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児童労働は本当にそんなに悪いこと?

子供
コートジボワールでカカオの豆を太陽にあてて乾かす子供たち Michael Dwyer / Alamy Stock Photo

カカオ産業における児童労働根絶を目指した重要な合意が失敗に終わり、働く子供たちというタブーが明るみに出ることとなった。児童労働に関する国際基準が、実は子供たちの暮らしを悪化させているとしたらどうだろう?

11歳のガーナ人、サミュエル・オビニさん(ガーナのNGOやオブザーバーによる報告を元に作られた虚構の人物)は午前6時、母親に優しく起こされる。トウモロコシのおかゆの軽い朝食を取った後、広さ2エーカーの一家の農園に向かい、最盛期を迎えているカカオの実の収穫作業を手伝う。年に3カ月ほど、オビニさんは学校を休み、家族がオビニさんの教育費用を払えるだけのお金を稼ぐ手伝いをする。兄2人はクマシ(編集部注:ガーナ第2の都市)で仕事を探すため、既に家を出ている。妹2人は幼すぎて、まだ手伝いはできない。両親には人を雇うお金はない。

同じ木に生っている実でも熟す時期が違うため、収穫は手作業だ。オビニさんは先端に金属製のフックが付いた長い棒で収穫を行う。その日の分の収穫が終わると、小さななたで実を割り、カカオ豆の入っている白い果肉をすくい出す。

オビニさんは犯罪者ではないが、していることは違法だ。オビニさんは農園で働く1日の間に、ガーナの児童労働の枠組みで危険な活動と定められたことを、少なくとも3つ行った。とがった道具を使って頭上のカカオの実を収穫したこと、鋭いナイフでカカオの実を割ったこと、そして足と体に基本的な保護衣類を着用せずに働いたことだ。また、オビニさんはいわゆる「軽作業」を行ってよいとされている法定最低年齢の13歳に達していない。オビニさんが働いていたことが発覚すれば、スイスのチョコレートメーカーはどこも、オビニさんが収穫した豆に関わろうとしないだろう。児童労働の助長につながるからだ。チョコレート業界は、国際労働機関(ILO)がある遥か遠いジュネーブで策定された児童労働政策に縛られている。

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コミットメントの失敗

ジュネーブとILOは今年を「児童労働撤廃国際年」としている。2021年はまた、米国、コートジボワール、ガーナの各国政府、ILO、チョコレート製造業者が01年に策定した「ハーキン・エンゲル議定書」が終了する年でもある。同議定書の目的はカカオ産業における最悪の形の児童労働を根絶することだった。しかし、業界が期限を守ることに何度も失敗した(05年、08年、10年)後、指令は改められ、ガーナとコートジボワールのカカオ産業全体で20年までに最悪の形の児童労働を70%削減するという目標に変更された。失敗の原因は、トレーサビリティの欠如、子供たちを受け入れる地元の学校の不足、カカオ栽培地域の増加、児童労働の定義の変化などだ。

最新の数字を見ても、先行きが明るいとは言えない。米国労働省の委託で昨年出された進捗評価報告書によると、コートジボワールとガーナでいまだに156万人の子供たちがカカオ関連の児童労働に従事している。これは18〜19年の調査に基づく数字だ。そのうち、95%が危険な労働に従事していた。最新の調査手法は以前と異なるため、10年に比べて最悪の形の児童労働が70%減少したかはわからない。しかし報告書によれば、5〜17歳の子供のうちカカオ産業の児童労働に従事する子供の割合は、08〜09年の31%から18〜19年の45%へと、過去10年で増加している。

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担当: Anand Chandrasekhar

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またこの調査によれば、オビニさんのようにカカオ農業で働く子供の94%が両親や親族のために働いていた。アフリカ農村部に暮らす青少年の雇用に詳しい英国開発学研究所のジェームズ・サンバーグさんは、仕事の内容だけで子供が危険にさらされているかを定義するべきではなく、その仕事が行われる社会的背景も考慮して判断すべきだと考える。

「昼までに千個のカカオの実を割らなければ食事抜きといった厳しい出来高払い制で働かされるのと、子供自身が家族の一員と感じたい、貢献したいという気持ちからいくつかカカオ豆を割るのとでは、全く話が違ってくる」

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児童労働とは何か?

ということは、ILOの指針は柔軟性がなさすぎるのか?ILOは児童労働を「精神的、身体的、社会的または道徳的に子供にとって危険で有害である、かつ/または学業に差し障る」仕事と広く定義している。

「児童労働は家事ではない」と話すのは、ILOの児童労働専門家ベンジャミン・スミスさんだ。そうではなく、年齢的に早すぎるような種類の仕事や、健康や安全を脅かす危険な仕事をさせられる状況にILOは焦点を当てていると話す。極端な例が、奴隷制や武力紛争への強制徴兵、商業的性的搾取や麻薬密輸のような非合法活動の強制といった、最悪の形の児童労働だ。

バース大学で児童労働を研究するニール・ハワードさんは、児童労働という概念自体、特に、政治権力がそこから子供たちを守ろうとするやり方に問題があると考える。

ハワードさんは「児童労働の概念を考え出したのは主に西洋の善意ある政治家たちで、特にILOとともに、子供を守る取り組みの中でしたことだったが、その際、子供たちの意見は求められなかった」と説明する。

政府は概ね、ある種の仕事を禁止するという対応を取るが、それによって多くの子供たちの暮らしが悪くなってしまっているとハワードさんは主張する。そして、地域の状況を見ながら費用と便益をてんびんにかけることが重要だとする。

「もちろん、カカオの実の収穫のような反復作業をすることには否定的な面があるかもしれない。しかし、西アフリカの農村に住む貧しい子供の多くの状況を考えると、そういった仕事は経済的に必要なだけでなく、生きていく上で必要不可欠なスキルだ。その子供たちはおそらく、結局カカオ農業に従事することになるのだから」

スミスさんによると、各国はILOの指針を自国の状況に合わせる自由があり、何をもって危険な仕事とするかは各国政府の裁量に委ねられている。しかし、サンバーグさんは、多くの国内法がILO総会で行われた勧告をほぼそのまま取り入れているため、柔軟性は生かされていないと言う。

明らかなのは、ILOにインスパイアされた国内法・規制と、これらの国の多くの子供たちの運命に隔たりがあることだ。工業化した国々では、農工業の機械化や、一家の稼ぎ手が熟練労働力となるといった要素が児童労働の根絶に貢献したが、こういった要素の多くが存在しない地域は世界中にある。

強硬派のチョコレートメーカー

ILOと各国政府に加えて、チョコレートメーカーもまた重要な関係者で、現地で児童労働政策がどう実施されているかに影響を与えている。

「世間一般の製品イメージとブランド価値は極めて重要であり、ブランドを管理する人々はそれを守るために多くの時間を費やさなければならない」と、サンバーグさんは企業の児童労働戦略について話す。

その結果、多くの企業が、メディアやNGOや消費者の監視の中で、強硬なアプローチを選ぶ。スイスのチョコレートメーカー、リンツ&シュプルングリーはswissinfo.chに対して電子メールで、自社の供給業者は「国際労働機関(ILO)や国連条約および/または国内法の、より厳しい方によって定義された」児童労働の制限を受けていると回答した。

スイスのチョコレートメーカー大手のバリー・カレボーも、最も厳しい条件を課すことを選び、ILO条約第138号に従って、就業が認められる最低年齢を15歳としている(経済・教育施設の発達が不十分な国においては14歳)。国内法で定められた最低年齢は、ILOのものより高い場合のみ認めている。

バース大のハワードさんは、企業側がこのように厳しい姿勢を取っているのは主に、チョコレートの消費者が「欧州の裕福な人々で、チョコレート製造に子供が関わっているという事実について考えたくない」からだと言う。このために、児童労働という大きな問題の中で、カカオ産業に過度な注目が集まっているという。

事実、最新のILOの調査によると、児童労働は輸出品の生産よりも、トウモロコシや米やキャッサバといった非輸出品の生産において多く行われている。こうした児童労働はほとんど監視されておらず、しばしば未成年者が危険な仕事を行なっている。自給自足農業や家庭内の強制労働、サービス産業における児童労働が非常に大きな割合を占めるにもかかわらず、グローバルサプライチェーンの児童労働ほど注目を集めない場合が多いとスミスさんは指摘する。

簡単な答えはない

チョコレート産業は、児童労働が農村部の貧困と結びついた複雑な問題であり、単純に子供たちが働くことを禁止するのが答えではないという点で意見が一致している。リンツ&シュプルングリーのアウトリーチ活動の影響を評価した2019年の調査によると、ガーナの農家の生活は苦しく、年収はわずか2500ドル(約27万2千円)で、うち7割がカカオ栽培から来ている。同じ調査で、同社の児童労働防止研修が収穫量の減少の一因となったこともわかった。研修の結果、家庭内労働力が減少したためだ。

「簡単に解決できる問題ではなく、多くの関係者が協力し、複数の解決策を持ち寄る必要がある」と、大手チョコレートメーカーの行動を調整する組織「国際カカオイニシアチブ」のニック・ウェザリル事務局長は話す。業界が特定した障壁の中には、土地や借地権へのアクセスの不平等、脆弱な生計、食料不安、質の高い教育を受ける機会が限られていること、家庭の貧困、成年の労働力が得にくいこと、ジェンダーによる無力化、児童労働の危険の認識の欠如、子供たちにとって別の可能性が限られていることなどがある。

可能性のある解決策として、ILOのスミスさんは、ガーナとコートジボワールで採用されたある計画を挙げる。それは、企業がカカオ1トンあたり400ドルを追加で支払い、それが農家に再分配されるというものだ。

スミスさんは「この計画に合意した企業は、サプライチェーンにおける児童労働の撲滅への取り組みを、口先だけでなく行動で本当に示している」と話す。

サンバーグさんはさらに単刀直入だ。「最も効果的な戦略は、カカオ産業にとって最も痛みの大きいものかもしれない。すなわち、生産者およびサプライチェーンに関わる全ての人に適正賃金を支払うということだ」

(英語からの翻訳・西田英恵)

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