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次期WTO事務局長が負う多国間主義の試練

多くの問題を抱える世界貿易機関(WTO)にとって、米大統領選の結果がカギとなるかもしれない。それでも、次期事務局長は前任のロベルト・アゼベド氏と同様、困難に直面するだろう。 Keystone / Salvatore Di Nolfi

世界貿易機関(WTO)が次期事務局長選の最終候補者2人を発表した。1995年の設立以来、初めての女性トップが誕生する見通しだ。しかし、どちらの候補が選ばれても、ロベルト・アゼベド前事務局長と同じく、多くの困難に直面するだろう。

このコンテンツは 2020/10/22 08:30
Jamil Chade

ブラジル出身のロベルト・アゼベド前事務局長が突然、任期を残して辞任した。なぜ退任したのか?WTO事務局長の職にはどのような圧力があるのか?

韓国の兪明希(ユミョンヒ)通商交渉本部長、あるいはナイジェリアのヌゴジ・オコンジョイウェアラ元財務相が、今後数週間のうちに、次期事務局長に選出される見込みだ。アゼベド氏の功績と退任の理由を探れば、後任を待ち受けるものがある程度分かる。

アゼベド氏は表向き、任期を残しての退任はひどく傷つけられてしまったWTOを存続させるための手段だと主張した。新事務局長の選出を前倒しすることで、2021年に予定されているWTO閣僚会議と事務局長選が重なることを避け、同会議への悪影響を防ぐ狙いがあったのだろう。

WTOの次期事務局長選では、当初8人いた候補者の中から女性候補2人が最終選考に残った Keystone / Salvatore Di Nolfi

しかし、その後数カ月、WTO本部があるスイス・ジュネーブでは、同世代で最も有力な外交官の1人であるアゼベド氏の今後について、さまざまな憶測が飛び交った。母国ブラジルで政界入りすると予想する人もいれば、トランプ米政権から圧力を受けていたと主張する人もいた。さらには、同氏の妻で、ブラジルのマリア・ナザレ・ファラニ・アゼベド国連大使の将来に関わる決断だったと見る人もいた。

しかし、先月1日、アゼベド氏がWTOを去った謎の一部が明らかになった。同氏は米飲料大手ペプシコの副社長に就任する予定だ。この発表は、公職を離れることを意味するだけに、多くの人々を驚かせた。

難題

アゼベド氏は13年、ブラジル人として初めて、WTOのような大きな国際機関のトップに就いた。しかし、就任後直ちに事務局長としての資質を証明しなければならなかった。当時のWTOは史上最悪の危機に瀕しており、専門家からは信用されず、加盟国政府からはのけ者にされた。デモ隊もWTOを無視し、あえて門前で抗議しなかった。

事務局長の任務はWTOの威信を回復することであり、そのためのアゼベド氏の戦略は明快だった。01年に開始された多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の早期妥結を、国際的な危機においては野心的すぎるとして、諦めることだ。

高望みをせず、比較的容易な交渉分野だった「貿易円滑化」を選び、ドーハ・ラウンド自体ではなくWTOを守ることを目標に定めた。

各国政府は、少なくとも1つは合意するという使命を持って、13年末にインドネシア・バリ島で行われた閣僚会議に臨んだ。アゼベド氏は特に米印間の問題解決を目指して、夜を徹しての仲介にあたった。最終的に、WTOは設立以来初の貿易協定を発表し、アゼベド氏はWTOは健在だと宣言した。少なくとも、そうなることを同氏は期待した。

再任とトランプ米政権

アゼベド氏は17年、交渉を進展させた功績によりWTO事務局長に再任された。しかし、ジュネーブのレマン湖を見下ろす事務局長室に入って数年後、同氏はWTO内でかつてない危機を経験するようになった。交渉分野を限定したバリ合意は、多くの人が期待した程の勢いを交渉に与えることはなかった。ドーハ・ラウンドにもはやコンセンサスはなく、WTO自体が持ちこたえる保証もなかった。さらに、過度に親米的なWTOの立ち位置に不満の声が高まっていた。

アゼベド氏の再選は当然のことだったとしても、その後の数年間はWTOの存亡がかかった前例のない試練が目立つ。ちょうど2期目が始まった頃、トランプ米政権は、WTOの諮問や許可を経ずに相手国に制裁を発動する仕組みをちらつかせていた。

米国のこの姿勢はジュネーブの交渉官らを当惑させた。トランプ大統領は、米大統領選のキャンペーン中に、WTOは「災難」だとさえ発言した。

WTOルールには従わないとするトランプ政権の決断は、WTOの終わりと多国間主義に対する前代未聞のクーデターを意味するとアゼベド氏には分かっていた。

そこで、経験豊富な交渉官である同氏は批判する代わりに、WTOの役割を強化することに重点を置く。同氏によると、既存の体制は、第二次世界大戦後のルールに照らして「歴史の血なまぐさい教訓への直接的な対応」として構築された。「WTO体制は、過去の過ちを繰り返さないために世界が最大限の努力をした結果だ」と同氏は戒めた。

機能停止

ところが、米政府は別の戦略を採る。ホワイトハウスはWTOを放棄するのではなく、内部から攻撃することにした。米国は17年以降、貿易係争において最高裁判所裁判官に相当する上級委員会委員の選任を拒否している。

その結果、上級委員会は19年に機能停止し、「弱肉強食」の時代が始まった。WTOルールは存続するだろう。しかし、米国がルールを破ったとしても、それを罰する手段はないだろう。

国際システムの「王冠の宝石(輝かしい功績)」を傷つける一方で、米政府はWTOに大規模な改革を強いた。

上級委員会の機能停止を防げなかったアゼベド氏は、WTO改革は可能だと米国を安心させる方法を見つけることに注力する。しかし、交渉に応じようとしない加盟国政府を前に、同氏は実質的な解決策を模索できず、疲労の色が濃くなった。

辞任への圧力?

アゼベド氏は辞任する際、WTOの利益と存続を考えて決断したと断言した。

しかし、同氏がジュネーブを離れても噂は止まなかった。退任の数週間後、米国人ジャーナリストのボブ・ウッドワード氏の近著「RAGE 怒り」が、トランプ氏がアゼベド氏に圧力をかけたこと、アゼベド氏が要求を拒むと脅迫すらしたことを明らかにした。アゼベド氏はこの疑惑を否定した。

しかし、次期事務局長への移行を円滑に進めるというアゼベド氏の考えは、退任直後から崩れ始めた。4人の事務次長の間では、11月に新事務局長が選出されるまでの間、1人の事務次長がWTOの管理業務を代行するというのが目標だった。ところが、米政府が、次期事務局長選まで事務を代行するのは自国出身の事務次長だと主張。円滑な移行という考えは打ち砕かれた。ところが、他の加盟国政府が米政府の要求を認めなかったため、膠着状態に陥る。そこで、当初は実現不可能だと考えられていたが、4人の事務次長がそれぞれに担当する分野を調整せざるを得なくなった。

アゼベド氏の辞任を聞いた米共和党のジョシュ・ホーリー上院議員は自身のソーシャルネットワークに「出て行く時は明かりを消せ」と書き込んだ。

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