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女性参政権への長い道のり

女性参政権 世界はどう導入したか

スイスの女性参政権は2月7日、導入から50年を迎えた。スイスは女性参政権の導入が最も遅かった国の1つだ。スイスよりも遅かった国は世界に22カ国しかない。

このコンテンツは 2021/02/14 06:00

民主主義が始まってからというもの、国民の参政権は財産所有権と切っても切れない関係にあった。昔は女性には土地の所有権がなく、それがもとで女性は選挙や投票から排除された。いくつかの属領や国で女性に投票権が認められるようになったのは19世紀末になってからのことだ。

swissinfo.ch/Carlo Pisani, Céline Stegmüller, Jonas Glatthard

ニュージーランドは1893年、自治国では初めて女性参政権を導入した。同国の先住民マオリの女性たちは伝統的に土地を所有していた。フィンランドも早期に女性参政権を導入し、1906年には男女同時に完全な参政権を付与した。

戦争が追い風に

欧州やそれ以外の地域で女性参政権の導入が進んだ背景には、世界大戦という2つの惨事があった。第1次、第2次世界大戦で大勢の命が失われたのち、女性たちは社会再建への参加が認められた。息子、夫、父が前線で戦っている間、社会を支えたのはほかならぬ女性たちだった。

歴史家レスリー・ヒューム氏は女性参政権協会に関する著書の中でこう説明する。「参政権は、戦時労働への単なる見返り以上の価値があった。重要なのは、女性が戦争に参加したことで、女性が公の場に参加することへの懸念が払しょくされたことだ」

1945年を過ぎ、欧州で女性参政権を認めない国はスイスなど一握りの国だけとなった。スイスでは連邦政府に請願書が数回出されたが、連邦政府は1886年と1929年にそれらを拒否した。

男性有権者に委ねられた女性参政権

スイスでは他の多くの国と同様、女性参政権の是非は男性だけが参加できる国民投票に委ねられた。これを巡る初の国民投票が1959年に行われ、結果は否決となった。

しかし後の71年の国民投票でついに可決された。スイスが欧州人権条約に加盟する条件に、女性参政権の導入があったことがその要因だった。この投票では連邦レベルの女性参政権の是非が問われ、男性投票者の3分の2が賛成に投じた。

しかしスイス全26州が州レベルの女性参政権を認めるまで、それから20年の年月を要した。サウジアラビアでは状況が逆だ。絶対君主制の同国では国政選挙がない。そのため、2015年に導入された女性参政権は地方レベルでしか適用されない。

同様に国政選挙がないのが、世界で唯一男女ともに参政権のないバチカン市国だ。この国では地上における神の代表者、つまりローマ教皇が立法者を直々に指名する。

(英語からの翻訳・鹿島田芙美)

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