによれば、「天正菱大判は一般的な金工とはニュアンスが異なる技法を使っており、工芸史的にも面白く、金と銀と少量の銅を含んだ地金を薄く延ばして成形される。表面には、横長で断面U字形の鏨(たがね)を密に打つが、これも明らかに装飾性を有する」という。

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