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コロナ危機は債務ブレーキ制度改革の好機?

スイスはいつ倹約し、いつ借り入れをすべきか。スイス財政のあり方をめぐる議論が始まった © Keystone / Ti-press / Gabriele Putzu

国の債務残高の国際比較を見ると、スイスの債務額が圧倒的に低い。これは、債務ブレーキと呼ばれる制度を導入した賜物だ。新型コロナウイルスのパンデミックが渦巻く中、このメカニズムとスイス経済の先行きをめぐる議論が始まった。

このコンテンツは 2021/01/21 08:30

2017年のスイス政府総債務残高の対国内総生産(GDP)比率はわずか29%。これはヨーロッパ諸国の中で最も低い数字だ。この好成績をもたらしたのは、国民投票で85%もの支持を得て可決され、2003年に発効した、債務ブレーキと呼ばれる制度だ。1つの景気循環において国の支出総額が収入総額を上回らないように予算を組むよう義務付ける。つまり、単年の財政収支は黒字でも赤字でもかまわないが、数年間をまたいで見たときに収支のバランスが取れていなければならない。

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新型コロナウイルスのパンデミックによって引き起こされた今回の経済危機は、この軌道に乗ったプロセスに軋みを生じさせ、債務ブレーキという財政制度の改正をめぐる議論を誘発することになった。2020年にコロナ危機がスイス経済に与えた損失は800億フラン(約9兆円)近くに上ると言われ、今後数年間厳しい緊縮財政が続く可能性が出ている。それを避けるため、債務ブレーキ制度の緩和を訴える連邦議会議員も現れた。

だが、著名エコノミストのベアト・カッペラー氏は、「債務ブレーキはかなり柔軟なメカニズムで、パンデミックのまっただ中でもしっかりと役割を果たせる」と話す。「コロナウイルス危機は景気循環の中の不況と見なし、支出を増やしつつ低い税収に耐えるべきだ。スイスの経済構造が根本から揺さぶられたわけではないので、財政状況は数年以内に安定に向かうだろう」

返済か積み立てか

つまり、債務が少なかったスイスはこの危機に十分対応できるというのがカッペラー氏の見方だ。フリブール大学の財政学名誉教授であるベルナール・ダフロン氏の意見はそれとは異なり、スイスはより万全な準備を整えられたはずだという。債務ブレーキの導入により、黒字が出ても歳出を増やすのではなく、国債の償還に充てることになっていなければ。

ダフロン氏は、連邦議会のこの決定を残念がる。景気が良い時の黒字を引当金に計上していたら、危機の発生時にそのお金を直接投入することができる。「補償基金を設立していたら、積立金額は今、おそらく200億フランほどになっていたはず。これはパンデミックの第1波と第2波の両方のコストをカバーできる金額だ。つまり、新しい債務を抱えることもなく、それを償還する必要もなかったということだ」

補償基金を設立していたら、積立金額は今、おそらく200億フランほどになっていたはずだ

ベルナール・ダフロン

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ダフロン氏は一方でまた、2008~09年の金融危機の際にも、債務ブレーキがかなりうまく働いたと指摘する。「今回のパンデミックは、ワクチンの投与により2022年までに収束できるとされるが、経済的な影響はその後も当分は続くと思われる。それを考えれば、このメカニズムは今回の危機でも存続させるのが適切だろう」

厳格かつ明白なルールを

ダフロン氏は、今回のパンデミックを通じて連邦政府・議会が債務ブレーキ制度を見直し、補償基金を創設するのではないかと期待している。しかし、その一方で次のような警告も発する。「債務ブレーキというメカニズムを緩めてはならない。非常事態が起こるたびに構造的なルールを変えるようなことがあってはならない」。そして、財政上の問題が続発し、債務ブレーキを多方面で緩和してしまった例としてジュネーブ州を挙げる。「その結果、非常に多額の債務を負うことになり、州の財政を圧迫した。その負担は幾世代にもわたってのしかかるだろう」

一方のカッペラー氏は、追随してはならない例としてアメリカを挙げる。「アメリカの債務ブレーキは幻影だ。議会はこれを再三再四拡大してきた。すでに8年以上にわたり、制度理念を無視した曲芸でその場をしのいでいる」。カッペラー氏はスイスの債務ブレーキの改革には反対だ。「このメカニズムは、不都合な発展にタガをはめるように構築されている。それを変更したり廃止したりする理由はない。それは危急存亡の秋でも同じだ」

このメカニズムを変更したり廃止したりする理由はない。それは危急存亡の秋でも同じだ"

ベアト・カッペラー

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ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)の経済学教授であるセドリック・ティル氏も、債務ブレーキは、危機の際にもきちんと機能する柔軟性を持ち合わせた、優れた制度だと評価する。「だが債務を増やすべきかどうか、政治レベルで議論されている」。

ティル氏は今後数年を案じる。「負債を返済するために、財布のひもをもっときつく締めようとするのではないかと心配している。そんな必要は少しもないのだが。なぜなら、2020~21年の景気はまもなく底を打ち、経済は再び右肩上がりとなって、新型コロナウイルスで負った債務の対GDP比も大幅に減少すると予想されるからだ」

債務は2020年に増加したとはいえ、そのレベルは2010年前期と比較すると明らかに低い、とティル氏は指摘する。国は最も深刻なダメージを受けた産業の支援に当たるのか、それとも逆に、倒産の波を押し寄せるがままにしておき、深刻な不況に至るのを黙って見ているのかを選択しなければならないと言う。「借り入れは今後も続けなければならないだろうが、倒産をある程度抑えるのか、それとももっと厳しいシナリオを甘受するのか、その選択をするのは私たちだ」

債務は必ず増加する

カッペラー氏の見解はティル氏と異なる。カッペラー氏にとって今回の危機は、新しい経済活動を開始する前に資金を貯めることの大切さを、企業や一般市民に思い出させる良い機会だ。「政府保証を付与すると、リスクが無くなったと思わせてしまうので問題だ。いざというときには政府が助けてくれるのだからと、とりあえず会社を立ち上げようとする人が出てくるに違いない」

今回の危機は、債務残高対GDP比の長期的な安定を明確な目標に据えながら、債務ブレーキという制度を改善していく良いチャンスになる

セドリック・ティル

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それに対しティル氏は、「債務が少ない国は危機への対応力が高いとみなすのは、何にしても間違いだ」と反論する。「過剰な債務は確かに危険だが、少な過ぎるのも問題だ。ゼロ債務は金融市場でベンチマークのの一つとされ、投資家に無リスク投資とみなされるからだ」


債務ブレーキの解釈や適用はあまりにも厳格過ぎる、とティル氏は言う。「2000年代以降、国の予算編成が慎重になり過ぎて余剰金が生まれ、それが債務の削減に充てられた。私に言わせれば、スイスの問題は債務を絶対値で安定させようとしていることだ。今回の危機は、債務残高対GDP比の長期的な安定を明確な目標に据えながら、債務ブレーキという制度を改善していく良いチャンスになる」とティル氏は総括する。

連邦経済省経済管理局(EFV/AFF)の推計によると、2020年末の債務残高は前年より87億フラン多い1056億フランになる。この債務をどう解消するか、スイス政府は近く答えを出さなければならない。債務ブレーキの役割や機能のしかたについても、連邦議会で新たな議論が巻き起こることだろう。

(独語からの翻訳・小山千早 )

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