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バービー人形は「スイス生まれ」

マーゴット・ロビーがバービー役、ライアン・ゴズリングがケン役を演じる
マーゴット・ロビーがバービー役、ライアン・ゴズリングがケン役を演じる © 2022 Warner Bros. Entertainment Inc.

世界で数世代にわたって子供心を捉えてきたバービー人形の映画が、8月11日から日本でも公開される。その物語の始まりは、1950年代のスイスだった。

あなたはこの夏、好むと好まざるにかかわらず、ピンク色のビッグウェーブに飲まれることになる。あらゆるところで目に映り、日常生活に浸透している。それは映画「バービー」の劇場公開に伴い、数カ月間にわたって行われた大がかりなマーケティングの結果だ。

グレタ・ガーウィグ監督、マーゴット・ロビーとライアン・ゴズリング主演の長編はもはや単なる映画ではない。(今でも少年少女はバービー人形で遊んでいるが)ミレニアル世代を主なターゲットに、1つの「体験」が待ち構えている。象徴的な人形、エレベーターのある家、ジャグジー、着せ替え用のワードローブに愛馬――あの頃のバービーの世界観がそのまま、実写版としてスクリーンに登場する。

アメリカの玩具メーカー、マテル社が仕掛けた大規模なソーシャルメディア戦略と、さまざまなファッション・化粧品ブランドとのコラボレーションにより、観賞した人は自身の記憶をアップデートすることになるだろう。

動画投稿サイトのティックトックでは、多くの人がハッシュタグ#barbiecoreや#kencoreを付けて投稿している。公式サイトの提供する「バービー・セルフィ―ジェネレーター外部リンク」を使うと、ワンクリックでバービーやケンに変身できる。民泊予約サイトのエアービーアンドピーでは、マリブにある「バービーの家」での宿泊を予約できる(実際には2025年まで満室だ)。誰もが好きなだけバービーのカラフルな世界観に浸れるのだ。

ピンクを着て歩くプライドパレードの参加者
ニューヨークのプライド・パレードでも、この夏はピンクがトレンドとなった 2023 Invision

「スイス生まれ」のバービー

ところでこの人形はどこでどのように生まれたのか?それを突き止めたのが、伊カリャリ大学人文・言語・文化遺産学部のニコレッタ・バッツァーノ准教授(現代史)だ。2008年に「La donna perfetta. La storia di Barbie(仮訳:完璧な女性 バービーの物語)」を出版した。

バービー人形は、マテル社の創業者エリオット・ハンドラーの妻、ルース・ハンドラーが1959年3月に発明した。社名はエリオットと共同創業者のハロルド・マトソン(マット)を組み合わせたものだった。

バービーが生まれたきっかけはスイスへの家族旅行だった。ルース・ハンドラーはそこで、アメリカには存在しない1人の人形に遭遇した。

マテル社の共同創業者の1人、ルース・ハンドラーは、バービーの生みの親でもある
マテル社の共同創業者の1人、ルース・ハンドラーは、バービーの生みの親でもある Keystone / Cassy Cohen

「夫や子供たちとチューリヒかルツェルンを散歩していたとき、ある店で見つけた人形を娘のバーバラがねだったのです。それがリリでした。身長29.5センチ、『ビルト』紙掲載のマンガのキャラクターを模した男性向けの商品でした」

「おままごと用ではなく、どちらかといえば飾り用の人形でした。ルース・ハンドラーさんはその人形を家に持ち帰り、娘のバーバラに因んでバービーと名付けました」(編注:ケンも後に息子のケネスから取って名付けた)

ルース・ハンドラーにインスピレーションを与えたリリ人形
ルース・ハンドラーにインスピレーションを与えたリリ人形。バービーとの類似点はいずれも偶然だ Keystone / Frank Hormann

「歌姫」

バービーは小さな女の子が遊ぶような人形ではなく、大人の女性のような外見をしていた。映画の歌姫といった方がふさわしいかもしれない。

「バービーは歌姫でした。ルース・ハンドラーは若い頃パラマウントで働いていたため、映画の世界に精通していました。そして映画の世界は必然的にアメリカの子供たちの想像の世界にも影響を与えました。バービーは豊富なワードローブを持ったモデルです」(バッツァーノ氏)

「この人形はすぐにヒットしましたが、豊かなバストと長い脚を備えた人形、つまり少女たちがなりたいものを表現した人形が少女に与えられることは批判も呼びました」

バービーの変貌

初期のバービーは、生きていた社会を反映していた。「バービーはベビーシッターや客室乗務員、女性限定職など、いくつかの仕事をしていました。またキッチンウェアやウェディングドレスを何年も着させられました」

だが米欧のフェミニストからの批判を受け、金髪の人形は自分自身から解放された。バッツァーノ氏は「何でもできる女の子になり、色々な職業に挑戦し始めました。消防士のバービー、宇宙飛行士、アメリカ大統領候補にもなりました」と語る。

近年はマテルもバービー像の変革に取り組んだ。スリーサイズは99・55・83センチではなく、小柄でぽっちゃりのバービーや障害のあるバービーを、インクルージョン(包摂)運動の一環で発売した。

時代と共に歩んできたバービーたち
時代と共に歩んできたバービーたち Keystone / Mattel / Handout

社会に受け入れられる女性像

バッツァーノ氏は「バービーが作ったのは全て西洋世界から取り入れたものでした。このため決して自分自身を超えることはありませんでしたが、常に時代の価値観に適応し、発展してきました。一方、東洋では革新的すぎて悪者扱いされました。ムスリム世界では完全に禁止されました。自立した女性の理想を伝えていたからです」と説明する。

「双子の妹、ジャスミンが作られたのは偶然ではありません。ジャスミンはベールを固くかぶっていて、アクセサリーとして祈祷用の敷物を持っています。彼女と遊ぶ小さな女の子たちが、この社会で受け入れられるような女性の理想像を育む資質を全て備えているのです」

偏平足が世界観を変える

バービーは数十年間、大きな変化を遂げてきた。ストーブの前でくつろぐだけの女性から、何でもできる女性へと生まれ変わり、小さな女の子の欲望を可能な限り全て代弁する。映画の中でも、バービーは前例のない困難に直面する。

バービーは自分が偏平足であることを初めて知る。古典的なバービー体形は、高いハイヒールを履けるように設計した湾曲した足の持ち主だったからだ。「これによって、バービーの視界は大きく変わりました。もうピンクのハイヒールではなく、普通の靴を履くようになったからです。必然的に、彼女の世界観は変わりました」(バッツァーノ氏)

独語からの翻訳:ムートゥ朋子

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